ヘンリーとウリセス
「ヘンリー」
イリスが声を上げると、ちらりと視線が合う。
一瞬にこりと微笑むと、すぐに硬い表情に戻った。
「ロメリ子爵。今までに少年誘拐五件、誘拐未遂十件に関与。……これは間違いないな?」
「な、何のことだ! 侵入者だぞ、こいつを捕らえろ!」
ロメリ子爵と呼ばれた男性が声を荒げると、剣を持つ男性達が反応する。
それを見たヘンリーは、つまらなそうに手を振った。
「待て待て。この件には、俺は無関係だ」
すると、ヘンリーの背後から藍色の髪の少年が姿を現す。
ウリセスは何やら紙を広げて、こちらに見せた。
「――騎士団の代理だ。少年連続誘拐の件で確認に来た。別室に多数の少年を発見したが……詳しく話を聞こうか」
「し、知るか! おい、こいつらを捕らえろ!」
ロメリ子爵の声に男性達が剣を構えるが、ヘンリーは扉にもたれたまま動く気配がない。
それを見たウリセスは嫌そうにため息をつくと、腰に佩いた剣を抜いた。
剣を持った男性は三人。
室内なので動きは制限されるだろうが、それはウリセスも同じ。
ヘンリーのような愉快な動きではないが、あっという間に三人を制圧する。
対抗戦でも剣をふるう姿を見たが、やはりウリセスは強い。
あっさりと決着がつくと、ロメリ子爵が懐から何かを取り出すのが見えた。
液体の入った小さな瓶だ。
それを取り出す際に、白いハンカチが床に落ちる。
星が刺繍されたそれを、イリスは目にしたことがあった。
ベンチで寝ていた時に目の前にあったハンカチ。
……では、あの時の通りすがりの男性が、ロメリ子爵だったのか。
場合によってはあの場で攫われていたのかもしれないと気付いて、イリスは少しだけ震えた。
「誰が、捕まるか!」
小瓶を掲げた次の瞬間――いつの間にかロメリ子爵の横に立っていたヘンリーが、小瓶を奪い取っていた。
同時にロメリ子爵の腕を捻り上げ、そのままウリセスに引き渡す。
手の空いたヘンリーは小瓶の蓋を開けて臭いをかぐと、眉を顰めて蓋を閉める。
床に落ちていたハンカチを拾って小瓶と共に袋に入れると、小さく息をついた。
「国の禁止する薬物の所持を確認。無許可で携帯、使用。用途が誘拐に監禁。……他に何が出てくるかは知らんが、これに関しては俺の管轄内」
そう言うと、ウリセスに押さえられて身動きが取れないロメリ子爵に袋をかざして見せた。
「何なんだ! おまえのような子供が勝手に屋敷に入って。このままで済むと思うのか!」
「これは病で痛みを緩和するために使うものだ。気化したものを少し嗅ぐ程度ならば、感覚の鈍麻、あるいは一時的な意識の消失。だが、液体のまま使えば意識の混濁を招き、常用すれば廃人になりかねない」
もがきながら大声を上げるロメリ子爵を一切気にする様子もなく、ヘンリーは続ける。
「陛下は、大変にご立腹だ。厳罰もやむなし。……だが、入手経路や余罪のこともある。すぐには執行しないそうだ。――良かったな?」
にこりと微笑むヘンリーを見て、ロメリ子爵の動きが止まった。
「陛下? ……おまえは、何なんだ」
それまでの怒りが消え、ロメリ子爵の表情には困惑と少しの恐怖が浮かんでいる。
ちらりとヘンリーが目を向けると、ロメリ子爵の腕を押さえているウリセスが視線を逸らした。
「……知る必要もないさ」
その言葉と同時に、ヘンリーの周囲に魔力が溢れる。
紫色の瞳が、きらりと光ったような気がした。
――『モレノの毒』だ。
そう直感したイリスは、いつの間にか自身の胸のテントウムシブローチをぎゅっと握りしめていた。
ウリセスが手を離すが、ロメリ子爵は動かない。
どこか虚空を眺めているようで、ぽかんと口を開けたままだ。
近付いてきたウリセスに持っていた袋を渡すと、ヘンリーは小さく息をついた。
「ロメリ子爵は禁止薬物を自ら使用し、哀れにも意識が混乱している。取り調べが楽になりそうだな」
「……そうだな」
嫌そうな表情のまま、ウリセスがうなずく。
だがいまいち事態を飲み込めないイリスは、レイナルドと顔を見合わせ、共に首を傾げた。
「――イリス。怪我は?」
足早に近付いてきたヘンリーが、問いかけながらイリスの手を握る。
「平気よ」
すると、ヘンリーは上着を素早く脱ぎ、イリスを包み込むように着せた。
「え? 何で?」
「上着を着るんだろう?」
「あれは、魔法の……」
いつも凍結させると寒くなるから、先に温かくしておこうと思っただけだ。
結局魔法を使っていないので寒くないのだから、今は必要ない。
「わかっている。でも、レイナルドのものを着るくらいなら、俺のにして」
「だって、ヘンリーはいなかったし。……そう言えば、何でここにいるの? しかもウリセス様まで」
「クレトから連絡が来たからな。それに、元々ロメリ子爵を探って見張りをつけていた。だからウリセスを連れて来たんだ。この件は騎士団も絡んでいるから」
そう言えばウリセスは騎士団の代理とか言っていたが、騎士科の新人にそんなことをさせるものだろうか。
イリスの疑問は口に出さずとも伝わったらしく、ヘンリーに視線で促されたウリセスがうなずいた。
「宮廷学校の騎士科は、騎士団の下部組織でもある。今回は騎士科校長に代理の権限を与えられて、特別に……ということになっている」
第8章も終盤!
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