自動残念を習得しました
イリスとダリアはしばしその姿を見ると、ゆっくりと顔を見合わせた。
「……ビクトルさんは、そういう趣味をお持ちだったのですね」
納得したようにうなずくダリアを見て、ビクトルの顔は赤くなり、青くなった。
「ち、違います! これは巻き込み事故で!」
「……いいのですよ。誰でも、人には言えない趣味のひとつや二つはありますから。私はビクトルさんの味方です」
「――味方なら、信じてくださいよ!」
綺麗な笑みを返すダリアに対して、ビクトルは泣きそうだ。
「ビクトル、そろそろ時間よ。行きましょう」
「お嬢様、言葉遣いが」
指摘されて失態に気付く。
今日のイリスは男性なのだから、確かにこれではおかしい。
「ええと。……ビクトル、行くよ」
どうやら及第点だったらしく、ダリアが満足そうに笑みを浮かべている。
「背伸びする少年感が、たまりません」
……何やら妙なことも言っているが、これは聞かなかったことにしよう。
「会場中の女性を骨抜きになさる作戦、頑張ってくださいませ」
「ありがとう、ダリア。私、やるわ! ……じゃなくて、僕はやるよ!」
「……もう、本当に。嫌な予感しかしませんよ」
がっちりと握手を交わす主従を見て、ビクトルは深いため息をついた。
「あ、ヘンリーいたの」
馬車の中には、ヘンリーがいた。
正確には、ヘンリーだったヘンリエッタが座っていた。
薄紫色のドレスはシンプルな形で、白いゆったりとしたフリルが優雅な印象だ。
首周りにフリルを入れているのは、恐らく男性らしさを隠すためだろう。
茶色の髪はそのままだが、肩の下まで長いのはカツラか、つけ毛のようだ。
ドレスと同じリボンをつけて自然におろされた髪は、ふわふわしていて女性らしい。
「それ、カロリーナのドレス? 何となく見たことがあるわ」
「そう。着ないやつを貰って、手直しした。胸の部分に詰め物を入れにくくて、難儀した」
不満そうに呟くが、うっすら化粧をしているせいで姉のカロリーナに雰囲気が似ている。
「……それをカロリーナ様の前で言うと、殺されますよ」
遅れて馬車に乗り込んだビクトルが、呆れたようにヘンリーを見ている。
「なるほど。丈が足りない部分をフリルで足しているのね。首も隠した方が女性っぽいし。うん、可愛いわ」
肩幅や身長はどうしようもないが、それだってそういう女性なのだと思えばそこまで気にならない。
喋りさえしなければ、カロリーナ似の凛とした美少女である。
連れの美しさに満足したイリスは、笑顔でヘンリーの向かいに腰を下ろした。
「そっちこそ、ただの絶世の美少年だな」
「え? やだ、本当? 嬉しい。骨抜きにできそう?」
ワクワクして聞いてみると、何故かヘンリーはため息をついた。
「……ああ。この後のことを考えると、頭が痛いくらいには」
よくわからないが、褒められた。
嬉しくなったイリスはにこにこと笑みを浮かべながらヘンリーのドレスを観察する。
「そういえば、カロリーナ達はどうしたのかしら」
「ベアトリス嬢とダニエラ嬢を迎えに行ったと思うぞ。紳士として、初めから完璧に振舞うとか言っていた」
「ああ! じゃあ、私もヘンリエッタを迎えに行った方が良かったわね。失敗したわ」
考えてみれば、送迎は大抵男性側がする。
始めから出遅れてしまったが、今更やり直すのも難しい。
「だから、勝手に名前を変えるな。それから、送迎は俺がする。俺を送った後にイリスがひとりになるのは、良くない」
「……それくらい、平気なのに」
「駄目」
馬車である以上、少なくとも御者がいるのでイリスがひとりきりということはない。
それにモレノ邸とアラーナ邸は歩いて行ける距離なのだから、気にしなくてもいいと思うのだが……これはモレノの関係だろうか。
それとも、面倒見の鬼の面倒見のせいなのだろうか。
「ところで、何でそっちに座っているんだ?」
「だって、ヘンリエッタのドレスを踏んじゃうし。あと、初々しい少年は照れて隣に座れないってダリアが言っていたわ」
「……何だ、それ?」
イリスにもよくわからないが、ダリアの中では少年イリスの設定がしっかり定まっているらしい。
「あ、いけない。言葉遣いも気をつけないと。……ヘンリエッタ、可愛いよ」
「だから、何なんだその名前」
「今日の私、じゃなくて僕は男だから。ヘンリエッタは僕の婚約者だよ。いいね?」
なかなか男性っぽく言えた気がする。
満足して笑みを浮かべるイリスを見たヘンリーが、何故かうつむいて口元を押さえている。
「……うわあ。妙な方向で攻撃力が増していますね」
ヘンリーの隣に座ったビクトルが、嫌そうな顔で呟くが、何のことだろう。
「え? 駄目だった?」
「……いや。ちょっと、たまらないだけだ」
「たまる?」
ためると言えば残念ポイントだが、今回は残念装備ではなくて、ただの男装だ。
「はっ! ついに残念装備無しの男装でも、私から溢れる残念が自動的にポイントを稼ぎ始めたのね。自動残念とは、素晴らしいわ」
「ああ、うん。もう何でもいいから」
ぞんざいなあしらい方をしたと思ったら、ヘンリーは口元から手を離し、顔を上げた。
「では、愛しい婚約者さん。会場では、わたくしを離さないでくださいませ」
紫色の瞳を細めてにこりと微笑まれ、不覚にもイリスの鼓動が少し跳ねた。
「うわ、可愛い。ヘンリー、才能あるわよ」
「何の才能だよ。……言葉遣いが戻っているぞ」
「いけない。気を抜くと駄目ね。――それじゃあ、ヘンリエッタ。会場の女性を骨抜きにするぞ!」
「……目的がおかしいからな」
拳を高らかに掲げるイリスに、ヘンリーとビクトルは深いため息をついた。
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