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番外編 ヘンリーの指輪

『イリスは助けてなんて、きっと言わない。だから、助けてあげて』


 隣国にいる姉カロリーナからの手紙には、そう綴られていた。

 一緒に届いた包みの中は短剣。

 魔法が込められていて、魔力のある人間なら軽くなるから扱いやすいという。

 モレノ侯爵家の加工品だろうから、効果は折り紙付きだろう。


 だが、わざわざ武器を送ってくる理由がわからない。

 それもお飾りではなく、イリスにも使えそうなものを選んでいる。

 イリスがこれを使う何かが起こる、ということだろうか。



『冬の夜会は、一人で参加しようと思うの』

『また、残念狙い?』

『それもあるけど。ちょっと状況が変わったかもしれないの。迷惑がかかるといけないから、一人で行くわ』



 冬の夜会の前にイリスと交わした会話を思い出す。

 確かに、イリスは何かを気にしていた。

 それが、短剣と関係があるのかもしれない。



 イリスに関わることと言えば、リリアナとレイナルドが浮かぶ。

 リリアナはイリスにジュースをかけたらしいし、レイナルドはイリスを襲いかけたらしい。


 だが、リリアナは嫌がらせの範囲だろうから、イリスが武器を持つ必要があるかは疑問だ。

 もちろん油断してはいけないので、ヘンリーがそばにいるように気を付けている。


 レイナルドは武器で対抗して問題ないが、既にヘンリーが釘を刺しておいた。

 もうイリスに関わることはないだろう。

 万が一、イリスの前に現れるというのなら、今度は遠慮なくヘンリーの()()を使うだけの話だ。



 今のところ、ヘンリーには緊急性を感じられない。

 だが、カロリーナが無駄な物を送るとは思えないし、女の勘というものは侮れない。

 何かあると思って動いておいた方がいいだろう。


「そうなると、あれを渡しておいた方が良いか……」


 少し前から、ヘンリーが作らせていた加工品がある。

 魔力の制御と増幅に役立つという石が手に入ったので、魔法を使えるイリスにちょうど良いかと思ったのだ。

 職人に何に加工するか尋ねられて、ヘンリーは指輪を選んだ。

 一番壊れにくいと思ったからで、深い意味はなかった。


 だが、石の色を選ぶ段階でヘンリーは迷った。

 赤、黄、紫の三色が用意されており、最初はイリスの瞳の色に似た黄色がいいだろうと思った。

 だが、何となく紫色に惹かれた。

 イリスの指を飾るのなら、ヘンリーの瞳と同じ色の石が良いと思った。

 その意味に気付いて他の色にしようかとも考えたが、結局は紫色にした。



 イリスはカロリーナの友人で、ヘンリーと一年間の約束を交わした相手で、ヘンリーにとっても友人のようなものだ。


 だが、ただの約束相手に指輪を渡すだろうか。

 ただの友人に、自分の瞳と同じ色の石を選ぶだろうか。



 たぶん、違うだろう。

 出来上がった指輪を受け取る頃には、ヘンリーも薄々気付き始めていた。




 ――イリスは、おかしい。


 額に大きく醜い傷の化粧を施して、綺麗な顔立ちを隠す。

 体はボリューム調整をして、華奢な体格を隠す。

 ろくに筋力もないくせに、必死に剣の稽古をする。

 必要もないのに、魔法の稽古もしている。

 食べられもしない肉を、ひたすら大量に注文する。

 夜会では趣味を疑ういかれたドレスを身にまとい、両手に肉を持って徘徊する。


 どれをとっても伯爵令嬢とは思い難い。

 歩く残念と言ってもいい、残念極まりない行動だ。


 ……なのに、気になって仕方ない。




「これはつまり。……そういうことなんだろうな」

 ヘンリーは指輪を見つめて、大きなため息をつく。




 侯爵家の肩書きに群がる女性に比べれば、イリスの方がまだ将来を考えられる。

 ヘンリーの事情を考えると、美女に恋して夢中になるのもあまり良くない。

 それなら、イリスくらいの珍妙な人間がパートナーの方が、影響が出にくいだろう。

 そんな風に思ったこともある。


 もちろん、本気ではない。

 ありえない中での、仮定の話だった。


 だが、今の自分はどうだ。

 隠しているとはいえ、紛うことなき美少女のイリス。

 その隠しきれない珍妙な行動までが、慕わしい。



「――重症だな」



 自分自身を鼻で笑うと、指輪を上着のポケットにしまう。


 よりによって、あんな変な女に。

 残念な令嬢につかまってしまうとは。


 ヘンリーはカロリーナの短剣を持つと、部屋を出た。



 ********



「右手は……剣を握るのにちょっと邪魔ね」


 イリスはそう言って左手の指に一本ずつ指輪を合わせる。

 そうして収まった指を見て、ヘンリーは狼狽した。


「おまえ、それ……」

「何?」

 左手の薬指にヘンリーが渡した指輪をはめたイリスは、平然と問い返してきた。


「この指がぴったりなんだけど、駄目?」

「だ、駄目じゃないけど。イリスはいいのか、その」


 左手の薬指は、一般的に婚約指輪や結婚指輪をはめる特別な意味がある。

 これではまるで、ヘンリーがイリスに好意を伝えたみたいではないか。

 まるで、イリスも好意を持っているみたいではないか。

 ヘンリーは動揺を隠しきれなかった。


「誰も残念な私の指なんて気にしないわ。それに、剣を持つのに邪魔なのも困るから、左手ならどの指でもいいの」



 イリスのあんまりな返答に、ヘンリーはがっくりと肩を落とす。

 やっぱりイリスは、どこまでも残念だ。


 それでも良いのだから、ヘンリーもまた、残念な人間なのだろう。

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