お肉、貸そうか?
レイナルドと入れ替わるようにウリセスが出てくると、一気に歓声が上がる。
『日本』のプロレスの入場みたいだなと思いながら見ていると、ウリセス本人の表情は少し曇っていた。
「――ウリセスは、騎士科校長の息子だ! 他とは違うぞ!」
歓声というよりも野次に近い声に、大勢の男性達が賛同の声を上げた。
男性達は盛り上がっているが、ウリセスの眉間の皺がどんどん深くなっている。
ウリセスを応援したいのか嫌がらせなのかよくわからない状況だ。
「騎士科の校長。……ポルセル伯爵令息ってこと?」
「そうですね」
肯定するフラビアや騎士科の様子からして、恐らく周知の事実なのだろう。
推しキャラな上にウリセス・ポルセルというフルネームを知っていた身としては、気付かなかったことが恥ずかしい。
「……じゃあ、強いのかしら」
ヘンリーはポルセル伯爵のことを強いと言っていたし、レイナルドの言葉からしても相応の腕がありそうだ。
少なくとも、今回の対抗戦に出てきた騎士科の人間の中では一番の実力者なのだろう。
「ヘンリー……」
少し心配になり、思わず声が漏れる。
「何だ?」
まさか気付かれるとは思わなかったが、これは好都合だ。
イリスはぎゅっと肉を握りしめ、意を決して口を開いた。
「――お肉、貸そうか?」
「……何でだよ」
それまで少し嬉しそうに笑みを浮かべていたヘンリーは、一転して残念な視線を送ってきた。
「いいから、ちゃんと下がっていろよ」
「……うん」
うなずくイリスを見て口元を綻ばせると、ヘンリーはウリセスに向き直った。
「おまえも、黄金の女神の祝福狙いか?」
「まさか」
大袈裟に肩をすくめるウリセスは『碧眼の乙女』で見たイラストと同じで、イリスは思わず小さな歓声を上げた。
「じゃあ、何の利点もなしか」
「まあ一応、騎士科の名誉ってやつか。今の時点で、既にボロボロだが。……それとも、何かくれるのか?」
「イリスは、やらん」
誰もイリスを欲しいなんて言っていないのだからヘンリーの返答はおかしいのだが、ウリセスは苦笑するだけだ。
「そうだな。ポルセル伯爵に口添えくらいしてやるよ。息子の自由にさせてやれ、とな」
「それはそれは。ありがたい――な!」
前触れもなく剣を抜いて切りかかったウリセスの剣を、ヘンリーが避ける。
あっという間の出来事に、騎士科から歓声が漏れた。
何度かかわした後に、ウリセスと刃を交える。
刃と刃が擦れる不快な金属音が、イリスの元にまで届いた。
剣を振り払って一度距離を取ると、再びウリセスが切りかかる。
今度はヘンリーも避けずに、何度も剣を打ち合った。
真剣な表情のウリセスに対して、ヘンリーは何だか楽しそうだ。
長く続く攻防に、騎士科からざわめきが起こり始める。
「……あいつ、魔法科だよな?」
「魔道具専攻の研究者らしい」
「でも、相手はポルセルだぞ。あの校長の息子で、新人の中では頭ひとつも二つも抜けている……」
それまでウリセスの勝利を宣言して盛り上がっていた観客達が、次第に固唾をのんで見守り始めていた。
「……いい運動だが、長引くと面倒か」
観客達の様子の変化をちらりと見たヘンリーが呟く。
「終わらせると思うか?」
「いや? ――俺が終わりにすると決めただけだ」
それまで受けていたウリセスの剣を避け、バランスを崩した一瞬で、ヘンリーの剣先が花飾りを散らせた。
一拍の間を置いて、大きな歓声が巻き起こる。
あれだけ騎士科の勝利を叫んでいた観客達も、そんなことなどなかったかのように興奮しているようだ。
その声を聞いて我に返ったイリスは、慌ててヘンリーに駆け寄る。
「ヘンリー!」
「うん? 何だ?」
何故かそばに行かなければと思って走ってきたが、よく考えると何をしに来たのかわからない。
「……お肉、いる?」
困ったのでとりあえず肉を差し出すと、ヘンリーは苦笑してイリスの頭を撫でた。
「大事な肉だろう。ちゃんと持っていろ」
「……うん」
婚約者が剣の試合で勝って、駆け寄る。
これはまるで『碧眼の乙女』のウリセスルートの一場面のようだ、とイリスは気付く。
だが勝ったのはヘンリーだし、そもそもイリスはウリセスの恋人でも何でもない。
しかも、駆け寄って手渡すのはタオルか何かで……間違っても、骨付き肉ではなかった。
まだシナリオが続いているような錯覚に襲われたイリスは、何とも釈然としない。
だが、これがもしゲームの影響を受けた場面だとしたら、肉を差し出すのは大正解な気がする。
何と言っても、見栄えがちっとも乙女ではないし、ときめきようもない。
「お肉って偉大ね」
「……何の話だ?」
「気にしないで。残念ポイントの重要性を再確認しただけ」
ヘンリーはイリスの頭をぽんぽんと撫でると、剣をウリセスに差し出した。
「これ、返却しておいてくれ」
「結構な刃こぼれだが」
「原因はおまえだろう」
「……返却しておく」
刃こぼれの責任を放り投げたらしいウリセスは、ヘンリーから剣を受け取った。
「久しぶりだったが、楽しめたな」
「……余裕のくせに、よく言うよ」
よく見ればウリセスの方はうっすらと汗をかいているし、少し呼吸も乱れている。
レイナルドから連戦のはずなのに、まったく変化のないヘンリーが恐ろしい。
「勝者が黄金の女神の祝福を受けるんだ。そんなもの、他の奴に勝たせるわけがないだろう」
その一言に、ウリセスの瞳が細められる。
「……やはり、だからか。目立つのに表に出たのは」
「あとは、牽制の意味もあるな。勝手にイリスを景品にされても困る。……それに、将来ここから騎士が出るんだ。今のうちに有望株に目をつけておいて損はない」
「へえ。おまえのお眼鏡にかなう奴がいるのか?」
どうやらかなり興味があるらしく、ウリセスは何度か瞬く。
「そうだな。レイナルドは筋がいいな。鍛えれば使えそうだ。……あとは、どこかの頑なな御令息かな」
ちらりとヘンリーに視線を向けられると、ウリセスの眉間にあっという間に皺が寄る。
「俺は、眷属にはならないぞ」
強い意思を感じる言葉だが、眷属というのは何だろう。
普通に考えれば身内や従者だが、何かの比喩なのだろうか。
「だから、なれと言ったことはないだろう? 好きにしろよ」
その返答が気に入らないのか、あるいはそれ以上言うことがないのか。
口をつぐむウリセスを見て、ヘンリーが苦笑する。
「さあ、終わったぞ。――と、まだか」
「え?」
もう騎士科で残っている人はいないし、魔法科の勝利で終わりではないのか。
問いかけようとしたイリスの胸元の花飾りが、ヘンリーの手であっという間にむしられた。
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