表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
238/276

お肉、貸そうか?

 レイナルドと入れ替わるようにウリセスが出てくると、一気に歓声が上がる。

 『日本』のプロレスの入場みたいだなと思いながら見ていると、ウリセス本人の表情は少し曇っていた。


「――ウリセスは、騎士科校長の息子だ! 他とは違うぞ!」

 歓声というよりも野次に近い声に、大勢の男性達が賛同の声を上げた。

 男性達は盛り上がっているが、ウリセスの眉間の皺がどんどん深くなっている。

 ウリセスを応援したいのか嫌がらせなのかよくわからない状況だ。


「騎士科の校長。……ポルセル伯爵令息ってこと?」

「そうですね」


 肯定するフラビアや騎士科の様子からして、恐らく周知の事実なのだろう。

 推しキャラな上にウリセス・ポルセルというフルネームを知っていた身としては、気付かなかったことが恥ずかしい。


「……じゃあ、強いのかしら」

 ヘンリーはポルセル伯爵のことを強いと言っていたし、レイナルドの言葉からしても相応の腕がありそうだ。

 少なくとも、今回の対抗戦に出てきた騎士科の人間の中では一番の実力者なのだろう。


「ヘンリー……」

 少し心配になり、思わず声が漏れる。


「何だ?」

 まさか気付かれるとは思わなかったが、これは好都合だ。

 イリスはぎゅっと肉を握りしめ、意を決して口を開いた。


「――お肉、貸そうか?」

「……何でだよ」

 それまで少し嬉しそうに笑みを浮かべていたヘンリーは、一転して残念な視線を送ってきた。


「いいから、ちゃんと下がっていろよ」

「……うん」

 うなずくイリスを見て口元を綻ばせると、ヘンリーはウリセスに向き直った。



「おまえも、黄金(きん)の女神の祝福狙いか?」

「まさか」

 大袈裟に肩をすくめるウリセスは『碧眼の乙女』で見たイラストと同じで、イリスは思わず小さな歓声を上げた。


「じゃあ、何の利点もなしか」

「まあ一応、騎士科の名誉ってやつか。今の時点で、既にボロボロだが。……それとも、何かくれるのか?」


「イリスは、やらん」

 誰もイリスを欲しいなんて言っていないのだからヘンリーの返答はおかしいのだが、ウリセスは苦笑するだけだ。


「そうだな。ポルセル伯爵に口添えくらいしてやるよ。息子の自由にさせてやれ、とな」

「それはそれは。ありがたい――な!」


 前触れもなく剣を抜いて切りかかったウリセスの剣を、ヘンリーが避ける。

 あっという間の出来事に、騎士科から歓声が漏れた。


 何度かかわした後に、ウリセスと刃を交える。

 刃と刃が擦れる不快な金属音が、イリスの元にまで届いた。

 剣を振り払って一度距離を取ると、再びウリセスが切りかかる。

 今度はヘンリーも避けずに、何度も剣を打ち合った。

 真剣な表情のウリセスに対して、ヘンリーは何だか楽しそうだ。



 長く続く攻防に、騎士科からざわめきが起こり始める。

「……あいつ、魔法科だよな?」

「魔道具専攻の研究者らしい」

「でも、相手はポルセルだぞ。あの校長の息子で、新人の中では頭ひとつも二つも抜けている……」


 それまでウリセスの勝利を宣言して盛り上がっていた観客達が、次第に固唾をのんで見守り始めていた。


「……いい運動だが、長引くと面倒か」

 観客達の様子の変化をちらりと見たヘンリーが呟く。


「終わらせると思うか?」

「いや? ――俺が終わりにすると決めただけだ」

 それまで受けていたウリセスの剣を避け、バランスを崩した一瞬で、ヘンリーの剣先が花飾りを散らせた。


 一拍の間を置いて、大きな歓声が巻き起こる。

 あれだけ騎士科の勝利を叫んでいた観客達も、そんなことなどなかったかのように興奮しているようだ。

 その声を聞いて我に返ったイリスは、慌ててヘンリーに駆け寄る。



「ヘンリー!」

「うん? 何だ?」

 何故かそばに行かなければと思って走ってきたが、よく考えると何をしに来たのかわからない。


「……お肉、いる?」

 困ったのでとりあえず肉を差し出すと、ヘンリーは苦笑してイリスの頭を撫でた。


「大事な肉だろう。ちゃんと持っていろ」

「……うん」


 婚約者が剣の試合で勝って、駆け寄る。

 これはまるで『碧眼の乙女』のウリセスルートの一場面のようだ、とイリスは気付く。

 だが勝ったのはヘンリーだし、そもそもイリスはウリセスの恋人でも何でもない。

