俺を殺す気か
「え、ええと。……お嬢様、その。……服に、虫がついておりますが」
カフェに到着したイリスとクレトを出迎えた店長は、暫し固まった後に、困惑した様子で首を傾げた。
これはなかなか新鮮な反応だ。
ありがたく残念ポイントを受け取りながら、イリスはにこりと微笑んだ。
「うん、ありがとう。これはつけてあるから、問題ないの」
「つけたのですか⁉」
「……これが『残念の先駆者』です。凡人には理解できませんが、一部に熱狂的な支持者がいます」
驚愕の表情の店長に、横にいた女性店員がそっと耳打ちする。
「そ、そうか。……いえ、失礼いたしました。こちらへどうぞ!」
何かを悟った様子の店長に案内されて席に着くと、店内の視線が一気に集まるのがわかった。
「ねえ、クレト。テントウムシブローチの威力は凄いわね。ブローチ以外は普通なのに、こんなに注目されているわ」
「確かにそのブローチはアレですが、この視線は別な理由ですよ」
クレトの指摘に、イリスは目を瞬かせる。
そう言われても、テントウムシブローチ以外はただの清楚なワンピースとリボンだ。
これで残念な視線を浴びるとは到底思えない。
そこまで考えて、イリスはハッと気付いた。
「もしかして、自動残念?」
「何ですか、それ」
「残念装備無しでも、私から溢れる残念が自動的にポイントを稼ぎ始めたのよ。日頃の残念の賜物よ」
ウキウキと説明するイリスを見るクレトの眼差しは、まさに残念そのもの。
これはやはり、自動残念の力なのだろう。
「……本当にヘンリーさんは凄いですよね。俺、イリスさんのこと好きですけど、よくわかりません」
「何でヘンリー?」
ダリアといいクレトといい、何かというとヘンリーの名前を出すが、どういうことなのだろう。
「いえ、いいんです。イリスさんはそのままでいてください」
クレトがため息をつくのと同時に、テーブルの上にどんぐり型のケーキが並ぶ。
イリスの要望をしっかりと取り入れたケーキは、見事なまでにどんぐりだ。
姉妹品として用意されたどんぐりクッキーも申し分ない出来である。
店長と固い握手を交わし、お土産のどんぐりクッキーを貰ったイリスが満足してカフェから出て馬車に向かって歩いていると、ちょうど赤い髪の美少年がそこにいた。
「レイナルド?」
「イリス? 何なんだその服――いや、待て。あいつは? あいつもいるのか!」
あっという間に警戒態勢に入ったレイナルドは、恐る恐るイリスの背後を覗く。
「イリスさん? お知り合いですか?」
後ろを歩いていたクレトに一瞬怯えたレイナルドは、ほっと安堵の息をついている。
「うん。学園の同級生で、宮廷学校でも同級生なの」
「そうなんですね。はじめまして。イリスさんの親類のクレト・ムヒカと申します」
礼儀正しくお辞儀をするクレトにつられて、レイナルドも頭を下げる。
「レイナルド・ベネガスだ。……イリスのそばにも、普通の人間はいるんだな」
「何それ。どういう意味?」
「いや……あいつは、いないんだよな?」
「ヘンリーのこと? いないわよ」
美少年がキョロキョロと辺りを見回す様は、絵に描いたような挙動不審ぶりだ。
クレトも少し困惑していたのに、何故かヘンリーの名前が出てうなずいている。
「いないなら、いいんだ。俺と会ったことは、あいつに言わないでくれ。俺は空気だ。見なかったことにしてくれ。頼んだぞ!」
「よくわからないけれど、わかったわ。……あ、そうだ。お土産のクッキーを貰ったのよ。レイナルドにもあげる」
イリスがワンピースのポケットに手を入れると、レイナルドは目に見えて慌て始めた。
「やめろ! 俺を殺す気か!」
「別に私が作ったわけじゃないから大丈夫よ、美味しいわ」
「そうじゃない。イリスから貰うこと自体が!」
「あれ? おかしいわね」
確かにポケットに包みを入れたと思ったのだが、落としたのだろうか。
振り返ってみれば、カフェの手前に小さな包みが落ちている。
やはり、ポケットから落ちたようだ。
拾おうと一人走るイリスの耳に、馬の嘶きと馬車が高速で近付く音が聞こえる。
何だろうと顔を上げる間もなく、目の前に真っ白なハンカチのようなものがやって来て、イリスの口と鼻をふさいだ。
視界の隅で、何かが激しく光っている。
どこかで嗅いだような匂いと共に、あっという間に力が抜けて、瞼が閉じていく。
それと同時に、体がふわりと宙に浮いた。
「――イリスさん!」
「――おまえは、ヘンリーに知らせろ!」
クレトとレイナルドの声を最後に、イリスの意識は闇に飲まれた。
※17日夜の活動報告(初投稿から毎日更新2周年について)
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