残念な扱いをされています
※書籍2巻はかなりの改稿をしているので、なろう版とは異なる点が多いです。
「本当ですか、お嬢様!」
侍女のダリアが歓喜の叫びをあげた。
「本当よ。次の舞踏会は、傷の化粧もしないし、ボリューム調整もしない。ドレスも普通のものにするわ」
クララ・アコスタ捕縛のごたごたで終わってしまった、春の舞踏会。
その代わりに、卒業祝いとして王家主催の舞踏会が開かれることになった。
新しい国王が即位した祝いも兼ねて、学生へのプレゼントということらしい。
勿論、学生が中心ではあるが、それ以外の参加者も多い。
華やかな宴になることは、間違いなかった。
「やっと……! やっとわかってくださったのですね!」
イリスの答えに、ダリアは涙を浮かべて喜んでいる。
今までが残念だっただけに、感慨もひとしおらしい。
「そうと決まれば、急いで用意をしなくては。普通の化粧も久しぶりです。腕が鳴ります。お嬢様を、会場で一番の美しさに仕上げてみせますわ!」
「普通でいいわよ、普通で」
気合の入り方に恐怖を感じたイリスが、ダリアをなだめようとする。
「いいえ! この一年の残念なドレスでお嬢様が何と言われているかご存知ですか?」
「残念な令嬢?」
「視力を奪う極彩色、フリルで飛べない蜜蜂、ポンポンに呪われた大理石、黒と虹の悪魔の傘。どれもこれも、アラーナ伯爵令嬢にあってはならない二つ名です」
「え、何それ。もう少し詳しく聞きたい」
「――今回こそは! お嬢様の美しさを見せつけて、ギャフンと言わせてやりましょう!」
誰とどう戦うつもりなのかはわからないが、ダリアはやる気である。
拳を掲げて部屋を出ていくダリアに、イリスがかけられる言葉はなかった。
「二つ名、聞きたかったのに……」
部屋に一人残されたイリスは、ため息をついた。
こんなに気分が乗らないのは、残念なドレスを着ないからだけではなかった。
春の舞踏会で、イリスはヘンリーにプロポーズされた。
その時は混乱していたのもあって、返事をせずに終わった。
ところが、その後ヘンリーはその話題に触れない上に、何だかよそよそしい。
今までは食事や移動も一緒だったのに、一緒に行動することもめっきり少なくなった。
イリスが話しかけても、すぐにどこかに行ってしまうし、避けられている気さえする。
返事の催促どころか、話題にもせず、そもそも話すらしない。
これは、プロポーズだと思ったのは聞き間違いか、ヘンリーの気の迷いだったのではないかとイリスは思い始めた。
「……きっと、後悔しているのね」
何せ、残念を極めんとしていたイリスが相手だ。
冷静になって、自分の過ちに気が付いたのではないか。
何だか複雑な心境ではあったが、ヘンリーにはこの一年間かなりお世話になった。
その分、親しみだって感じている。
ここは感謝の気持ちを込めて、彼の望む通りにしよう。
話題にせず、プロポーズ自体をなかったことにしようとイリスは決めた。
少し寂しい気もするけれど、卒業すればどうせ会うこともなくなる。
ヘンリーはイリスのお守りから解放されるのだから、良い事ではないか。
指輪も外そうかと思ったが、ダリアの手前もある。
徐々に外していく方が自然だろう。
約束の一年が終了するまでは、とりあえずはめておくことにした。
でも、左手の薬指のままでは、ヘンリーも気分が悪いかもしれない。
悩んだ末に、イリスは指輪を右手の薬指にはめた。
「そうすると、舞踏会は誰と行こうかしら」
何せ、一年間残念に明け暮れていたために、誘ってくれる男性などいない。
残念が成功すると、こういう弊害もある。
面倒なので一人で行こうかと思いながら、学園の食堂で紅茶を飲むイリス。
紅茶とケーキを頼んだら、係の人間だけでなく、周囲の生徒も息を呑んでいた。
イリスが肉を頼まないので、明日は雪が降るともっぱらの噂だ。
明日は舞踏会なので勘弁してください、と見知らぬ生徒に肉の皿を渡された。
しかも、三皿。
お供え物か何かと勘違いしているのだろうか。
供えた男子生徒はじっとイリスを見ていたが、あれは肉の女神に祈りを捧げていたのかもしれない。
肉の女神に祈っても、天気は変わらない。
ひとをてるてる坊主みたいに扱わないでほしい。
まったく、残念な話だ。
何となく惰性で、学園では傷の化粧とボリューム調整をしたままだ。
だが、それももう終わる。
暑くて蒸れて苦労したが、最後となると少しは寂しくなる。
結局一度も味わうことができなかったケーキを楽しみながら、イリスは感慨にふけっていた。
「……何だ、その肉」
「ぐっ!」
急に声をかけられて、危うくケーキをのどに詰まらせるところだった。
死因がケーキだなんて情けなさ過ぎる。
どうせ残念なら豪快に肉を詰まらせたい。
そこまで考えて、もう残念にこだわる必要もないのだと気付く。
それはそれで、なんだか寂しかった。
「……私が肉を頼まないと雪が降るんですって。知らない子に、お供えされたわ」
「そうか」
ヘンリーはそう言うと、イリスの隣に座って肉を食べ始めた。
こうして食堂で一緒に座るのだって、何日ぶりだろうか。
「……何で、食べてるの?」
「イリスは食べきれないだろう? 捨てるのも嫌なんだろう?」
さも当然のようにそう言うと、ぺろりと肉を平らげてしまう。
食べ終わったかと思えば、すぐに椅子から立ち上がる。
最近はいつもこうだ。
そもそもイリスに近付かないし、話してもすぐにどこかに行ってしまう。
プロポーズもどきをなかったことにしたいからかもしれないし、単純にイリスのそばにいたくないだけかもしれない。
約束の一年はもう終わる。
ヘンリーがイリスの面倒を見る義務はないのだ。
わかってはいるが、やはりなんだかつまらない。
「……明日」
「え?」
とっくにどこかに行ったと思っていたのだが、ヘンリーはイリスの傍らに立っていた。
「舞踏会、迎えに行くから。待っていて」
そう言うと、すぐに食堂を出て行ってしまった。
「……何なのかしら、一体」
イリスはため息をつくと、残りのケーキを食べ始めた。