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番外編 ヘンリーの認識

『意に添わぬ婚約を阻止するために、ヘンリーのことを好きだと公言するのを、一年間許してほしい』


 隣国にいる姉カロリーナからの手紙には、そう書いてあった。

 イリス・アラーナという友人が困っているので、助けてあげてほしいという。

 自身も悪評で国に戻れていないのに、随分と優しいことだ。

 だが、いい機会でもあった。



 カロリーナは『隣国からいじめをする稀代の悪女』と呼ばれているが、あれは全くの見当違いだ。

 本当に噂の美少女を害しようとしたのなら、カロリーナは隣国からいじめなどという面倒なことはしない。

 直接武器でも持って殴り込みに行くだろうし、公衆の面前で蹴散らすだろう。


 姉のことがわかっているからこそ、ヘンリーは悪評を信じていなかった。


 カロリーナが大人しく隣国に行き、未だに何もしようとしない理由は不明。

 そろそろどうにかしようとヘンリーも思っていたところだ。

 だが、調査をするには相応の時間がとられる。

 侯爵令息に色目を使う女性達の風よけが、ちょうど欲しいところ。

 イリスという少女の要求を飲む代わりに、役に立ってもらおうとヘンリーは考えていた。



 ********



「ヘンリー・モレノだ。……君が、イリス?」

 シルビオに連れられてきたその少女を見て、ヘンリーは困惑した。



 まず、額の大きな傷に目が行く。

 伯爵令嬢と聞いていたが、何がどうなるとこんな大怪我をするのかわからない。

 しかも、まったく恥じている様子も隠している様子もない。


 更に、ドレス姿が不自然だ。

 胸と腹の境がないくらい肉付きが良いのに対して、顔や手は驚くほどほっそりとしている。

 そういう体型なのだと言われればそれまでだが、やはり違和感は拭えない。


 顔立ちだって、よくよく見てみれば造作も悪くないのに、もったいない。

 どうしても傷の方に目が行くので、よほど注意してみなければわからないが。



 何にしても、奇妙で不自然で残念。


 それが、イリスの第一印象だった。



 ********



「――ということで、ちょっと一緒にいてもらえる?」


 前後を端折った雑な説明にヘンリーは怪訝な顔をしたものの、そのままイリスの隣でお茶を飲む。

「……お願いした私が言うのもアレだけど、何で一緒にいてくれるの?」

「本当におまえが言うな、だな。それより紅茶に肉は、やめてくれ」


 ヘンリーは紅茶と共に、イリスの頼んだ肉の揚げ物を食べている。

 味が合う合わない以前に、午後のティータイムに相応しい組合わせとは思えない。

 


