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イリスも歩けば、王弟に当たる

「送ってあげたいけど、急いで行かなきゃいけない所ができたんだ」


「いいわよ、大丈夫だから」

「そうはいかない。イリスは今、残念な状態じゃないんだよ。わかってるのか?」

 ヘンリーはそう言うと、ビクトルにイリスを送るように指示して部屋を出て行った。


 もともと歩いてきたし、別に送ってもらわなくても問題はないのだが。

 以前ほどとは言わないが、何となく鍛錬は続けているのだ。




「歩いて帰るから、大丈夫よ」


 ビクトルにそう伝えると、驚愕の表情で固まった。

「……これは、ヘンリー様も大変ですね」

 ビクトルは大きなため息をついた。



 結局、説得に説得を重ねられたイリスは、ビクトルと馬車に乗っている。

 年の頃はダリアよりも少し上だろうか。

 主人を馬鹿呼ばわりし、猛スピードで走っていた人と同一人物とは思えないほど、今は落ち着いた雰囲気を醸し出している。


「ヘンリー様の侍従になって、十年以上経ちますが。ヘンリー様が家に女性を入れるのも、送迎をしたのもイリス様が初めてです」

「そうなの? 女性にアピールされて辟易していたくらいだから、それなりに遊んでいるのかと思っていたわ」

 イリスの正直な感想に、ビクトルは苦笑する。


「家の都合もありましたので、軽く遊ぶようなことはできませんね」

「そうなの」


 確かに、侯爵家の嫡男を狙う人は多いだろうから、下手に遊ぶわけにはいかないということか。

バルレート公爵家の雨の後の外出禁止といい、上流貴族には何かしらのしきたりやしがらみが発生するのだろう。

 家柄が良いというのも、大変だ。



「……イリス様は、ヘンリー様をどうお思いですか?」

「カロリーナの友人だからって、よくしてくれてるわ。とても感謝してる」

「そう、ですか」

 何故かビクトルは元気がない。

 やはり、あんな猛スピードで走ったから疲れたのだろう。


「昔から、あんなに面倒見が良かったの?」

「カロリーナ様のしりぬぐいをさせられていたのはありますが、特別に面倒見が良いというわけではありません」

「でも、面倒見が良かったわ。もはや、面倒見の鬼だったわよ?」

「……それは、イリス様だからですよ」

 ビクトルはそう言うと、困ったように笑った。



『俺、別に面倒見が良いわけじゃないぞ』

『誰にでも優しくするほど、良い奴でもないしな』



 思い返してみると、あの言葉は何というか。

 まるで、イリスが特別みたいではないか。

 いや、でもプロポーズは気の迷いだったわけだから、そういう意味ではないのだろう。


「……ということは、カロリーナのことは関係なくても、良い友達だということかしら」


 イリスもヘンリーのことは信頼しているし、嫌いじゃない。

 今思えば、プロポーズされた時に嫌だと思わなかったのだから、好きと言って良いのだと思う。

 ただ、プロポーズは気の迷いでなかったことにされている。


 つまり、イリスは告白された上で振られたようなものだ。

 なんて残念な話なのだろう。


 でも、良い友達と言われれば何だか嬉しいのだから、不思議だ。

 

