番外編 レイナルドの棄権
「――魔法科次席、イリス・アラーナ。首席、ヘンリー・モレノ」
めでたく合格した宮廷学校の入学式で、想定外の名前が耳に届く。
レイナルドの肩が震え、隣に立っていた男性が訝し気に視線を送ってきたが、それどころではない。
「何で、あいつが?」
ヘンリーとはクラスが違うので詳しくは知らないが、少なくとも抜きんでて優秀という話は聞いたことがない。
立ち居振る舞いから馬鹿じゃないのはわかっていたが、まさか頭脳派揃いの魔法科の首席になるなんて思いもしない。
「というか、次席がイリス?」
こちらに関しては、同じクラスだったので何となくわかる。
本来は美少女なのに顔に傷をつけて太った格好をしていたイリスは、勉強においても同様のことをしていた。
明らかにわかっている問題を知らないふりをしたり、教室中の蝋燭を凍らせるという魔法を使っておきながら他人のふりをしたり。
行動はおかしいが、優秀であろうというのは察することができた。
だが、魔法科に入学する理由がわからない。
ヘンリーは嫡男だから侯爵を継ぐのだろうし、イリスは侯爵夫人になるはずだ。
魔法科に入ってまで、何をするつもりなのだろう。
「……何にしても、関わらないのが身のためだな」
幸い、騎士科と魔法科では交流もほとんどないと聞く。
移動時に周囲に気をつければ、問題ないだろう。
「――騎士科次席、レイナルド・ベネガス」
安堵の息をついたレイナルドの名が、無情にも呼ばれる。
ここにレイナルドがいることをヘンリー達は知らないはずなのだから、余計なことをしないでほしい。
本来ならば次席に選ばれたことで嬉しいはずだが、今はただの足枷だ。
とにかく姿を隠そうとしたレイナルドの視界に、頭に謎の割れた球体を乗せたイリスの姿が映る。
もはや嫌がらせの域に達しているドレスを身に纏ったイリスが笑顔で手を振り……その隣には紫色の瞳の美少年の姿があった。
「最悪だ……」
オリビアのために自分を研鑽するはずが、とんだ危険地帯に迷い込んでしまった。
レイナルドはその場に座り込むと、深い深いため息をついた。
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「――へえ。騎士科の首席って、偉いのか。羨ましいなあ」
男達の真後ろから声が聞こえたかと思うと、その肩をポンポンと叩く。
「い、いつの間に?」
ヘンリーの存在にまったく気付かなかったらしい男達が、驚愕の顔で道を開けた。
……最悪だ。
イリスが騎士科の訓練棟に紛れ込んできたのを見つけたのが、運の尽きか。
ウリセスの背後に隠れるように移動しながら、レイナルドはとにかく目立たないようにと祈った。
元凶であるイリスは呑気にヘンリーといちゃついているが、おかげで騎士科連中の苛立ちは増すばかり。
ウリセスが見かねて注意してくれたが、ヘンリーはイリスを抱きしめて婚約者だと更に煽る始末。
……もしかして、わざとやっているのだろうか。
レイナルドが不審に思っていると、騎士科の男達はあろうことか魔法科に対抗戦を申し込み始めた。
気持ちは、わからないでもない。
騎士科のほとんどは平民か、家督を継がない貴族。
対してヘンリーは侯爵家の嫡男で首席の美少年な上に、婚約者は次席でこれまた美少女だ。
これでもかという格差に、嫉妬と怒りを覚えるのも無理はない。
だが、皆わかっていない。
ヘンリーはただの貴族の令息ではない。
学園にいる時に、レイナルドはイリスを襲いかけたことがある。
色々あって半ばやけくそだったし、今思えば愚かなことだが、キスしようとしたのは事実だ。
それを知ったヘンリーは、レイナルドに会いに来た。
そして――。
そこまで思い出して、レイナルドは身震いをした。
「……やめろよ。やめてくれよ。これ以上関わる機会を増やすなよ。頼むから」
ヘンリーは、やばい。
あの時、レイナルドは一切の暴力も暴言も受けていないし、何なら指一本触れられていない。
それでも十分すぎるほどの恐怖を味わった。
ヘンリーが魔法を使うのか剣を使えるのかは、知らない。
だが、恐らく並の腕を凌駕する何かを持っている。
それがわかるからこそ、対抗戦だなんてとんでもないものには関わりたくなかった。
しかしレイナルドの心を知らない男達は、よりにもよってイリスのキスを景品のように扱い始めた。
ヘンリーにとって、イリスは特別……いや、特殊な存在だ。
彼女に手を出して、無事でいられるとは思えない。
「い、嫌よ! 何で私? どこが可憐なのか言ってみなさいよ。こっちは全力で残念目指しているのよ。失礼よ!」
「……そっちかよ」
イリスの見当はずれの意見に呆れた様子で答えているが、ヘンリーが参加することにでもなったら、ただの地獄絵図だ。
「もういいわ。だったら、私もその試合に出る! 自分の身は、自分で守る!」
高らかに恐ろしい宣言をするイリスの肩に、そっとヘンリーの手が乗せられた。
「……なら、仕方がないな。愛しい未来の奥さんのためだ。対抗戦、受けようじゃないか」
にやりと笑うヘンリーを見て、男性達は歓声を上げ、ウリセスはため息をつき、レイナルドはがっくりと肩を落とした。
こうなったら生き残る道は棄権だ、不参加だ。
絶対に関わりたくないので、その日は宮廷学校に近付かないようにしよう。
固く心に誓ったレイナルドが、無理矢理対抗戦の申し込み書にサインさせられるのは、この直後のことだった。
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(内容は活動報告参照)
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