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残念な婚約の打診

 ヘンリーと一緒に馬車に乗ったものの、何だか気まずい。

 今まではこんなことなかったのに。


 やはり、自分を避けている人間と密室にいるのは、少なからず疲弊する。

 精神的な疲労で、ストライプ酔いが復活してきた。

 凶悪なカラーバーのストライプは常にイリスと共にあるので、当然と言えば当然だ。


 イリスはゆらゆらと馬車に揺られながら、くらくらと目が回り始めていた。




「イリス、ルシオ殿下に何を……って、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

「大丈夫。ちょっとカラーバーの威力を舐めてただけ」


 さすがは映像評価のための基準となる信号。

 攻撃力が桁違いだ。


「何を言ってるかわからんが、ちょっと横になれ」

「動きたくない。壁があるからこれでいいの」


 そう言って壁にもたれてみるが、馬車の揺れで頭をぶつけてしまう。

 リズミカルに頭をぶつけるせいで、かえって目が回ってきた。



「……仕方ないな。こっちに来い」

 そう言うと、ヘンリーはイリスの横に座る。

 イリスの肩を抱えると、自分にもたれかかるように抱き寄せた。


「これなら、揺れにくいし、ぶつからないだろう」

「……うん」

 ようやく揺れと衝突から解放されて、イリスはため息をつく。

 冷えた体にぬくもりが心地良かった。



 しばらく休んでいると、めまいも落ち着いてきた。

「もう大丈夫、ありがとう」

「……ああ」

 そう言って体を起こすと、ヘンリーはイリスの向かいに座りなおした。



「それで、ルシオ殿下に何を言われたんだ?」

「ええと。舞踏会で目が合って、気になったとか何とか」

 ヘンリーの表情が硬くなる。

 さっきの様子といい、どうやらヘンリーとルシオは知り合いのようだが、仲良しというわけではなさそうだ。



「……残念なドレスに、両手に肉だったのに」

「は?」

「頑張って仕立ててもらったんだけど、威力が足りなかったのかしら」

「威力?」

「残念が流行ると攻撃力が下がる、という事なのかしら。それとも、殿下が個人的に残念なだけなのかしら。……ヘンリーはどう思う?」


 傷の化粧とボリューム調整こそしていないが、そこそこの装備で挑んだのに。

 何故、声をかけられたのだろう。


 イリスは真剣に質問したのだが、ヘンリーは目を丸くした後、笑い出す。

 ひとしきり笑ったヘンリーは、イリスを正面から見据えた。



「……急によそよそしくして、ごめん。何も説明できなくて、ごめん」

 急な謝罪に面食らっていると、ヘンリーはイリスの右手の指輪ににそっと触れた。


「イリスがこの指にはめたいなら、それでいい。でも、俺はイリスが大事だから。……それだけは、信じて」

 真剣な表情に嘘は感じられない。


「わかったわ。良い友達ということね?」


 プロポーズはなかったことにするけれど、友人としてなら今後も接するという事だろう。

 はっきりしなかった問題に答えが出て、何だか気分が軽くなる。

 微笑むイリスに、ヘンリーは苦い笑みを返した。




「イリス。ルシオ・ナリス殿下から婚約の打診が来たんだけど、どういうことだ?」


「――は?」

 残念な夜会の翌日。

 朝一番の父の言葉に、イリスは思わず声を出した。



「どういうことも何も。どういうことですか、お父様」

「どういうことも何も。婚約したいって言ってるんだよ。殿下が」


「何でですか」

「それを聞きたいんだけど。……イリスに心当たりはないのかい?」

「ないですよ。この間の夜会で初めて挨拶しただけです」


「それ、心当たりって言うんじゃないか?」

「挨拶したら婚約を申し込むんですか、王族は」

「そうじゃないけど、何か気に入ったんじゃないのかな」


「残念なドレスを着て、両手に肉を持っていましたけど」

「……何でそんなことに」



 しばらく黙ってお互いを見ていたが、やがて二人でため息をつく。


「どちらにしても、イリスにはヘンリー君がいるからね。お断りしたいんだが。……王族相手にどう穏便に断ればいいのやら」

「……お父様は王族と縁を持ちたいとか、ないんですか?」

「なくはないけどね。娘が好きな人と結ばれるのを邪魔してまで、欲しい縁ではないな」


 上昇志向がないというか、娘想いというか。

 父の言葉はありがたいが、ヘンリーとも今後婚約する事はないので、何だか申し訳ない限りだ。

 そういう意味では、ルシオと婚約は悪い話ではないのかもしれない。


「まあ、ちょっと断り方を考えてみるよ」

 父はそう言って、自室に帰って行った。




 ダリアからカロリーナとシーロが来ていると教えられたイリスは、早速庭に移動する。

 わざわざ庭で待っているのは、シルビオとして稽古していた話をカロリーナにしているのだろう。


「イリス。急にごめんなさいね。忙しかった?」


 カロリーナはイリスが使っていた剣を手にしている。

 構えてこそいないが、どうやら普通に持つことができるようだ。

 イリスは未だにふらつきがなくならないというのに。


 長身のカロリーナは、その分だけ筋力があるのかもしれない。

 うらやましい話だ。

 令嬢ボディと一口に言っても、種類が色々あるのだろう。



「大丈夫。ちょっと変な話があっただけ」

「変な話?」

 カロリーナは剣をシーロに渡すと、椅子に腰かける。


「ルシオ殿下が婚約の打診をしてきたらしくて」

 イリスが言い切るより先に、カロリーナがお茶のカップを叩きつけるように置く音が響いた。


「……何ですって?」



 普段のカロリーナからは想像もできない険しい表情に、イリスの方が驚く。

「い、いえ。多分、何かの間違いよ。夜会で一度挨拶しただけだし」


「――シーロ様」

「ああ、行ってくる」


 短く返事をすると、シーロは庭から出て行ってしまった。

 突然の事態に理解が追い付かないイリスの手を、カロリーナが握る。


「さあ、詳しく話してちょうだい」

 その迫力に、イリスはうなずいて座るしかなかった。




「……なるほどね」


 ルシオとのやり取りを説明すると、カロリーナは腕を組んで何やら思案し始めた。

 手違いか気の迷いだろうに、何をそんなに考えているのだろう。

 もしかして、ルシオは本当に生粋の残念人で、残念なドレスを気に入ったという事なのだろうか。


「ねえ。シーロ殿下はどこに行ったの?」

 恐る恐る聞いてみると、カロリーナの答えは簡潔だった。



モレノ侯爵家(うち)よ」


「え? 何で? 忘れ物?」

「ヘンリーに伝えに行ったわ」


「……何で?」


 イリスの素朴な疑問に、カロリーナは何かを言いかけ、頭を抱えた。


「ああ、もう。これ、きついわ。あいつ、よく我慢できるわね」

「カロリーナ?」



「……イリスの婚約を防ぐために、決まっているじゃないの」


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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにもう感情が残念になってる
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