番外編 シーロの手紙
愛しのカロリーナ。
元気かい?
モレノ侯爵家に着いて、ようやく落ち着いたよ。
君の弟のヘンリーにも会った。
やはり、少し君に似ているね。
髪は魔法で黒く染めているし、俺の素性がわかる奴もいないだろうが、一応用心はしておく。
あくまでもシルビオ・トレドとして接してもらうよう、ヘンリーにも伝えたよ。
君が気にかけているイリス嬢には、早めに会いに行く。
ただ、伯爵令嬢に剣の稽古が必要だとは思えない。
君が詳しい事情を教えてくれなかったのは、正直、少し寂しい。
だが、信用できる人間しかイリス嬢に近付けたくないというのなら、仕方ない。
イリス嬢が必要ないと言うまでは、俺も力を尽くすよ。
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愛しのカロリーナ。
イリスは思った以上に、か弱い。
剣の稽古は困難を極めそうだ。
だが、君が言っていたように、真剣に取り組んでいる。
必死と言ってもいい。
俺も、彼女が少しでも上達できるように手助けするよ。
ところで、イリスの外出時の格好はどうにかならないのか。
残念な令嬢を目指していると君から聞いてはいたが、理解に苦しむ。
せっかく綺麗な顔をしているのに、勿体ないな。
そう言えば、ヘンリーには残念な変装のことを伝えていなかったのかい?
剣の稽古を見に来たんだが、イリスの素を見て驚いていたよ。
イリスを気にしているようだったから、ちょっとからかったんだが、良い反応だったよ。
若いって、いいね。
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愛しのカロリーナ。
俺は変わらずやってるよ。
イリスも変わらず頑張っている。
剣は相変わらずだが、最近はそれ以外のことも教えている。
護身術とまではいかないが、妙齢の女性なのだから、身を守る術は覚えて損はないだろう。
この間、夜会に行ったはずのヘンリーがすぐに帰ってきたんだ。
何か問題があったらしくて、色々指示を出していた。
冷たい表情のヘンリーは、君にそっくりだね。
君は何かを守る時にあの顔になるけれど、ヘンリーはどうなのかな。
君からの手紙、待ってるよ。
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愛しのカロリーナ。
この間、ヘンリーが殺気立っていたから、気分転換に剣の相手をしたよ。
ヘンリーは良い腕をしているね。
さすがは、モレノ侯爵家の嫡男だ。
学園で何かあったみたいでさ。
何でも、二度とちょっかいを出せないように、思い知らせたらしい。
普段は面倒見が良くて大人しい印象だけど、ヘンリーも男だからね。
大切なものでも、守ったんじゃないかな。
モレノの跡継ぎを怒らせたんだから、相手も運が悪かったね。
ところで、たまにはヘンリー宛てじゃなくて、俺に直接手紙をくれないか。
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愛しのカロリーナ。
君が短剣を送ったからには、イリスに危険が迫っているのだろうね。
俺も例のネックレスをイリスに貸したよ。
刃物による攻撃を弾き飛ばす王家の宝だけど、兄が王位を継ぐ今、俺に危険はなくなっているからね。
少しでもイリスの役に立てば良いんだけど。
ヘンリーは指輪をイリスに渡していたよ。
モレノ侯爵家の加工品は品質がおかしいから、あれも相当な品なんだろうね。
紫色の石をはめた指輪なんて、見ているこっちが恥ずかしくなるよ。
イリスはいつ気付くのかな。
それより、俺宛ての手紙、短すぎない?
『オゲンキデスカ』って、何なの?
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愛しのカロリーナ。
クララ・アコスタを捕らえたよ。
君や友人達を陥れた証拠を集めるのには苦労した。
やはり、ヘンリーの協力が大きかったよ。
君からも礼を言っておいてくれ。
俺はこれからシーロ・ナリスとして、国王にクララを引き渡してくる。
共犯のセシリア・サラスも一緒だ。
これで、君の無実の悪評も晴れるだろう。
『隣国からいじめをする稀代の悪女』って響き、俺は嫌いじゃなかったけどね。
そう言えば、あんな指輪を贈っておいて、ヘンリーはイリスに何も言ってなかったらしい。
イリスも何も気付いていないようだった。
仕方ないから、王子様の命令で庭に花を見に行ってもらったよ。
手がかかる義弟と未来の妹だね。
クララを引き渡したら、そのまま君の所に向かう。
出せずじまいだったという俺宛の手紙の在処は、もう知っている。
せっかくだから、俺が朗読してあげるよ。
待っていて。
愛しのカロリーナ。