観客にサービスします
カロリーナと踊り出したイリスだが、何と言っても踊りやすい。
ヘンリーのように攻撃的ではないし、リードも上手いし優しい上に美青年。
周囲の熱い視線も納得である。
「カロリーナ、大人気ね」
「まあ、気合い入れているからね。ただ、この視線の半数以上はイリスが稼いでいるわよ?」
「え? そんなに自動残念が効いている?」
イリスはただ踊っているだけだし、リードしているわけでもない。
それでも視線を集めるというのなら、それはもう体の奥からにじみ出る残念の力に他ならない。
「何なの、それ? 気付いていないかもしれないけれど、イリスが会場入りしてから雰囲気が変わったのよ。何ていうのかしら……静かな熱気?」
よくわからなくて首を傾げると、遠くの方で歓声が聞こえた。
「ほら。今の仕草も可愛いから、反応があったでしょう?」
「男なのに?」
「うーん。そういうのを超越した可愛らしさというか。美少年としても美少女としても楽しめて、二度美味しいというか。とにかく、かなり注目されているから気を付けて」
この場合の気を付けるというのは、男性らしくしろということだろう。
確かに気を抜くとすぐに普通の言葉遣いになってしまうので、しっかりしなければ。
「うん。頑張る」
「それにしても、ヘンリーの反応が面白いわねえ。相手は私だっていうのに、あの表情だもの」
あのって何だろうと思ってちらりと見てみると、ヘンリーは不満そうに眉を顰めている。
「……そんなに女装が嫌だったのかしら」
嫌なら別に来なくても良かったのだが、イリスが本当に友人と一緒か確認したかったのだろうか。
「それはそうだろうけれど、そういうことじゃないわ。イリスの相手を取られて不満なのよ」
「でも、カロリーナよ?」
「だから面白いの。……さて。せっかくだから、観客の皆さんにサービスしようかしらね」
そう言うとカロリーナはイリスを引き寄せ、まるで抱きしめているような姿勢になる。
そのまま頬が触れるほど顔を近付けると、周囲から悲鳴と歓声が上がった。
「上手くいったみたいね」
「何? どうしたの?」
イリスとしてはカロリーナにぎゅっと抱きしめられて顔を近付けられただけなので、特に何も問題はない。
だが、周囲は明らかにざわめいており、何かがあったのだろうというのはわかった。
「イリスと私は男装しているから、男性同士なわけね。……まあ、イリスはほぼ美少女だけれど。それが親し気に近付いていれば、あとは勝手に妄想して楽しんでくれるわ」
「これで骨抜きにできる?」
「まだよ。十分に視線を集めたみたいだから、戻って一芝居するわよ」
「うん?」
にこりと微笑むカロリーナの説明を聞いて、イリスの金色の瞳がきらりと輝いた。
踊り終えて戻ると、ベアトリスがゆっくりと近付いてくる。
「私がいるのに、他の方と楽しそうに踊るなんて。……切なくなります」
悲し気に眉を下げて伏し目がちなベアトリスからは、同時に色香も迸る。
イリスも思わず見入っていると、カロリーナがベアトリスの手をすくい取った。
「私の目にはあなたしか映っていないのに、そんなことを言わないで。美しい人」
流れるようにそう言うと、そのままベアトリスの手に口づけを落とす。
その瞬間、周囲から悲鳴と黄色い歓声が沸き起こる。
だが、これで終わりではない。
「私のことも、忘れちゃいやよ?」
ダニエラが背後から抱き着くと、カロリーナは微笑んでその頬を撫でた。
「わかっているよ、可愛い人」
再び周囲に悲鳴と歓声がこだまする。
反応してもらえるのは楽しいが、ちょっとうるさすぎて台詞が聞き取りづらい。
いよいよ出番だと張り切って出て行こうとするイリスの袖を、誰かが引っ張った。
「何?」
見ればヘンリーがイリスの袖をつまんでいるが、何か用だろうか。
首を傾げながらヘンリーと向き合うと、そっと手を繋がれた。
「わたくしには、あなただけですわ。たとえ親しいご友人との戯れでも、妬ましく思ってしまいますの。こんな浅ましいわたくしのこと、嫌いになりますか?」
位置としては上からなのに、気持ちとしてはおずおずと見上げられた錯覚に陥る。
潤んだ紫色の瞳が綺麗で、口元に手を当てる仕草までもが可愛らしかった。
「別に、嫌いになんて」
イリスが答えると、紫色の瞳がパッと輝いた。
「本当ですか? 嬉しいですわ」
にこりと微笑んだかと思うと、そのままイリスの額にそっと唇を落とす。
同時に、野太い悲鳴と歓声が上がって、耳が痛い。
何が起こったのか理解しきれないが、とにかく顔が熱い。
退避しようにもヘンリーが手を握っていて、その場から動けない。
「でしたら、わたくしとも踊ってくださる? 男性の踊りも覚えましたのよ。成果をご覧になって?」
たおやかな笑みと共に手を引かれ、イリスとヘンリーはあっという間にその場から離れた。
※もう少しで初投稿から毎日更新2周年について、昨夜の活動報告でご相談しています。
今夜もご報告すると思います。
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色々ランキング入り、ありがとうございます。
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