番外編 プラシドの役割
「残念令嬢」12/2書籍2巻発売&12/3コミカライズ連載開始に感謝を込めて。
肉祭り最終日!
第一章と第八章、「残念の宝庫 ~残念令嬢短編集~」の「プラシドの理想 父の条件」を読んでいるとより楽しめます。
「騎士科から対抗戦の申し込みが来ているよ」
プラシドは宮廷学校の校長室にイリスとヘンリーを呼び出すと、一枚の紙を取り出して見せた。
騎士科から魔法科に対して対抗戦を申し込むという内容のそれには、代表の名前が記されている。
次席のレイナルド・ベネガスの字が妙に乱れているのは、恐らく無理矢理書かされたのだろう。
基本的には魔法科が却下することが多い対抗戦だが、騎士科の中にも消極的な者がいてもおかしくはない。
まあ、何にしてもサインされていることに変わりはないので、気付かなかったことにする。
「決定権は、各世代の首席と次席にあるんだ。どこかの世代が二人揃って承諾すれば決定。今まで何度も何度も騎士科から申し込まれているんだが、いつの時代も魔法科の承諾が揃わずに開催されていない」
イリスが魔法科に入学したいと言い出した時点で、成績上位になるのはわかっていた。
学園では何故かおかしな成績を取っていたが、もともとイリスは優秀。
こと魔法に関しての素養は、他の追随を許さないと言っても過言ではない。
だからイリスが次席になったのは想定内だったし、ヘンリーが首席と知ってもそれほど驚かなかった。
それくらいはするだろうと思っていたし、出来てもらわなければ困るというのもある。
最初にヘンリーに会ったのは……確か、イリスが蜜蜂のようなドレスを着て学園の夜会から戻った時だった。
********
「……では、まだ正式に婚約したわけではないのですね?」
そう声をかけられて初めて、プラシドはそこに少年がいることに気が付いた。
蜜蜂イリスに気を取られていたというのはあるし、別に警戒態勢だったわけでもない。
だがそれでも、ここまでプラシドに気取られることなく邸内に入った人物は、今までほとんどいなかった。
「君は?」
本来ならば可愛いイリスと一緒にいる男性など、不愉快なだけ。
だがイリスの連れとしてではなくアラーナ邸に静かに侵入した人間として、プラシドは目の前の少年に興味を持った。
「ご挨拶が遅れました。ヘンリー・モレノと申します。イリスさんと親しくさせていただいています」
礼儀正しく美しい礼と、落ち着いた態度。
その立ち居振る舞いだけでも、ヘンリーが優秀なのは察することができる。
そして何より微かに感じ取れるその気配には、心当たりがあった。
イリスは目に入れても痛くないどころか、目に入れて持ち運びたいくらい可愛らしくて大切な娘である。
嫁に出す気などさらさらなく、ずっとプラシドの手元で守り続けるつもりだ。
いずれは婿を取ることになるのだろうが、それだってもっと先のこと。
だからイリスが『想う方がいる』というのを聞いても、認めるかどうかは別の話だと思っていた。
だが……この少年ならば、大丈夫かもしれない。
「では、モレノ侯爵家が必ず食い止めます。お任せください」
「あ、ああ。頼む」
本来ならば、侯爵家の人間とはいえ子供に委ねるようなことではない。
実のところ、プラシドの方でどうにかすることも可能だ。
それをあえてヘンリーの申し出を受け入れたのは、それくらいできなければイリスのそばに置くことはできないということ。
そして……恐らくヘンリーはそれを成し遂げられるのだろう、という直感のためだった。
『地位はそんなに高くなくて良いから、仕事ができて、経済的にも将来に不安がなく、清潔感のある容姿で、優しくて思慮深く、頼りがいがあって、イリスのことを包み込むような愛情で接する誠実な男で』
『……あと、それなりの剣術か魔法を使えて、数人程度なら圧倒する武力があるなら。――仕方ないから認めるよ』
かつてプラシドが挙げた条件が、これだ。
自分で言うのもなんだが、プラシドがイリスの伴侶に求めることは少なくない。
話を聞いた友人は「そんな男がいるものか」とため息をついていたが、可愛いイリスを守るためには最低限の内容である。
イリスがそれなりの年頃になると、結構な数の婚約の申し込みやら手紙やらが届いたが、条件をすべてクリアできる男性はそうそう現れなかった。
プラシドとしてはイリスを手放す気がなかったので、厳しめに採点している部分もあるが……ヘンリーはそれをあっさりと乗り越えてきたのだ。
立ち居振る舞いからして優秀だとわかるので、恐らくは仕事もできるだろう。
モレノ侯爵令息である以上、経済的にも心配はない。
容姿も整っているし、イリスに接する態度を見る限り大切に想っているようだ。
「イリス、彼がおまえの想い人だろう? 頼りになる人を見つけたね。蜜蜂ドレスの娘でも構わないなんて、心も広いようだし」
身のこなしからして、体術なり剣術もそれなり以上の腕前であろうことも察せられる。
そして、何よりあの気配は……
********
「……ところで。騎士科で『対抗戦に勝つと黄金の女神の口づけを賜る』とかいう噂があるようだが。――まさか、イリスのことじゃないよね?」
イリスは認めていないと言っているが、黄金の瞳を持つ女神クラスの可愛らしさとなれば、恐らくは間違いないだろう。
とはいえ、到底許容できることではない。
「私は娘をそこらの男にくれてやるほど心が広くない。……わかるね? ヘンリー君」
ヘンリーとの婚約を……アラーナ家を出てプラシドのもとから離れるのを認めたのは、条件をクリアしたからだ。
それに満たない人間にイリスに触れる権利を与えるつもりはないし、それを許すようならヘンリーの評価も考え直さなければいけない。
「はい。私もです」
穏やかな笑みが返ってきたが、その紫色の瞳には強い意志を感じる。
言いたいことはきちんと理解しているのだろうとわかり、プラシドは橙色の瞳をすっと細めた。
「……なら、いいよ」
ずっと、イリスを守るのはプラシドの役割だと思っていた。
……だが、その役目を手放す時が来るのかもしれない。
ヘンリーに初めて会ったあの日、プラシドの中でその予感はしていたのだ。
残念令嬢
2021/12/2 書籍2巻発売!
2022/6/30 コミックス1巻発売!
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