人生の迷子が出るかもしれません
「でも、できるのかしら。着るのは私だし、男性の格好なのよ?」
これが長身のカロリーナあたりならば、凛とした佇まいの美青年として男性の目さえ引けるだろう。
だがイリスでは背が小さいし、何と言っても滲み出る残念感が邪魔をしてくる。
男女ともに骨抜きにするなんて、難易度が高そうだった。
「お嬢様でしたら、可能です。若干、人生の迷子が出るかもしれませんが、それはそれで」
「迷子? というか、意外と乗り気なのね」
絶対に怒るなり拒否すると思っていたのに、まさかのやる気だ。
ありがたいが、不思議ではある。
「今後ずっと男装するというのでしたら問題ですが、一回だけでしたら。……正直、残念よりは理解しやすいです」
「そうなの? よくわからないけれど、それじゃあ骨抜き系男子でお願いね」
「では、お召し物を用意しませんと」
「それだけど、お父様のものを手直ししようと思うの」
本当はクレトのものが良かったが、嫌がる人の服を奪うわけにもいかない。
だが、ダリアは眉間に皺を寄せて首を振る。
「いけません。身長や手足の長さは当然として、体の厚みも似合う色味も異なります。全体を手直しするくらいならば、仕立てた方が早いです」
「でも一度だけのためにわざわざ?」
残念ドレスに比べれば高くないだろうとはいえ、一通りの男性ものを揃えればそれなりの値のはず。
靴などのどうしようもないものでお金はかかるのだから、節約できるところは買わなくてもいいと思うのだが。
「旦那様の許可が出ないようでしたら、私の私財を出します」
「何でそこまで? ……わかったわ。お父様に話してみる」
「ありがとうございます、お嬢様。きっと会場で一番の骨抜き美少年に仕立て上げて御覧にいれます」
ダリアは頭を下げているが、一体何が彼女をここまで駆り立てているのかよくわからない。
残念ではないのが、そんなに嬉しいのだろうか。
少し複雑な気持ちである。
「イリスさんがイリスさんなら、侍女も侍女ですね。……会場の人達の無事を祈ります」
「それにしても男装とはねえ」
「面白いことを考えましたね」
「絶対楽しそう!」
オルティス邸に友人達が集まり、お茶をしながら男装夜会の対策を練っているのだが。
四人で集まっている時点で嬉しいイリスは、にこにこと微笑んでいた。
「とはいえ、絶対に男装しないと駄目なわけじゃないんでしょう?」
クッキーをかじりながらカロリーナに問われ、イリスはうなずく。
「男装女装してもいいし、しなくてもいいって」
「では、自身は何もせずに見学する人も多いでしょうね」
そうかもしれないが、イリスとしては公に男装できればそれでいい。
それに見学者が多ければ、骨抜きにできる人数も増えるかもしれない。
何にしても、場が盛り上がるのはいいことである。
「とりあえず、私は男装するわ。そのためにこの夜会を開いてもらうわけだし」
「うーん。私はどうしようかしら」
「カロリーナは男装してもらえますか?」
ベアトリスの要望に、カロリーナだけでなくダニエラも首を傾げる。
「何で? まあ、カロリーナの男装は似合うだろうけどさ」
「いえ。ルシオ殿下にちょっとした調教……いえ、焼きもちを焼いてもらいたいなと思いまして。謎の美青年になってほしいのです」
「謎は無理がない? 顔を変えるわけじゃないんだから」
「――私! 私やる!」
イリスが瞳を煌めかせて手を上げると、ベアトリスは困ったように微笑んだ。
「ありがたいのですが、イリスだと私が年下の美少年を囲う感じになってしまいます。主旨が変わるので、今回は遠慮しますね」
「……そう」
確かに、イリスは女性としても小柄だ。
大人っぽいベアトリスの横に並んでも、せいぜい弟にしか見えないだろう。
目的はルシオの嫉妬なのだから、弟では話にならない。
となると、長身のカロリーナはうってつけとも言えた。
「そうすると、ベアトリスは女性のままで、カロリーナが男装。イリスが男装。……私も男装したいなあ」
このままでは女性一人に対して男性が三人になるが……それはそれで面白そうな気がしてきた。
「――カロリーナ、イリスはいるか?」
扉をノックして入ってきたヘンリーは、中に四人いることに少し驚いている。
「何? 今大事な話し合い中よ。女性が足りないの」
「四人もいるぞ」
「違うわよ。男装夜会の打ち合わせ」
ヘンリーは首を傾げながらも部屋に入ると、イリスの横に座る。
「あれ? ダニエラがここにいたのに」
「私は馬に蹴られたくないのよ。どちらかというと、冷やかしたいの」
謎の理由を告げると、ダニエラはベアトリスの隣に座ってしまった。
不満で頬を膨らませるが、誰ひとり賛同してくれない様子なので大人しくすることにした。
「男装って本気だったのか。前にも言ったが、イリスが男装しても危険なことには変わりないんだぞ」
「そんなにイリスが心配なら、ヘンリーもくればいいじゃない。……女装で」
カロリーナの指摘に、ヘンリーは嫌そうに眉を顰める。
「イリス様の男装なんて、ただの線の細い眩い美少年です。相当、狙われるでしょうね」
いつの間にか扉の横に立っていたビクトルが呟くと、ヘンリーの眉間の皺は更に深くなった。
「……わかったよ。一緒に行く」
「本当? ああ、でもそれじゃあダニエラのパートナーが足りないわ」
「じゃあ、ビクトルも女装したら?」
カロリーナの提案に、ビクトルの表情が一気に強張った。
「ええ? いえ、私は一介の使用人です。麗しい御令嬢のパートナーは荷が重すぎます」
ビクトルはもの凄い勢いで首を振っているが、バイブレーション機能でもついているのだろうか。
揺れるビクトルをじっと見ていると、ふとイリスの頭に名案が浮かんだ。
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