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番外編  ダリアの苦悩

 

「ねえダリア。顔に傷って、どうやったら上手くつけられると思う?」



 アラーナ伯爵令嬢イリスの侍女になって、はや十年。

 大抵の事には動じない胆力を身に着けたと思っていたが、まだまだ未熟だったようだ。




「顔に傷? 何を仰っているんですか?」

 思わず不審な声で聞き返してしまった。


「顔にね、初対面で『うわ……』って思われる傷が欲しいのよ。普通にナイフで切って、いけると思う? 赤い線一本じゃインパクトが弱いのよね」


 イリスは、そう言って指で顔を切りつける動きをして見せる。

 その動きは切るというより、えぐるものに近い。

 主人の理解不能な言動と行動に、ダリアは混乱した。



 ダリアの主人である、イリス・アラーナは美しい少女だ。

 侍女の贔屓目を除いても、十分に美少女と言って良い。


 豊かな黒髪は艶やかで、金色の瞳は宝石のように輝いている。

 肌は白磁のようで、華奢な体はどんなドレスでも着こなせ、気品も教養もある。

 多少、変なことを言う時もあるが、それも愛嬌。

 ダリア自慢の女主人だった。




 そのイリスの額に傷の化粧を施すと、ダリアの目に涙が浮かんだ。


「せっかくの白磁の肌と美しいお顔が……なんてことでしょう」

「泣かないでよ。本当に傷をつけたわけじゃないわよ?」

「当然でございます。化粧はしますから、決して本当に傷つけたりなさらないでくださいね? 絶対ですよ?」

 ダリアが念を押すと、釈然としない様子ではあるがイリスはうなずいた。



 今までも多少変わったことを言うことはあったが、これは酷い。

 ダリアが化粧をしなかったら、きっとイリスは刃物を手に取っていた。

 やるならとことんやるイリスの性質を、ダリアは理解している。

 何とか最悪の事態だけは避けたことに、小さく息をついた。



「それでねダリア。ついでにドーンとぽっちゃりになりたいんだけど」


 ――悪夢だ。


 手塩にかけてお世話をした女主人が、磨き上げられた美貌を片っ端から破壊しようとしている。

 イリスお手製のボリューム調整グッズを見て、ダリアはがっくりと肩を落とした。

「……お嬢様は、いったい何を目指していらっしゃるのですか」


「――残念な令嬢よ」



 ********



 結局、イリスはその後も『残念な令嬢』とやらを目指して、日々精進していった。


 根が真面目なのが災いし、どこまでも残念を追求し始めたイリス。

 傷の化粧をして、太ったように見せかけた姿で学園に通ったばかりか、夜会のドレスまで散々な残念ぶりだった。


 夏のドレスは鮮やかな赤と緑が目に痛くて涙を誘い、秋のドレスはフリルに埋もれてもがく蜂のようだった。


 冬のドレスに至っては、あまりの配色と装飾に、見ているこちらの情緒が不安定になった。

 どこの令嬢が、焦げた肉をイメージした装飾をつけるというのか。


 せめてハムにしてほしいと思ってしまったあたり、ダリアもだいぶ毒されていた。



 ********



「お、お嬢様、その指輪はどうされたんですか!」



 剣による美容体操を終えると、イリスは汗を流す。

 自分で入浴をするイリスのためにタオルを持ってきたダリアは、左手に指輪が光っているのに気が付いた。


「ヘンリーがくれたの」

 イリスはいつもと変わらぬ様子で、さらりと答える。


 ヘンリーというのは、ヘンリー・モレノ侯爵令息のことだろう。

 春頃からその名前を聞くし、アラーナ伯爵に『想う方がいる』と言っていたのも、彼のことだ。

 ベネガス伯爵令息レイナルドとの無理な婚約を白紙にしてくれたり、ジュースまみれのイリスを屋敷まで送ってくれたり、珍妙なドレスを着たイリスの夜会のパートナーを引き受けてくれたり……。

 とにかく、ダリアが申し訳ないと思うくらいには、イリスが世話になっている相手だ。


「ま、まあ! そうですかそうですか。そうなんですね」

 送迎する様子からもイリスに好意があることは気付いていたが、まさか指輪を贈るとは。

 今は残念ないでたちだけれど、イリスの良いところを見てくれる男性が、ちゃんといた。

 驚きと嬉しさで、ダリアの顔が綻ぶ。



 ところが、イリスはお守りだとか深い意味はないと否定してくる。

 どうでも良いのなら、わざわざ左の薬指にはめるとは思えない。

 百歩譲ってたまたま薬指がぴったりだっただけとしても、嫌いな相手だったら外すだろう。

 というより、イリスの性質からして、そもそも受け取らないはずだ。


 ヘンリーのことを好いているのだから、もっと普通に喜べばいいのに。

 呆れて聞いてみると、イリスは一瞬固まる。


「そ、そうそう! 嬉しいからつい、変なこと言っちゃったわ!」

 ダリアはため息をついた。

「以前、お嬢様がジュースまみれでお帰りになった時にも、ヘンリー様は大層心配なさっていましたよ。

 レイナルド様との無理な婚約も白紙にしてくださいましたし、お嬢様が珍妙なドレスを着ても気にしていない。頼りがいのある優しい方ではありませんか。もう少しお嬢様も素直にお話をしませんと」

「はあい」

 軽い返事と共に、イリスは浴室に入って行く。



「本当に、わかっているのでしょうか」


 イリスがベネガス伯爵令息との婚約を確認しに来た時、ヘンリーも付き添っていた。

 アラーナ伯爵に婚約の意思がないことを確認すると、モレノ侯爵家が食い止めると約束して部屋を出ようとした。

 その際に、ヘンリーがイリスに囁いた言葉を、扉の外にいたダリアはたまたま耳にしていた。


「イリス、大丈夫だから安心して。俺に任せて」

「え? ええ、わかったわ」


 イリスの返事を聞いたヘンリーは、柔らかい微笑みを浮かべて立ち去った。

 言われた本人は何も気付いていないらしく、伯爵と蜜蜂だの雀蜂だのどうでも良い蜂論議を始めたが、ダリアには何となくわかった。



 イリスは滅多に他人を頼らない。

 珍妙な『お願い』をすることはあるが、基本的には自分一人でどうにかしようとするところがあった。

 長年付き合っているダリアにすらそうなのだから、ヘンリーには言わずもがなである。


「……頼られて、嬉しかったんでしょうね。きっと」


 何だかもどかしいが、ダリアはただの侍女。

 成り行きを見守るしかない。

 イリスがいつか気付くかもしれないし、気付かないのかもしれない。



「何で、あんなに残念な御令嬢になってしまったのでしょうか」


 ダリアはもう一度、大きなため息をついた。


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