弱いどころか、最強レベル
会場であるソレール邸に到着したイリスが馬車を降りると、どこからか歓声が上がった。
何かあったのだろうかとあたりを見回すと、数人の男女がこちらを見ている。
この男女が見た目通りの男女なのかはよくわからないが、それを言ったらイリスだって見た目は少年のはず。
ここはダリアの言っていた背伸びした少年感を出さなければと、胸を張って元気よく歩く。
「おい、待て。エスコートするんじゃなかったのか」
「そうだったわ。じゃなくて、そうだった。……ヘンリエッタ、行こう」
イリスの差し出した手を取ってヘンリーが馬車から降りると、更なる歓声が耳に届いた。
「ヘンリエッタ、大人気?」
「馬鹿を言うな。イリスが言っていた少年感のせいだろう」
「えー。ヘンリエッタは可愛いと思うけど」
大体、少年感で何故歓声が上がるのだろう。
世の中はそんなにも少年を求めているのだろうか。
「いいから、行くぞ」
「え? あ、駄目よ。じゃなくて駄目だよ。僕がヘンリエッタをエスコートするんだから」
ヘンリーの手を取って張り切って歩くイリスに、周囲から謎のため息がこぼれている。
「……本当に、恐ろしいな。少年感」
ぽつりとこぼれたヘンリーの呟きは、元気いっぱいのイリスには届かなかった。
会場内に入ると、男装や女装をしている人としていない人で、ちょうど半分ずつという具合だ。
ということは、半分は見学者。
この人達を骨抜きにするのだと思うと、自然と背筋が伸びるというものだ。
「……これなら、俺は普通の格好で良かったんじゃ」
「それだと、イリスのパートナーを他所の女装男子に取られるわよ」
「ダニエラ!」
オレンジ色と黒のコントラストが美しいドレスに身を包んだダニエラは、これぞ小悪魔という可愛らしさだ。
「いつもよりも化粧濃い目? それも可愛いわね」
「そう。ドレスとコンセプトに合わせて。……それにしても、イリスは絶世の美少年ね。これは放置したら危険だわ」
イリスの頭を撫でたダニエラは、背後で不満そうに立っているヘンリーに目を向ける。
「ヘンリー君も可愛いわよ。カロリーナのドレスも似合っているし、とても男には見えないわ。さ、行きましょう」
ダニエラに連れられて会場の奥に進むと、そこには一組の男女がいた。
長い黒髪を束ねた美青年と、豊かに波打つ黒髪が美しい上品な美女。
他と一線を画す美しさに、周囲も遠巻きに見つめているのがわかった。
「仕上がり良好でしょう? で、私もここに収まる、と」
ダニエラがカロリーナの腕に手を絡めると、にこりと微笑む。
凛とした佇まいの美青年、横には妖艶な美女と小悪魔的美少女という完璧な構図に、周囲からはため息がこぼれた。
「楽しそう! 私もカロリーナ組にすれば良かったかしら」
「……想像を超えた美少年ができたわね。これは、かなり期待できるわ」
「イリスも入ると倒錯具合が増すので、いいですね」
カロリーナとベアトリスの微笑みに、ヘンリーの表情が曇っているが、倒錯具合というのは何だろうか。
助けを求めてダニエラを見ると、何故か何度もうなずいている。
「さっきカロリーナとベアトリスが踊ったんだけどね。もう、踊っているだけでエロい雰囲気でさあ。見ていて面白かったわ」
「ええ。見たかったわ」
カロリーナの男装は、ただ格好いいわけではない。
女性ゆえに求められる男性らしさを余すところなく体現できるところが、素晴らしいのだ。
日本でいうところの、男役トップスターである。
さっきから女性達の視線が熱いのは、恐らくカロリーナのせいだろう。
そしてベアトリスは、上品と色香の両立を果たす大人の女性。
その微笑みひとつであらゆるものを解放できると言われる魅力の持ち主だ。
当然、男性達の視線は釘付けである。
ダニエラはただ可愛らしいわけではなく、小悪魔的な奔放さと親しみが共存している。
カロリーナとベアトリスの時点で男女カップルのはずなのに、ダニエラがそこに入っても嫌味もゴタゴタも感じさせないどころか何故か共感してしまうのは、ひとえに彼女の魅力ゆえだ。
「……私だけ、何だか弱くない?」
何だか急に自信がなくなったイリスがしょんぼりとうなだれると、顔を見合わせた友人達が笑った。
「弱いどころか、最強レベル」
「透明感のある線の細い美少年なんて、物語の中にしか存在しない貴重な生き物ですよ」
「そこらの女性が足元にも及ばない美貌で、背伸びして張り切った感じも可愛いし……何ていうの? 守ってあげたい系美少年」
三人は何やら互いに納得してうなずき合っているが、イリスにはいまいちわからない。
「……弱くない?」
「だから、最強」
ダニエラに断言され、ちらりとヘンリーを見ると眉間に皺を寄せたままうなずいた。
「……ああ。最強だ」
ヘンリーにまでお墨付きをもらったことで、何だか元気が出てきたイリスはぴんと背筋を伸ばす。
「私、頑張る。……じゃなかった。僕、頑張る!」
「どちらにしても、可愛いわねえ。イリスは踊らないの?」
「男性パートは踊れないから」
再びしゅんとしょげるイリスの手を、カロリーナがすくい取った。
遠くの方で悲鳴のような声が上がったが、気のせいだろうか。
「なら、私と踊る?」
嬉しい提案にイリスの金の瞳が輝いた。
「ダリアにね、カロリーナと踊って禁断の扉を開けて来いって言われたの。よくわからないけれど、楽しそうよね!」
「……結局女性パートを踊るのなら、俺でいいだろう」
不満そうにヘンリーが呟くが、それはちょっとおかしい。
「ヘンリエッタは女の子よ。私が女性パートじゃおかしなことになるじゃない」
「それを言ったら、見た目では男同士だぞ、おまえ達」
「そこがいいのでしょうね。長身の美青年と小柄な美少年。……調査したことはないけれど、需要はありそうです」
ベアトリスのいう需要はともかく、イリスとしては楽しそうなのでやってみたい。
「イリス、骨抜きにしてきなさい!」
「わかったわ!」
ダニエラの激励に手を上げて応えるイリスを見て、ヘンリーは深いため息をついた。
「……何なんだよ、おまえ達は」
「行ってきます!」
ヘンリーに手を振ると、イリスはカロリーナと共に会場の中央に進み出た。
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