時が来たら
「騎士科なのに、魔法?」
イリスが驚いていると、男性はにやりと笑う。
「最初に、自分の持てる武器と力を使っていいと言われただろう? 魔法を使える騎士だっているさ」
炎の塊はヘンリーにまっすぐ飛んでいくが、あっさりと剣で弾かれて消える。
「そうだな。俺も魔法科の魔道具専攻の研究者だしな」
もう一度炎が飛んでくるが、それもヘンリーの一振りで消え去った。
「……なるほど。虚偽申告というやつね?」
「嘘はついていないぞ。心外だな」
イリスの声が聞こえたらしく、律儀に返答すると肩をすくめている。
「――くそ! 一気にやるぞ!」
男性達は剣を抜くと、一斉にヘンリーに向かって走り出す。
それを見たヘンリーは、呆れたように息を吐いた。
一斉に繰り出された剣の合間を縫うように、滑るように。
まるで踊っているかのような優雅な動きですり抜けると、男性達の半数が地面に倒れこむ。
振り返ったヘンリーに残りが飛びかかると、同じようにあっという間に倒れていった。
「たいして訓練されていない剣士がまとまって剣を振るえば、かえって互いの動きを妨げる。大人数での戦闘や連携は教えられていないのか?」
騎士科男性が地に伏せる中、唯一立ったままのヘンリーはそう言ってため息をつく。
「……まだ入学してすぐだぞ。今からだろう」
じっと様子を見ていたウリセスの言葉を聞くと、ヘンリーはうなずく。
「なるほど。じゃあ、俺は幸運だったわけだ」
ヘンリーの言葉に気を良くしたのか、周囲で観戦している騎士科と思しき男性達がそうだそうだと囃し立てている。
「……そういう相手でもないだろう」
ぽつりとウリセスが呟くと、隣に立っているレイナルドが嫌そうにうなずく。
ヘンリーに花飾りをむしられた男性達は、よろよろと会場から出ていく。
これで魔法科三人に対して、騎士科は二人……ようやく互角と言っていい人数になった。
「で、どうする? 次はどっちだ?」
ヘンリーに促された二人は、互いに顔を見合わせる。
「……そういえば、ベネガスは何故出て行かなかった?」
「俺は無駄に死にたくない」
短い返答に、ウリセスが瞬いた。
会場内にいる人数が減ったせいか、イリスにも会話がよく聞こえるようになっていた。
「へえ。ベネガスはわかるのか」
「いや。知っているだけだ」
「なるほど。じゃあ、行って来いよ」
「俺の話を聞いていたか?」
眉を顰めるレイナルドに、ウリセスはにやりと笑う。
「殺せないルールだ。死にはしない」
「おい。俺は負ける前提かよ」
「勝てるなら勝ってこいよ。衆人環視の中だし、あいつも本気は出せない。チャンスはあるかもしれないぞ」
ウリセスがちらりとヘンリーを見ると、何故か楽しそうにうなずいている。
「心にもないことを言うな。仮にこの中で勝てるとしたら、おまえくらいだろう」
「……へえ。わかるのか」
「いや。これは勘だ」
「勘のいい奴は嫌いじゃないぞー!」
少し離れた場所からヘンリーに褒められると、レイナルドは露骨に嫌そうな顔になった。
「……それは、どうも」
大きなため息をついたレイナルドは観念したらしく、渋々といった様子でヘンリーの前まで進む。
「殺したらルール違反だぞ。殺すのは駄目なんだぞ。殺したら負けだからな」
「あくまでも試合だろう? わかっている」
しつこく物騒な確認をしたレイナルドは、ヘンリーの答えを聞いて少し安心したように息を吐いた。
「――じゃあ。やるか」
レイナルドが剣を抜くと、ヘンリーも抜身の剣を持ち替えた。
構えたと思った瞬間、レイナルドが素早く切りかかる。
剣と剣がぶつかる音が響き、ヘンリーがにやりと笑った。
「そう言えば、ちゃんと刃を交えたのはレイナルドが初めてね」
今まで出てきた騎士科の男性達は文字通り瞬殺されている。
正直、詳しい動きはわからないが、少なくともレイナルドは彼等よりも強いのだろう。
「……あの剣って、両刃よね。切ったら血が出ないのかしら?」
「普通に刃を立てれば切れますね。なので先程ヘンリー様は柄で突いたか、刃の平面部分で叩いたのだと思います」
スラスラと説明するフラビアに、イリスは感心した。
「そうなの? 私には全然わからなかったわ」
「いえ。私もまったく見えませんし、わかりません。ただ、ヘンリー様が片刃の剣を使うのは、そういう理由だと聞いたことがあります」
「どういうこと?」
「刃と峰を使い分けて、無用な死傷者を出さないように、だそうです」
片刃というと、日本刀のようなものだろうか。
確かにそれならば峰の部分に刃はないので切れない。
ヘンリーのいかれた腕前からすると刃があってもなくても同じような気はするが、切りたくない時には重宝するのかもしれない。
「フラビアさんは、詳しいのね」
「どうぞ、誤解なさらないでくださいね。私の場合は……自分のための情報収集です」
よくわからなくて首を傾げるが、フラビアは笑うだけだ。
「いずれ時が来れば、お話します」
どうやらそれ以上話すつもりはないらしいし、気にしても仕方がない。
視線を戻せば、まだヘンリーとレイナルドは剣を交えている。
一方的にレイナルドが攻めているように見えるが、ヘンリーの方が表情に余裕があった。
それにしても、さすがはメイン攻略対象のハイスペック。
他のモブ騎士科達とは違うのだと、イリスにもわかった。
「うん。いい腕だな」
刃を受け止めながらヘンリーが褒めるが、レイナルドは眉を顰めただけ。
返事をしたくないというよりは余裕がないのは、その汗からも察することができた。
「――おまえ、オリビアに手紙を送っているんだって?」
何度目かの刃を受け止めると、ヘンリーが呟く。
「へ?」
レイナルドが目を見開いて集中を欠いたその瞬間、ヘンリーは素早く胸の花飾りをむしり取っていた。
「――ああ、くそ! 卑怯な!」
「そういう試合だろう? 何を今さら」
剣を鞘に収めて汗を拭ったレイナルドが口を開きかけると、ヘンリーが手で制する。
「そっちの話は、時が来たらしよう。……さて。残るは首席様だけだな」
ヘンリーの視線の先では、ウリセスが表情を曇らせていた。
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