まさかのカミングアウトです
「そんな小さい鳥じゃ駄目です。もっと、こう……毒々しくて残念な。――あるいは鶏! モモ肉で! 骨付きでお願いします!」
「何の話なんだ」
レイナルドが呆れたような声を出しているが、表情から察するに男性も困惑しているらしい。
これもひとつの残念だろうか。
どうやら、イリスの自動残念の性能はかなりのもののようだ。
満足してキラキラと瞳を輝かせるイリスとは対照的に、男性の表情は曇っている。
「……その服についているのは、虫……かい?」
本日唯一にして渾身の残念に食いついてもらえたことで、イリスの瞳は更に輝いた。
「そうです。テントウムシのブローチです!」
「……君は、その。虫が、好きなのかい?」
「いいえ。群れて気持ち悪いので、大量につけてみました!」
胸を張ってアピールすると、男性はしばし黙り、そして首を振った。
「……ところで、その男は何なんだい? 随分と暴れてくれたらしいが」
「何って。……同級生です」
「……そ、そうか。恋人ではないんだな?」
「全然」
二人同時に答えると、男性の表情が少し明るくなった。
「それで、何で私はここに? あなたのお屋敷ですか?」
「――私は、美しい少年が好きだ」
……突然、どえらいカミングアウトが来た。
さすがに動揺するが、イリスは深呼吸をするとゆっくりとうなずく。
「……わかりました。レイナルドに熱い思いをぶつけるんですね? 私、観戦します」
「違う!」
「やめろ!」
男性とレイナルドの声がぴったりと重なる。
意外と気が合うのではと思ったが、よく考えればレイナルドにはオリビアという想い人がいる。
男性の恋は儚く散る運命なのだ。
見知らぬ男性だし誘拐は迷惑だが、仕方がないから道ならぬ恋の終焉を看取ってあげようと思ったのだが。
どうも違うらしい。
「だって、美少年……」
「ちょっとこの男では体が大きい。……まあ、確かに顔は悪くないが……」
「その目で、こっちを見るな!」
レイナルドが怯えながら一歩後退るが、男性は何やら楽しげだ。
「先日、ソレール伯爵家の夜会で、夢のように美しい少年に出会ったのだ。君こそ、私の理想の美少年……のような美少女だ」
じっとりと舐めるように見つめられ、イリスは数度瞬いた。
「はあ。それで、何の用ですか?」
「え? いや、だから君が私の理想の」
「それは聞きました。だから、用件は何なんですか? 私、連れがいたんです。きっと心配しているし、早く家に帰らないと。……ここはどこですか?」
あの場で攫われたのなら、クレトはそれを目撃しただろう。
レイナルドが馬車に飛びついたのを見たのだろうが、どちらにしても心配しているはずだ。
早く戻らなければプラシドにも伝わるだろうし、大事になりかねない。
そう言えば、あの時レイナルドは『ヘンリーに知らせろ』と言っていたような。
……気のせいだろうか。
「用件、ね。君には私の元で過ごしてもらうよ」
「何故ですか?」
「え? いや、だから。君は私の理想の」
「それは聞きました。もういいです。帰ります」
何と話の通じない人だろう。
聞いていることに全然答えてくれないのは、嫌がらせなのか、人の話を聞かない人なのか。
何にしても、ここに大人しく閉じ込められている理由はない。
イリスが椅子から立ち上がると、ちょうど扉が開く。
そこにいたのは、剣を携えた三人の男性だった。
「あなたは帰しませんよ。私の元で、共に過ごしましょう。そちらの男は邪魔です。先程は後れを取ったようですが、今度は無事ではいられませんよ」
男性達が部屋に入って来ると、庇うようにレイナルドがイリスの前に立った。
「レイナルドに何をするつもりですか」
イリスが睨みつけると、まるでそれが嬉しいことかのように男性は破顔する。
「ちょっと、話し合いをね。……ああ、あなたの前ではありませんよ。部屋が汚れてもいけませんしね」
「……いじめるの?」
イリスの問いに、男性は笑みを返すだけだ。
この男性はそもそもイリスを誘拐したらしいが、更にレイナルドに危害を加えようとしている。
イリスの中で『見知らぬ男性』から『見知らぬ危険人物』に変更すると、きっと睨みつけた。
「レイナルド」
「何だ。逃げろとか言うなよ」
背後から声をかけると、イリスを見ることなく硬い声が返ってきた。
今レイナルドを支配しているのが正義なのか恐怖なのかは、わからない。
だが、その身に危険が迫っていると知って、放置するわけにはいかなかった。
「――脱いで」
「は?」
「へ?」
レイナルドと男性が同時に気の抜けた声を上げる。
さっきまで剣を持った男性達を威嚇するように前を見ていたレイナルドも、困惑の表情で振り返った。
「だから、上着を脱いで」
「……何で」
「着るから」
「いや。だから、何で」
「――レイナルド」
ぐだぐだとうるさいが、今は非常事態なのだ。
薄布一枚しか着ていない乙女じゃあるまいし、いいからさっさと脱いでほしい。
じろりと睨むと、レイナルドの肩がびくりと震えた。
「わ、わかった」
レイナルドが自身の上着に手をかけると、男性が何故か慌て始めた。
「待ってくれ! そんな男の上着を着たら、せっかくの美しい君が穢れてしまう。私、私のものを!」
「……前半は賛成だが、後半は却下だ。――イリスが穢れる」
静かな声が室内に響く。
声の方を向いてみれば、扉にもたれるようにして茶色の髪の美少年が立っていた。
第8章も終盤!
今後の予定を活動報告でお伝えしています。
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