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信じてあげて

 

「ダニエラは、修道院から戻る戻らないで揉めているらしいわよ」


 カロリーナが飲み物をイリスに手渡す。

 濃い赤の木苺のジュースを見て、ドレスにかけたらさぞ残念だろうなあ、と考えてしまう。

 この一年の奮闘で、イリスの思考はすっかり残念になっていた。



 ダニエラ・コルテス伯爵令嬢は『碧眼の乙女』三作目の悪役令嬢で、修道院送りにされていた。

 だが、クララ捕縛で無実の罪が晴れたのに、彼女は伯爵令嬢に戻るのを拒否しているらしい。

 親としては無実の娘を修道院に送ってしまった罪悪感から、何とかダニエラを戻したいのだろう。


「……どれだけ、性に合っていたのかしら」

 楽しそうに修道女として生活していたダニエラを思い出すと、あのままの可能性もある気がしてきた。

「まあ、さすがにいずれは戻されるでしょうけど。そういうことで忙しいみたいよ」



「ベアトリスはどうしているか、知ってる?」


 ベアトリス・バルレート公爵令嬢は一作目の悪役令嬢で、ヒロインのクララに婚約者の王子を奪われていた。

 もっとも、ベアトリス自身はアベルに未練などない。


「アベル殿下が参加するなら顔を見たくないって言ってたわよ。殴りたくなるから、やめておくって」

 ベアトリスの細腕で殴ったところで痛くもかゆくもなさそうだが、王族を殴ると色々面倒なのでやめておいた方がいいだろう。


「あと、バルレート公爵家が怒っているっていうアピールも兼ねているみたいね」

 王子と婚約していたのに、当時平民だったクララに熱を上げて婚約破棄。

 さらに無実の罪まで着せられたのだから、怒って当然だろう。



 話をしながら何となく習性で肉類に手が伸びかけたが、今日のイリスは普通の令嬢だった。

 慌てて手前の果物に手を伸ばす。

 普通というのは、それはそれで気を使うものだ。




「ほら、王家の皆様がお揃いよ、イリス」


 中央に立つ王冠をかぶった人物が国王だろう。

 茶色の髪に緑の瞳の体格のいい青年は、シーロと種類は違えどやはり整った顔立ちだ。

 いつの間にか国王の隣にいるシーロといい、その隣の赤茶色の髪の青年といい、王家の人間はどいつもこいつも顔が良い。


「真ん中が、フィデル・ナリス国王陛下。隣はシーロ様で、その隣がルシオ殿下。反対側にいるのが、アベル殿下よ」

「さすが、詳しいわね。カロリーナは」


 侯爵令嬢ともなると、王族の把握くらいはできて当然なのかもしれない。

「まあ、うちはそういうの……厳しいから」

 カロリーナが言葉を濁す。

 どうやら、モレノ侯爵家はそういった教育がしっかりしているようだ。



「シーロ様が隣国に来る原因になったのが、第二王子だったルシオ殿下。嫌な奴だけど、ちょっと感謝。クララ捕縛で評判がた落ちなのが、第四王子だったアベル殿下よ。ざまあみろだわ」

 心の声がだだ漏れのカロリーナの解説に、イリスは笑う。


 そう言えば、こうして誰かと話して笑うのも少なくなった。

 残念令嬢活動のおかげで、学園での会話はほぼヘンリーが占めていたからだ。

 自分で思っている以上に、面倒見の鬼の世話になっていたようだ。

 もう卒業するのだから、しっかりしなければ。



 顔を上げて前を見たイリスは、ふとルシオと目が合った気がした。

 次の瞬間には、ルシオは隣のシーロと話している。

 結構な距離があるし、面識のないイリスを見るはずがないので、気のせいだろう。


 慣れない普通のドレスで、ちょっと疲れているのかもしれない。

 これも残念の弊害か。

 やはり、早めに帰ろう。




「お待たせ」

「シーロ様、お疲れ様でした」

 カロリーナとシーロが仲睦まじく何か話している。


 シーロと共にヘンリーも戻ってきたが、口数は少ないし表情も硬い。

 カロリーナ達がいてもこのよそよそしさなのだから、よほどイリスと過ごしたくないのだろう。

 イリスはため息をついた。



「……何だか疲れたから、帰るわ。みんなは楽しんでね」


 そう言って立ち去ろうとすると、カロリーナが慌てて追いかけてきた。

「待って、イリス。私も一緒に帰るわ」

「でも、シーロ殿下が」

「シーロ様は色々用があるみたいだし、忙しく帰って来たから、私も疲れたの。イリスに会えたから、もういいのよ」




「それでね、私の隠していた手紙を見つけて、全部読み上げたのよ。酷いと思わない?」

 カロリーナの惚気話を聞きながら、馬車に揺られる。

 シーロと一年間離れていたわけだから、惚気るのも仕方がない。

 友人の幸せそうな姿に、イリスの顔も自然と綻んだ。


「……それで、イリスはどうなの?」


「どうって?」

「ヘンリーと良い感じだって、シーロ様の手紙には書いてあったけど」

 何を手紙に書いているんだ、シーロは。

 もっと、自分とカロリーナのことで盛り上がればいいのに。



「舞踏会で、プロポーズっぽいものをされた気がするわ」

「まあ! ……って、何? その曖昧な表現は」


「プロポーズっぽいことは言われたんだけど、その後全くその話には触れなくなったし。よそよそしいというか、話をしないというか。そもそも避けられているみたいだし」

 イリスが説明をすればするほど、カロリーナの眉間に皺が寄っていく。


「指輪も右手にしたけど、特に何も言わないし。……多分、あれは気のせいだったんだと思う。なかったことにしたいんじゃないかしら」

「何よそれ。――ああ、もしかして。だから……」



 カロリーナは何かに合点が行ったらしい。

 やはり、なかったことにしたいという事で間違いなさそうだ。


「なので、特に何もないわ」


「イ、イリス。あの、詳しくはわからないけれど、ヘンリーの事を信じてあげて?」

「信じると言っても……」


 人としては、もちろん信じている。

 一年間これでもかとお世話になった恩も、忘れてはいない。

 だが、プロポーズに関しては、前提となるプロポーズ自体をなかったことにされているのだから、信じるも信じないもない気がする。

 この場合は、信じる方が迷惑になるのではないだろうか。



「約束の一年も過ぎるし、指輪も返した方がいいわよね」


 魔力の制御と増幅という世にも恐ろしい加工をされているのだから、きっと高価なはず。

 貰ってくれと言われてはいたが、やはり一年のけじめとして返却するのが筋のような気がする。


「だ、駄目よ! 待って」

 カロリーナが何故か慌ててイリスを止める。

「駄目って何で……ああ。支払いは、分割でお願いできるかしら」

 結局いくらなのか聞けていないが、高価なことだけは間違いない。


「そうじゃないわ。お金はいらないし、返さなくていいの」

「でも、それじゃあ……」

 カロリーナはイリスの手をぎゅっと握ると、縋るように見上げる。



「ヘンリーは、イリスを大事にしてる。それは、信じてあげて」

 友人の必死な様子に、イリスはうなずくしかなかった。


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