黄金の女神と残念な小悪魔
対抗戦を終えて宮廷学校での日々も平穏……と言いたいが、何だかそれまでと様子が違う。
今までは残念装備だと遠巻きにされ、普通の格好だとチラチラ覗かれていたのだが、覗かれ率が上がったというか。
覗く視線の熱量が変わったというか。
騎士科のみならず、たまに見かける魔法科までもがイリスをチラチラ見ては、囁くのだ。
――黄金の女神、と。
「……おかしくない? これだけ残念にしているのに、何をもって女神なのよ」
文句を言いながら、イリスは自身の姿を見下ろす。
今日は綿菓子をモチーフにしたワンピースだ。
ふわふわモコモコと白い綿を身に纏うのだが、スカート部分がふわふわしていてはただの女子だ。
そこでイリスは首からスカートの裾まで満遍なく綿まみれにした。
要は綿でできた、くびれのない雪だるま状態だ。
ぽっちゃりボディ用のボリュームアップを施さなくても丸みしかない見た目が素晴らしい。
だが真っ白の塊は、それはそれで可愛い気がしないでもない。
不足する残念を補うべく、イリスは綿部分に肉を焼いた炭の残りをばらまいた。
イメージは、雪だるまの顔に使われた炭が、翌日雪を黒く染める感じだ。
全体的に薄汚れて、所々に炭の欠片が挟まったふわふわの塊となったイリスは、それでも物足りなさを感じる。
雪だるまならば、頭にバケツが欲しい。
そう思ったイリスはダリアと壮絶な争奪戦を経て、手のひらサイズの赤いバケツを手に入れた。
一体何用なのかは不明だが、とりあえずバケツはバケツだ。
頭にバケツを乗せて人参を横に添えたイリスは、解けて薄汚れた寸胴雪だるま風ふわモコ物体である。
「……失敗したわ。せっかくだから、落ち武者風のマフラーも巻けば良かったわね」
「いや、もうイリスが可愛いってバレているからな。恰好が多少常軌を逸していても、あまり効果はない」
「常軌を逸しても平気とか、騎士科の人達おかしくない?」
「平気というか……それを超えるものがあるから、仕方がないな」
ヘンリーはそう言うが、イリスからすればたまったものではない。
「これはきっと、残念が足りないのね。毎日お肉を炭火で焼けということかしら」
炭火焼は香ばしくて迫力もあるが、いちいち炭をおこすところから始まるので手間がかかる。
使用人に任せれば早いのだろうが、自分の武器の手入れは自分でしたいからと、焼く工程だけはイリスも関わっていた。
本当は肉の下ごしらえから自分でしたいのだが、一度生肉を目の前にしてその匂いで気分が悪くなってから、ダリアに止められている。
厨房の人間はイリスのお願いよりもダリアの指示を優先するのだが、あれは何なのだろうか。
「何で肉の焼き方の問題なんだよ」
「え? じゃあ、お肉の切り方? 骨付きじゃないと、持ちにくいのよ」
揚げ物だと手が汚れるし、ローストビーフは皿ごと持ち歩いてただの給仕になっていた。
携帯性、見栄え、攻撃力からして、骨付き肉は最高の武器だと言える。
「だから、切り方や持ち方の問題じゃないって」
「じゃあ、生肉? ……私、匂いが駄目なの」
しゅんとして目を伏せるイリスに、ヘンリーのため息が届く。
「何でだよ。まず、頭から肉を切り離せ」
「……今日も仲睦まじくていらっしゃいますね」
気が付くと、栗色の髪の女性がイリス達が座るベンチの傍らに立っていた。
いつから見ていたのかはわからないが、フラビアの言葉は心外である。
「仲睦まじいって何? 今はお肉をより素晴らしい武器にするための意見交換よ」
「待て。俺を変な議論に参加させるな」
変も何も、今まで話し合っていたのに何を言っているのだろう。
呆れてヘンリーを見てみると、何故かイリス以上に呆れた視線を返された。
「そういうところが、仲睦まじいというのです。……対抗戦以降、主に騎士科の中で黄金の女神信仰が広がっています」
「何それ?」
「何でも、剣の道を極めんと努力すると、美しき黄金の女神が祝福を授けてくれるとか」
「ええ?」
「……また、勝手なことを」
ヘンリーはごそごそとお弁当を取り出したが、これは戦の始まりだ。
イリスは自身の兵糧を死守すべく、そっと背後に隠した。
「それ、私のことじゃないわよね?」
「もちろん、イリス様のことです。それ以外にいません」
フラビアは自信満々でうなずくが、イリスとしては納得できない。
「何で? 百歩譲っても、残念の女神にしてほしい……いいえ、女神じゃ駄目よ。残念な悪魔で!」
「まあ、ある意味で小悪魔ですね」
「大きい方がいい!」
「では、大きな小悪魔で。……ヘンリー様、今日はサンドイッチですか?」
「なんか違う。普通の悪魔がいいの……」
望んだ答えを得られずに少し寂しくなりながら、ちらりとヘンリーを見る。
サンドイッチはイリスと同じだから、今日は手出しされずに済みそうだ。
だが、ヘンリーがもぐもぐと頬張るサンドイッチには、何だか既視感がある。
「……それ、何のサンドイッチ?」
「うん? 卵かな」
ぺろりと平らげたヘンリーは、どこかで見たことのある包み紙を広げて二つ目のサンドイッチを食べ始めた。
「……それは?」
「魚の揚げ物かな。野菜とソースの相性がいいな。参考にしよう」
「……何でさっきから疑問形?」
「そりゃあ、俺が作ったわけじゃないし」
まさかの言葉に嫌な予感がしたイリスは隠しておいたサンドイッチを探すが、どこにも見当たらない。
「あれ? ない、ない!」
「うん。ごちそうさま」
慌てるイリスの背後から、不穏な声が聞こえてきた。
「……ねえ。ヘンリーが食べていたのって」
「愛妻弁当だな」
「――やっぱり! 何で人のお弁当を食べるのよ! 返してよ、それは私のなの! 愛妻弁当じゃないの!」
ヘンリーの腕を掴んで揺らすが、当然サンドイッチは返ってこない。
「少しなら返せるぞ?」
「咀嚼したサンドイッチを吐き出されても、嬉しくない!」
イリスが食べたかったのはサンドイッチであって、過去にサンドイッチだった流動食ではない。
「……レベルの高い愛情表現ですね」
「そんな馬鹿なことあるか。……唇になら、ソースがついていると思うが。――試すか?」
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