 肉の皿をいくつも並べていたこともあるし、肉が好きなのかと思えば、ろくに食べない。

 食べないようにしているというよりも、本当にお腹に入らないという感じだ。

 あの食事量でどうやって体幹の肉付きを維持できるのか、不思議なくらいだ。


 食べられないなら肉を頼まなければいいとヘンリーは思うのだが、そこはイリスにとって譲れない線らしい。

 自分では食べられないのに、決して捨てようとしないイリスは、ついに肉を持ち帰ろうとし始めた。


 伯爵令嬢が肉の持ち帰りというのも、どうなのだろう。

 他人とはいえ、一年間の約束をしている間柄だし、食べ物を安易に捨てないことは好感が持てる。

 仕方ないので、ヘンリーはイリスの肉を手伝うようになった。



 そうして話をしてみれば、イリスは面白い人間だった。

「……まあ、俺としてもイリスと一緒にいれば女共に絡まれることも少ないし、自由に動ける時間が増えてありがたいけどな」


 事実、イリスと過ごすようになって、格段に女性に絡まれることは減った。

 額の傷、妙なぽっちゃり体型、肉の皿を並べるなど、謎な上に残念なイリスには同性も近付きづらいらしい。

 ヘンリーにとっては恩人のようなものだ。


 侯爵家の肩書きに群がる女性に比べれば、イリスの方がまだ将来を考えられる。

 ヘンリーの事情を考えると、美女に恋して夢中になるのもあまり良くない。

 それなら、イリスくらいの珍妙な人間がパートナーの方が、影響が出にくいだろうと思ったからだ。



 異性ではあるが異性ではない、それなりに親しい友人のようなもの。

 ヘンリーはイリスをそう認識していた。


 ……あの日までは。



 ********




「……イリス、だよな?」

「そうだけど?」


 ヘンリーの探るような視線に心当たりがないらしく、イリスは首を傾げる。

 首を傾げたいのはこちらの方だ。

 ヘンリーの前に立つ少女は、見知ったイリスとはかなり異なっていた。



「え? ああ! そうか。傷のお化粧してないから、わからなかった?」

「あの傷、化粧だったのか。……いや、化粧というか……」

「ボリューム調整も家ではしてないのよ。蒸れて暑いから、あれ。……そんなに違うかしら?」


 イリスは自分の体を見直しているが、違うどころの騒ぎではなかった。



 まず、何よりも目を引いていた額の傷がない。

 化粧だと言っていたが、利点がないし、意味がわからない。

 それに、体幹だけぽっちゃり体型なのかと思っていたが、とんでもない。

 ぴったりとしたズボンと薄手のシャツが艶めかしくて、目のやり場に困る。

 体格としては華奢なのに、グラマラスな体つきだ。


 傷がなくなれば、自然と顔に目がいく。

 造作は綺麗に整っていて、黒髪に金の瞳という姉で見慣れた色彩なのに、ヘンリーには輝いてさえ見えた。



 何てことだ。

 ――ただの、美少女ではないか。



 ヘンリーは愕然とした。

 同時に、理解した。


『意に添わぬ婚約を阻止』という、わかりづらい約束内容もこのせいか。

 確かに、これだけの美少女では男が放って置かないだろう。

 面倒になった結果が、あの変装ということか。


 それにしたって、令嬢人生を全力でドブに投げ捨てていると思う。

 イリスの様子からすると、寧ろ嬉々としてドブに飛び込んだ上に、優雅に泳いでいるとさえ言っていい。

 正直ありえないが、それだけ何か苦労があったのかもしれない。




「婚約阻止のために、他の男が好きなアピールをするんだろう? 夜会は絶好の機会じゃないか」

「――確かに」

 イリスは口元に手を当てて考えている。


 夏の夜会に一人で参加すると言うイリスに、ヘンリーがパートナーになると申し出たら断られた。

 残念に参加したいから、という理由は謎でしかない。

 だが、イリスの素顔を知ってしまった以上、一人にするのは心配だった。



「じゃ、パートナーになってくれる?」

「ああ、引き受けるよ」

 イリスの返答に、ヘンリーはホッとした。


 何かの拍子に素顔がばれる可能性だってある。

 パートナーとしてそばにいれば、なおさらだ。

 そうなれば、イリスに好意を持つ男は多いはずだ。

 ヘンリーでさえ、この素顔にドキドキしてしまったのだから。



「……いや。違う。してない。驚いただけだ」

 ヘンリーは小さく呟く。


 そうだ。

 イリスはカロリーナの友人で、ヘンリーの約束相手で、ヘンリーにとっても友人のようなものだ。

 おかしな感情は必要ない。

 自分の中でそう納得するヘンリーに、シルビオの声が届く。


「俺もちょっと興味があるな、その夜会」

「シルビオは学生じゃないから入れないし、顔が良いから駄目よ」



 いや、その理由はおかしい。

 学生じゃないし、年齢からしてばれるから行けない。

 それだけでいいのではなかろうか。

 確かにシルビオは美青年だが「顔が良いから」って。


 ……つまり、イリスはシルビオのような男が好みなのだろうか。



「そうか。じゃあ仕方がないな。なあ、ヘンリー?」

 何だか楽しそうなシルビオに、ヘンリーは曖昧な返事を返すしかなかった。

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