いわゆる、嫉妬
ヘンリーが男性パートを、イリスが女性パートを踊る。
ごく普通のことだ。
……互いが女装と男装をしてさえいなければ。
「ほら。笑ってくださいませ」
「……何なの、これ。どういうこと?」
イリスはあの楽しいお芝居に参加する予定だったのだが、何故かヘンリーに額にキスされた上にダンスに連れ出されている。
ヘンリーは骨抜き芝居の事情を知らないとはいえ、この行動も意味がわからない。
すると、それまで朗らかに笑みを浮かべていたヘンリーが、普段の表情に戻った。
「カロリーナ相手とはいえ、いちゃつきすぎだ。それに、あの小芝居にイリスも参加するつもりだったんだろう?」
声と口調も戻れば、女装していてもいつものヘンリーだ。
さっき、ちょっと可愛いと思ったときめきを返してほしい。
「そうよ。骨抜き作戦なんだから」
「あの流れからすると、イリスもカロリーナに夢中なんだろう?」
「好意を伝えようとして止められる予定よ。何でも禁断の扉は開ききらないのも、いいらしいわ」
そのあたりの詳細は理解できていないが、友人達が言うのだから間違いない。
現に悲鳴が上がっていたし、反応は上々だった。
「……そんなことだろうと思った」
ヘンリーは踊りながらため息をつくと、イリスの手をぎゅっと握る。
「相手がカロリーナで、冗談だとしても。公衆の面前でイリスが俺以外に好意を伝えるなんて、面白くない」
「な、何それ」
あくまでも楽しいお芝居で、観客へのサービスなのだ。
それをそんなに深刻にとらえる意味が、わからない。
だが困惑するイリスを見て苦笑したヘンリーは、そっと顔を寄せてきた。
「――いわゆる、嫉妬」
耳元で囁いて、そのままイリスの頬に口づけると、周囲でバタバタと何かが倒れる音が響いた。
公衆の面前での不意打ちの攻撃とは、何と卑怯な。
何か文句を言わなければと思うのだが、顔が熱いし、言葉が出てこない。
ふるふると震えるイリスに、ヘンリーは優しく微笑みかけた。
「会場ではわたくしを離さないでくださいませ、と申し上げたでしょう? いけませんわ、愛しい方」
明らかに周囲に聞こえるようにそう言うと、そのままイリスの手を引いて歩き出す。
途中で倒れている女性が数人視界に入ったが、バタバタという音は彼女達が倒れた音かもしれない。
どうにか意識を逸らしているうちに、いつの間にかカロリーナ達のそばに戻っていた。
「――やるわね、ヘンリー君。……じゃない、ヘンリエッタちゃん」
拍手と共に賛辞を贈るダニエラに、ヘンリーは軽くうなずき返す。
「悪いが、イリスを交えての小芝居は邪魔させてもらった」
「うん? いいわよ。ヘンリエッタちゃんの攻めっぷりで、別方向の需要を獲得したみたいだし」
楽しそうにダニエラは笑っているが、どういうことだろう。
「謎の美青年と取り巻きに、美少年の危険な恋だったけれど。可憐な美少年と年上美少女の恋模様まで加わって、お腹いっぱい」
「倒錯気味もいいですが。イリスの雰囲気を活かすならば、ヘンリエッタちゃんの年下少年婚約者へのいじらしい想いというのは正解ですね。今までとは違う客層を取り込めたのは収穫です」
「私はヘンリーが面白いから、それだけでも十分よ」
三人はそれぞれに満足したようなのだが、結局よくわからない部分が多い。
「それにしても。少し、遊び過ぎたでしょうか。倒れた人数が予想以上ですね」
ベアトリスの言う通り、会場内では倒れる人が続出していた。
女性のみならず男性までも倒れているのだから、もう何が何だかわからない。
「カロリーナのサービスが過剰だったんじゃない? 楽しいから、いいけど」
「どちらかと言えば、ヘンリーがとどめを刺したでしょう? というか、イリスの反応が可愛らしすぎるから、仕方ないわ」
三人は満足しているようだが、イリスとしては確認しておきたいことがある。
「ねえ。私、骨抜きにできたと思う?」
イリスの一言に、三人は顔を見合わせ、ヘンリーはがっくりと肩を落とした。
「うん。最強」
ダニエラの力強い言葉に、イリスの金の瞳が輝く。
「ヘンリー、聞いた? これで私も立派に男だし、問題ないでしょう?」
「……何の話?」
胸を張るイリスに、ダニエラが不思議そうに尋ねてきた。
「ええとね。私が男心をわかっていないから駄目だって、ヘンリーが」
「――ええ? やだ、ヘンリー君たら。嫉妬がこじれてイリスに男装を要求したの? 難易度高いわね」
「そんな馬鹿なことがあるか! 騎士科の野郎どもを牽制するって話をしたら、イリスが必要ないって言うから。男をわかっていないって話をしたんだよ。……そうしたら、何故か男になるとか、骨抜きにするとか言い出して」
最初こそ勢いが良かったが、段々とヘンリーの声が弱くなり、最終的には深いため息をついた。
「……結局、男装したら別な危険があるとわかっただけでも、収穫ということにするよ」
「ヘンリー君も大変ねえ」
「婚儀までにもう少しどうにかなってほしいところだけれど……イリスだからね」
次々と残念そうな眼差しを注がれているのだが、これは何のご褒美だろう。
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