 しかも、駆け寄って手渡すのはタオルか何かで……間違っても、骨付き肉ではなかった。


 まだシナリオが続いているような錯覚に襲われたイリスは、何とも釈然としない。

 だが、これがもしゲームの影響を受けた場面だとしたら、肉を差し出すのは大正解な気がする。

 何と言っても、見栄えがちっとも乙女ではないし、ときめきようもない。


「お肉って偉大ね」

「……何の話だ?」

「気にしないで。残念ポイントの重要性を再確認しただけ」

 ヘンリーはイリスの頭をぽんぽんと撫でると、剣をウリセスに差し出した。



「これ、返却しておいてくれ」

「結構な刃こぼれだが」

「原因はおまえだろう」

「……返却しておく」

 刃こぼれの責任を放り投げたらしいウリセスは、ヘンリーから剣を受け取った。


「久しぶりだったが、楽しめたな」

「……余裕のくせに、よく言うよ」


 よく見ればウリセスの方はうっすらと汗をかいているし、少し呼吸も乱れている。

 レイナルドから連戦のはずなのに、まったく変化のないヘンリーが恐ろしい。


「勝者が黄金(きん)の女神の祝福を受けるんだ。そんなもの、他の奴に勝たせるわけがないだろう」

 その一言に、ウリセスの瞳が細められる。

「……やはり、だからか。目立つのに表に出たのは」


「あとは、牽制の意味もあるな。勝手にイリスを景品にされても困る。……それに、将来ここから騎士が出るんだ。今のうちに有望株に目をつけておいて損はない」


「へえ。おまえのお眼鏡にかなう奴がいるのか?」

 どうやらかなり興味があるらしく、ウリセスは何度か瞬く。


「そうだな。レイナルドは筋がいいな。鍛えれば使えそうだ。……あとは、どこかの頑なな御令息かな」

 ちらりとヘンリーに視線を向けられると、ウリセスの眉間にあっという間に皺が寄る。


「俺は、眷属にはならないぞ」

 強い意思を感じる言葉だが、眷属というのは何だろう。

 普通に考えれば身内や従者だが、何かの比喩なのだろうか。


「だから、なれと言ったことはないだろう? 好きにしろよ」

 その返答が気に入らないのか、あるいはそれ以上言うことがないのか。

 口をつぐむウリセスを見て、ヘンリーが苦笑する。



「さあ、終わったぞ。――と、まだか」

「え?」

 もう騎士科で残っている人はいないし、魔法科の勝利で終わりではないのか。


 問いかけようとしたイリスの胸元の花飾りが、ヘンリーの手であっという間にむしられた。



書籍「残念令嬢」好評発売中‼

明日、3/9に電子書籍配信開始‼


※書店よって在庫切れもあるようです。

お問い合わせ、お取り寄せ、ネットなどもご利用くださいませ。



「残念令嬢」書籍発売感謝祭!

3/2夜の活動報告で内容をご紹介しています。


他にも書影、電子書籍、特典情報、試し読みのご紹介をしています。


よろしければ美麗表紙と肉を、お手元に迎えてあげてくださいませ。

m(_ _)m


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「残念令嬢」

「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」

コミカライズ配信サイト・アプリ
ゼロサムオンライン「残念令嬢」
西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

-

「残念令嬢」書籍①巻公式ページ

「残念令嬢」書籍①巻

-

「残念令嬢」書籍②巻公式ページ

「残念令嬢」書籍②巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス①巻

「残念令嬢」コミックス①巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス②巻

「残念令嬢」コミックス②巻

一迅社 西根羽南 深山キリ 青井よる

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[一言] たしかに、レイナルドは将来の眷属ではある ヘンリーは元気にヘンリーしててよいよい
[良い点] シナリオが続いてる気がする…… 鈍感が治って羞恥心が治ったと思ったらそっち方面幼児化してる気がしてたがまだ何かしら碧眼の乙女の影響受けてるのか……?
[一言] まあイリスには相手の手足を封じる術が無いからどうしたって負けるよね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