残念は性別を超えて
「……ということで、男装夜会を探しているの」
ミランダの仕立て屋にやってきたイリスは、早速本題を伝える。
仕立て屋ならば各種催事の情報も豊富だろうから、教えてもらおうという魂胆だ。
だがミランダとラウルの二人は目を瞠ったかと思えば、深くうなずき始めた。
「なるほど。次なる残念は、性別を超えるわけですね?」
「確かに、今までは主に女性のドレスでしたからね。残念に心惹かれる男性もいるはず。……さすがは肉の女神、何と広い視野でしょう」
「ええ。残念の道は、奥が深いですね」
「いや。ちょっと違うけれど。別に男装で残念な恰好をするわけじゃないし」
ただ単に男装で参加できる場を探しているだけなのだが、相変わらずこの叔母と甥は残念な方向に持っていく。
耳に残念フィルターでも搭載しているのかという変換ぶりだが、もう手遅れなのでどうしようもない。
「そういうことでしたら、お任せください。残念の伝手で、開催してくれる方と参加者を募ります」
「本当?」
ミランダが残念ラインの顧客に働きかけてくれるのなら、かなりの期待が出来そうだ。
何と言っても、ミランダは元々名の通った仕立て屋。
その上に残念ラインで有名になっていて、貴族の顧客もかなりのものなのだ。
……何故、残念がそこまで浸透したのかは、よくわからないが。
これが世に言う、魔が差したというやつかもしれない。
「肉の女神も参加するんですよね? なら、すぐに人も集まりますよ。残念の先駆者が開く肉の女神の宴……きっと盛り上がります!」
キラキラと瞳を輝かせるラウルには悪いが、何か違う気がする。
根幹に関わる部分が、食い違っている。
「いや、別に肉の宴を開くわけでは」
「――お任せください!」
……無理だ。
訂正は、無理だ。
早々に諦めたイリスは、白熱した議論を始めた二人を横目に紅茶を飲み始めた。
翌日には、イリスに手紙が届いた。
差し出し人はミランダで、ソレール伯爵家が男装女装可の夜会を開くという。
手紙にざっと目を通したイリスは、安堵のため息をついた。
「昨日相談したばかりなのに、早いわね。でも、ありがたいわ」
となれば友人達を誘って、あとは男性ものの服を用意しなければいけない。
手紙を出してみると友人達は皆乗り気で、参加するという。
ヘンリーにも日程を伝える手紙を書いたし、順調である。
ワクワクしながら庭でお茶を飲んでいると、クレトが顔を出した。
「楽しそうですね、イリスさん」
「うん。男装夜会に行くの」
「イリスさんの男装……結局可愛いんでしょうね」
椅子に腰かけながらぽつりとこぼれた言葉を、イリスは聞き逃さなかった。
「何それ。私、声をかけずに女性を骨抜きにするのよ!」
「あ、はい。ある意味、そうなると思います。……ヘンリーさんも大変ですね」
「ヘンリーは女装よ」
「――ええ?」
激しく動いたティーカップにクレトの手がぶつかり、紅茶がこぼれる。
「大丈夫?」
「いえ、平気ですけれど。……何故ですか」
テーブルを拭きながら、クレトが訝し気にこちらを見た。
「だって、ひとりで行っちゃ駄目だって言うし。私が男性なら、ヘンリーは女性でしょう?」
「まあ、そう……そうですか?」
「そうよ。嫌なら来なければいいし」
「でも、イリスさんひとりじゃ、危ないです」
何だかヘンリーと同じようなことを言いだした。
懐くのはいいが、段々面倒見までうつっている気がして心配になる。
「男装するんだから、平気よ」
「いや、何というか。かえって危険というか」
「それに、皆も来るし」
「あ、お友達も一緒なんですね。なら安心です」
この辺りの反応もほぼヘンリーと一緒なのだが、何なのだろう。
移動はちゃんと誰かと一緒にするし、会場では男性なのだから問題ないのだが。
「そうだ。男装する服、貸してくれる? お父様のじゃ大きすぎるし」
「ええ? それって、俺の服をイリスさんが着るんですよね?」
「うん。お古でいいの。何なら、買い取るから」
プラシドのものを試しに着てみたのだが、丈がおかしくてアンバランスになってしまった。
クレトならばまだそこまで身長差もないし、使っている生地も若者向けだろうし、ぴったりな気がする。
イリスが着たものは不快かと思って買取を提案したのだが、何やらクレトの顔がどんどん赤くなっていく。
「う、嬉しいというか、幸せというか。……鼻血が出そうです」
「大丈夫? ……じゃあ、いいの?」
「――で、でも駄目です!」
「何で?」
さっきまでは肯定的だと思ったのだが、何がいけないのだろう。
やはり残念なイリスが着ることで、服までもが残念にならないか心配しているのだろうか。
「バレたら、やばいです。確実にやばいです。……ヘンリーさんのものを借りたらどうですか? 一番平和だと思います」
「だって。長さ的に面倒だし。クレトの方が近いもの」
身長がヘンリーの肩ほどまでしかないイリスでは、当然丈の差が酷い。
ズボンを時代劇の長袴のごとく振り回せそうな気さえする。
それを詰めたら戻すのも難しいだろうし、そもそも丈が違うと他の寸法も異なるので、単純に短くすればいいものでもない。
その点、クレトならばそこまで身長差がないので、手直しも最低限で済むはずだ。
立ち上がったイリスはクレトの横に並んでみるが、先日抜かされたと思っていた身長が思いの外高くなっている。
「ちょっと? また大きくなった?」
「まあ、成長期ですから」
「……何だか、寂しいわ」
イリスよりも小さくて、後ろをついて回っていたのに。
時の流れは残酷なものだ。
「どんどん大きくなっちゃうのね」
手を伸ばしてクレトの黒髪を撫でていると、再び顔が赤くなっているが、そんなにこの庭は暑いのだろうか。
「と、とにかく。服は駄目です。ヘンリーさんにしてください」
「……なんか悔しいから、お父様のをどうにか直すわ」
「まあ、それはそれで喜びそうですが」
「楽しそうですね。紅茶のおかわりをお持ちしましたよ」
クッキーをテーブルに置いたダリアを見て、イリスの金の瞳が煌めいた。
「ダリア、お願いがあるの。男装と化粧のお手伝いをして」
「男装、ですか? お嬢様が? 何故です?」
「ええとね。声をかけずに女性を骨抜きにするの」
目標を高らかに宣言すると、ダリアはティーポットを置いてため息をついた。
「それは、いけません」
「えー」
「仕方ありませんよ、イリスさん」
「――男性も骨抜きにいたしましょう」
ダリアのまさかの提案に、イリスとクレトは顔を見合わせた。
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