 ビクトルは微笑むイリスを見て、やはり困ったように笑っていた。




 帰宅後、イリスはそのまま家の周囲を散歩していた。

 これも鍛錬の名残だ。

 最初の頃は家の周りを歩くだけでフラフラだったのだから、自分でも成長したと思う。

 木々の葉擦れの音を聞きながら歩くのは、気持ちが良い。

 ビクトルと話したことで、何となく気分も晴れやかで、散歩の足も軽い。



「君が、イリス・アラーナ?」


 正面から、赤髪に緑の瞳の美少年がやってくる。

 どこかで見たことがあるが、誰だっただろう。

「俺は、アベル・ナリスだ。ベアトリスの婚約者だったんだが、君と直接話すのは初めてだな」


『碧眼の乙女』一作目のメイン攻略対象か。

 ベアトリスの元婚約者で、クララの恋人だった王子。

 確かに、話をしたことはないが、髪と瞳の色からして間違いなくアベルその人なのだろう。

 だが、王弟である彼が、なぜこんなところを歩いているのだろうか。


 イリスが深々と礼をすると、アベルがそれを当然のように受けた。



「クララの件で、君にも迷惑をかけた。ベアトリスにも謝りたいんだが、公爵家が取り次いでくれないんだ。友人の君なら話ができるだろうから、良かったら一緒にバルレート公爵家に行ってくれないか?」


 それは、公爵家の気持ちもわかる。

 だが、クララに攻略されたとはいえ、今はイリスにも謝っているくらいだ。

 洗脳されているというわけではないらしい。


 だったらけじめとして、ベアトリスとの関係をしっかり清算するのは悪くないのかもしれない。

 ベアトリスはアベルのことを殴りたくなると言っていたらしいから、その時は一応、止めるふりをしよう。

 謝罪に行くくらいなのだから、ベアトリスのか弱い攻撃くらいは許してくれるだろう。


「……わかりました。ご一緒します」

 イリスの返答に、アベルは満足そうに微笑んだ。




「……ここは、どこですか?」


 明らかにバルレート公爵家ではない屋敷の一室だ。

 ここにベアトリスがいるのだろうか。

 不審に思って辺りを見まわしていると、アベルに手を縛られ、そのまま床に転がされる。

「何をするんですか!」

 イリスの抗議に、アベルはつまらなそうに舌打ちする。


「いいから黙っていろ。うるさい女は嫌いだ」

 先程までと様子が一変したアベルに、イリスは眉を顰める。



 どういうことだろう。

 何故アベルはこんなことをするのか、まったく意図がわからない。

 混乱するイリスの背後の扉が開き、誰かが部屋に入ってくる。


「のこのことついてくるとは。モレノの嫁……『毒の鞘』になる女としては、浅はかな行動だな」

 嘲笑うかのような物言い。

 この声は、聞いたことがある。

 もぞもぞと向きを変えると、そこにいたのは赤茶色の髪に緑の瞳の美青年。


「ルシオ殿下、何故ここに」


 ルシオは微笑むばかりで、何も答えない。

 まったく理由はわからないが、どうやらイリスは彼らに攫われたらしい。

 後ろ手に縛られていたので少々大変だったが、イリスはゆっくりと体を起こして立ち上がる。



「……とりあえず、ベアトリスに謝る気はないということですね?」

「何故あの女に謝らなければいけない。クララを貶めたのはあっちだろう。家柄しか取り柄のない女が、偉そうに」


 それが、本音か。

 少しでもアベルを信じた自分が嫌になる。


「それは、クララさんの策略だと暴露されたわ。そして、あなたはそのクララさんに捨てられたわけね」

「なんだと」


 アベルはイリスの腕を掴むと、力任せに床に投げつける。

 ボリューム調整をしていた頃なら平気だったかもしれないが、床にぶつかった体が痛い。

 だが、そのまま伏しているのは何だか悔しい。

 イリスは上体を起こすと、アベルを睨みつけた。



「それくらいにしておけ、アベル」

 ルシオの声に、アベルが舌打ちをする。


「威勢の良い女は嫌いじゃない。見た目も悪くないしな。……何なら、俺の愛人にでもしてやろうか」

「絶対に嫌よ。お断りするわ」

 どうにか立ち上がったイリスを見ると、ルシオは笑う。


「威勢だけは、『毒の鞘』に相応しいな」

「……さっきから、何のこと? 『毒の鞘』って、何よ」


「何だ。おまえは何も知らないのか?」


 ルシオは憐れみの眼差しをイリスに向けた。

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