お家に帰るまでが男装です
「ソレール伯爵夫妻には最初に挨拶してきたでしょう? これ以上倒れる人数が増えてもいけないし、今日はここまでにしましょうか」
「うん。一緒に帰る?」
期待を込めてイリスが尋ねると、カロリーナは申し訳なさそうに首を振った。
「お家に帰るまでが男装よ。私はベアトリスとダニエラを送るから……同じ馬車に乗るとしたらあとひとりね」
「私! 私!」
イリスが手を上げながらぴょんぴょんと飛び跳ねると、何故か周囲から悲鳴と誰かが倒れる音が聞こえた。
「……な、何? カロリーナ、何かしたの?」
また素敵な小芝居か流し目でもしたのかと思って尋ねるが、何故か全員から再び残念そうな眼差しを注がれた。
「イリスは少し自分の攻撃力というか、行動の破壊力を自覚した方がいいわ」
「え? でも、今日は武器を持っていないわよ?」
「だからよ。とにかく、今日はヘンリーと帰りなさい。女装までしたんだから、それくらいしてあげて」
「う、うん?」
よくわからないままにヘンリーに手を引かれ、会場を後にする。
馬車に乗り込むと女装のビクトルと三人になったのだが、何だか気まずい。
ヘンリーの希望でイリスが隣に座ったせいで、ドレスを踏みそうで緊張してしまう。
「ええと。ビクトルは何をしていたの?」
普通に考えれば待機していたはずなのだが、今日のビクトルはメイド服を着ている。
スカートで脚が冷えたりしていないか気になったのだが、返答は予想外の方向だった。
「……使用人に、口説かれました」
ぼそぼそと呟かれた言葉に、イリスとヘンリーは顔を見合わせた。
「ビクトル、モテモテなの?」
目は若干死んでいるものの、癖のない顔立ちなので意外と女装が似合っている。
しかも侯爵令息の侍従という雰囲気のせいか仕事のできるメイド感が漂っているので、モテるのかもしれない。
「私は男に言い寄られても嬉しくありませんよ。それよりも、お二人はどうでしたか。何だか悲鳴が聞こえたり、意識を失った人が大勢運び出されていましたが」
「骨抜き作戦だったのよ! そのせいかしら」
「……一体、何をなさったのですか」
骨抜き作戦の一部始終を伝えると、ビクトルに疲労の色が見え始めた。
「それはまた……倒れる御令嬢がいてもおかしくありませんね。カロリーナ様の男装の時点で、一定数の御令嬢が過剰反応します。その上、バルレート公爵令嬢とコルテス伯爵令嬢が侍ったのでは、反応も加速するでしょう」
何かに納得してうなずくビクトルは、そこで小さく息を吐いた。
「さらにイリス様が踊っていちゃつき、ヘンリー様が嫉妬していちゃついたわけですよね。骨抜きというか、骨潰しとでも言いましょうか。男性も運ばれていたのは、そのせいでしょう。……会場にいなくて良かったですよ、私は」
「男に言い寄られる方がいいのか?」
「いいわけありませんよ。そもそも会場に入らない私が女装する必要はなかったと思いますが」
ビクトルにじろりと睨まれると、ヘンリーは手で口元を隠し、少し首を傾げた。
「わたくしひとりでは、寂しいですわ」
ヘンリーの演技に、ちょっとときめいてしまった。
ビクトルも何とも言えない表情なので、恐らく可愛いと思ったのだろう。
これはどうしたものか。
イリスは女子力でヘンリエッタに完敗している気がする。
そもそも家事から何から何まで、およそ完敗している気がする。
残念ポイントも大切だが、女子力との両立は厳しそうだ。
イリスはいちゃつく主従を放って、車窓を眺めながら思考に耽っていた。
「それにしても、この間の男装夜会は楽しかったわね」
コルテス邸に遊びに来たイリスは、お菓子をつまみながら微笑んだ。
元々はイリスが男として女性を骨抜きにするための催しだったが、友人達と一緒に楽しめたので、大満足である。
「イリスが来る前に、カロリーナとベアトリスが結構サービスしていてね。道を踏み外した人が多いみたいよ」
そう言えば、ダニエラいわく二人で踊る姿はエロいのだったか。
一体何をどうしたのかはわからないが、見られなかったのは悔やまれる。
「そうなのね。私も頑張ったつもりだけれど、二人は凄いわね」
「いや、イリスも別方向で惑わせていたわよ? 可憐な美少年だったからね。ヘンリエッタちゃんとの絡みで悶絶していた人も多かったし。その手の趣味の人間に気を付けて。……ただでさえ、イリスは狙われるんだから」
惑わせていたというのは骨抜き作戦が上手くいったということなのだろうが、後半がよくわからない。
「何で狙われるの?」
確かにイリスは『毒の鞘』になるから狙われると言われているし、実際にあれこれ起きている。
だが、少なくともダニエラはそれを知らないはずなのだが、他に理由があるのだろうか。
「それは――イリスは可愛いからね。手に入れようという悪い奴が後を絶たないのよ」
「可愛いと、狙われるの? なら、大丈夫。――私は残念だから!」
可愛らしい貴族令嬢が狙われるというのならば、イリスは問題ない。
何せ自他ともに認める残念ぶりなのだから、悪い奴とやらも狙いようがないだろう。
自信を持って胸を張るイリスに、何故かダニエラは困ったように微笑んだ。
「うーん。まあ、イリスだからねえ。ヘンリー君もいるし、何とかなる……かなあ」
「何? どうしたの?」
可愛いと狙われる件は解決したと思うのだが、どうもダニエラの表情が冴えない。
「皆、イリスの笑顔のために頑張っているってことよ」
「何それ? 大袈裟ねえ」
「そうね。でも、もしもが起こらないとは限らないから」
なるほど、念には念を入れるということか。
確かに、備えはいくらあっても問題ない。
「やっぱり、残念ポイントは大切ってことね!」
命を救い、狙われなくなり、楽しい。
残念というものは、実にありがたい。
……ヘンリエッタに惨敗している女子力に関しては、どうしようもないが。
「うん。……イリスは、それでいいわ」
お菓子を頬張りながら残念の決意を新たにするイリスに、ダニエラは優しく微笑んだ。
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