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ぎゃふん

「――ええ? 何で?」

「勝った奴が黄金(きん)の女神の祝福を受けるんだろう? イリスに負けるわけにはいかない」

 確かにそうだが、これは魔法科と騎士科の対抗戦なのであって、個人の勝ち抜き戦ではないのでは。


「そんな。――でも、まだフラビアさんが」

 希望の光を見出して振り返るのと、フラビアが自身の花飾りをむしり取るのは、ほぼ同時だった。


「――何でぇ!」

 謎の無慈悲な行動を取ったフラビアは、叫ぶイリスに微笑みを返す。


「イリス様のキスを巡って、ヘンリー様と対立する理由がありません」

「そんな!」

 信頼していた仲間に背後から打たれた衝撃に、イリスは愕然として肉を持つ手を下げる。


「ほら。結果発表が始まるぞ」

 ヘンリーに背を押され、イリスは自身が窮地に立っていることを自覚した。


「わ、私、凄い急用を思い出したわ!」

「何だ?」

 そんなものはないのだから、素直に問い返されても困る。

 だがどうにか逃げだしたいイリスは、必死に頭をフル回転させた。


「に、肉! 肉を焼かないと!」

「……もうあるだろう。炭火焼」

 そう言われれば、既に肉はある。

 両手に持っている。


「ええと――きゃああ!」

 言葉に詰まるイリスを荷物のように小脇に抱えたヘンリーは、抵抗をものともせずに運んでいく。

 揺れる中で肉を落とさないようにするのが精一杯で頑張っていると、いつの間にか結果発表が始まっていた。



「――ということで、勝者は魔法科。騎士科は人数では圧倒的だったが……まあ、今後鍛え直そうか。騎士科諸君」


 台の上に立つポルセル伯爵の笑顔に、騎士科の男性達の顔色が一斉に青ざめる。

 ポルセル伯爵の剣の腕はわからないが、どうやら恐れられているらしいというのはこの様子から察することができた。


 人は見た目によらない。

 ……ということは、プラシドもそうなのだろうか。

 そんなことを考えていると、ポルセル伯爵に代わってプラシドが台の上に立っていた。


「魔法科諸君、おめでとう。とはいえ、魔法で勝ったとは言えないが。……まあ、久しぶりの対抗戦、楽しませてもらったよ。今後も頑張って」


 そう言うと、笑顔で手を振りながら台を下りる。

 プラシドにしては長いが、やはり挨拶は短かった。

 先輩魔法使いを見ても特にプラシドに怯える様子はないし、どうやら魔法科の方は見た目通りののんびり校長のようだ。


 呆気なく挨拶が終わると、講師達は退出していく。

 イリスもそれに倣って会場から出ようと歩き出す。



「――イリス」

 ヘンリーの声に、びくりと肩を震わせて立ち止まる。

 気が付けば周囲には人だかりができているのだが、これは一体どういうことだろう。


「対抗戦の勝者には、黄金(きん)の女神の祝福が贈られるんだよな?」

「い、嫌よ」


 そもそもイリスは承諾していないのだから、従う義理はない。

 騎士科が勝ったら勢いで押されそうで怖かったが、勝ったのは魔法科だ。

 イリスだって頑張ったのだから、帳消しにしてくれてもいいと思う。


「へえ。約束を破るのか? ……楽しみにしていたんだけどな」

「約束なんて、していないわ」

「頑張ったのになー」

 わざとらしく悲しそうな視線を送られ、どうしたらいいのかわからなくなってしまう。


「……フラビアさん、助けて」

 対抗戦に一緒に出た仲間だし、同じ女性なのだからイリスの気持ちをわかってくれるだろう。

 ヘンリーとも知り合いのようだし、どうにかとりなしてもらいたい。

 フラビアはイリスのそばまで来ると、にこりと微笑んだ。



「どうぞ、存分に。私は特等席で観賞しますので」

「何で? もう、誰か――レイナルド!」


 焦ったイリスは周囲を見回し、見知った赤髪の少年の名前を呼んだ。

 すると、少し離れたところにいたレイナルドの顔色が変わる。


「やめろ! 俺はここにいない! 話しかけるな!」

「何それ、酷い! ――ウリセス様!」


 ちっとも頼りにならないレイナルドに見切りをつけて隣に立つ少年の名前を呼ぶと、迷惑そうに眉を顰められる。


「君はそいつの婚約者だろう? ここで約束を破ると面倒なのはわかるんじゃないか?」

「約束をしていないのにですか?」

「だが、なかったことにもできないだろう?」

 推しキャラにまで見捨てられたイリスは、がっくりと肩を落とすと、ぎゅっと肉を握り直す。



「……わかったわ。取引しましょう」

「取引?」


「この炭火焼きのお肉をあげるわ。それで手を打って」

「何でだよ。いらないよ」

 まさかの返答に、イリスは苦渋の決断を迫られる。


「……わかったわ。もってけ泥棒! 二本あげる!」

 意を決して肉を二本差し出すと、ヘンリーがため息をついた。


「だから、いらないって。……ぐだぐだ言っているなら、俺からするぞ」

「何でよ!」

「勝利の興奮から、どこにするかわからないな」

 にこりと微笑まれるが、今は笑顔が恐怖でしかない。


「何なの、その脅迫! 酷い、鬼! 私がヘンリーをぎゃふんと言わせる予定だったのに!」

「ぎゃふん」

「――違うの! そんなぎゃふんが欲しかったわけじゃないの!」


 満面の笑みで楽しそうに言われても、イリスの方がぎゃふんである。

 ……もう、ぎゃふんが何なのか、よくわからなくなってきた。



「さあ、どうする?」


 追い詰められたイリスは必死に考える。

 断われるものなら、とっくに断っている。

 なかったことにするのは、もう無理だろう。


 肉との取引にも応じないし、救援も見込めない。

 逃走してもいいが、イリスの体力ではすぐに捕まるし、その場合にはさらに事態が悪化しそうだ。


 泣き落としという手もあるにはあるが、そんなに器用なことはできないし、恐らくヘンリーには一発でバレてしまう。


 ――万事休すとは、まさにこのことである。



「……ち、ちょっとだけ、よ」

「うん」

 ヘンリーの返事はまるでオヤツを待つ幼子のように楽しげで、ちょっと憎らしい。


「目はつぶってね」

「ええ……」


「つぶらないなら、もう帰る!」

「……わかったよ」


 不満そうではあるが、イリスの要求をのんでくれた。

 一体どれだけ祝福が欲しいのだと呆れるばかりである。


「あと、届かないからしゃがんで」

「はいはい」

 ヘンリーは素直にその場にひざまずくと、目を閉じた。


「目、開けちゃ駄目よ。絶対よ?」

「わかってるよ」


 周囲の視線が針のように突き刺さる中、イリスは勇気を出して一歩ヘンリーに近付く。

 ひざまずいたヘンリーの目の前に立つと、その額にそっと肉で触れた。



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― 新着の感想 ―
[一言] 最後の1行で全部持ってかれましたwあまりのことに初コメントですw焦らして恥じらって、肉。
[一言] ぎゃふんを口にするとはなんとお約束 そして最後! それで誤魔化せる相手だといいねぇ ようやく電子書籍版を買って読んでみたけど、1年経って残念に染まり羞恥心の復活の影響もあるのかイリスの言動…
[一言] おいこらイリス!ばれるに決まってるでしょうが!www
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