女神の羽化
「ならばせめて、味方の士気も上げてください」
「……仕方ないな。イリス。こいつらにも花飾りをつけてくれるか」
「え? 別にいいけど。お肉持っていて」
魔法科の四人が息をのむ音が聞こえたが、これはイリスにピンを刺されるかもしれないという恐怖ゆえだろうか。
嫌なら断わってくれないかなと思いつつ花飾りを持つと、何故か四人が綺麗に整列して待っていた。
「光栄です! 必ず魔法科を勝利に導いてみせます!」
「すみません、すみません。ありがとうございます。すみません」
「アラーナ伯爵令嬢につけていただいたこの花、死守してみせます!」
「……」
何だか四人のテンションの高低差が酷いのだが、一体何なのだろう。
最後のひとりなんてイリスが近付いている間ずっと呼吸を止めていたが、そんなに肉臭かったのだろうか。
ようやく四人に花飾りをつけたと思ったら、何故かその奥にフラビアが並んでいる。
「私も、お願いします」
「うん。いいけど」
さすがにいくつもつけていたせいで、指が痛くなってくる。
もたもたと作業していると、フラビアの顔が近付いた。
「……ヘンリー様から、離れないでくださいね」
「え? あ、うん」
耳元でささやかれた言葉にイリスがうなずくと、フラビアはにこりと微笑んだ。
「……近付きすぎじゃないか」
何故か少し不満そうなヘンリーに、花飾りをつけ終わったフラビアが頭を下げる。
「すみません。いい香りだったもので、堪能しました」
「ええ? わかる? 今日はね、炭火でじっくり焼いたお肉なの!」
瞳を煌めかせるイリスに、ヘンリーから肉が返却された。
「朝から炭をおこして頑張ったのよ。フラビアさんは肉の違いのわかる女性ね!」
ヘンリーですらこの違いに言及しなかったというのに、何と素晴らしい観察眼……いや、嗅覚だろう。
嬉しくなって肉を差し出しながら説明すると、フラビアは深くうなずいた。
「イリス様に喜んでいただき、光栄です。私も蓑虫のような姿で頭に謎の飾りをつけて、肉を掲げてもなお可愛らしい女性は初めてです」
「――イリス、フラビア嬢、始まるぞ」
ヘンリーの言葉に会場の中央を見ると、既に騎士科の男性達が並んでこちらを見ていた。
「――では、対抗戦を開始する!」
講師の掛け声と共に、魔法科の新人二人が走り出した。
「……魔法使いが突っ込むとか、馬鹿か」
ヘンリーの呟きを体現するように、まさに秒殺という速さで新人二人の花飾りは散った。
早々に魔法科が二人減ったことで、騎士科の中で歓声が上がる。
「では、行ってきます」
「はい。そこそこの働きを期待します」
フラビアの微妙な激励の言葉を受け取った先輩二人は、少しだけ前に出ると魔法で火を飛ばす。
遠距離から花飾りだけを狙うことで、あっという間に十人ほどの騎士科が脱落した。
「まあ、順当ですね」
監督よろしく魔法使い達の動きを見ていたフラビアの前に、炎を潜り抜けてきた騎士科がひとり、迫ってきた。
するとフラビアは懐から出した小瓶を騎士科に向かって投げつける。
剣でそれを弾いたことで瓶が割れて液体があたりに飛び散ると、間髪入れずに男性はその場に倒れた。
「……な、何をしたの?」
「ちょっとした睡眠薬です。すぐに蒸発しますので大丈夫ですが、一応イリス様は近付かないでください」
フラビアはそう言いながら、倒れた騎士科の花飾りをむしった。
「随分な即効性だな」
「ファティマ様に弟子入りするのが、私の夢です。今のうちに腕を磨かなくてはいけませんので」
「……そうか」
少し引き気味のヘンリーの返事を聞いて、フラビアが首を傾げた。
「止めないのですか?」
「フラビア嬢の自由だろう。まあ、前提条件が揃っていないけどな」
「私はいつでもかまいませんが」
「だから、自分であいつらを説得するんだな」
むしった花飾りを魔法科側の講師に渡すと、フラビアはため息をついた。
「ヘンリー様の鶴の一声が欲しいですね」
「俺は恨まれる気はない」
「……何の話?」
まったく話が見えずに聞いてみると、フラビアがにこりと微笑んだ。
「将来の話です」
「……フラビアさんは、ヘンリーと将来の話をする仲なのね」
「いや、違うぞ。そういう意味じゃない」
慌てた様子でそう言うなり、ヘンリーはイリスの手を肉ごと握りしめた。
「俺の妻になるのはイリスだけだし、好きなのもイリスだけだからな」
「――こんなところで何を言い出すのよ、馬鹿!」
肉を振り回してヘンリーの手を振り払うと、安全な距離を保つ。
武器の間合いに入られたらおしまいだ。
イリスはとにかく肉を振ってヘンリーを威嚇した。
「いちゃついているところを申し訳ありません。二人、やられました」
いつの間にか騎士科に囲まれていた先輩二人は、呆気なく花飾りをむしられた。
「これで魔法科の残りは三人か。騎士科は……」
「およそ半分。二十五人ほどです」
どうやら先輩たちは騎士科を半減させていたらしい。
遠距離からの魔法攻撃には、騎士科も弱いということか。
かなりの戦果だとは思うが、人数差が響いている。
「まあまあ、だな。フラビア嬢、行くか?」
「御冗談を。ひとりや二人ならともかく、あの人数を一気に眠らせる薬はさすがにありません」
「なら、仕方ないか」
前に出ようとするヘンリーを、差し出した肉でイリスが引きとめる。
「どうした?」
「言ったでしょう? 勝つのは、私だから!」
「……無理は駄目だぞ」
あっさり引き下がるヘンリーに拍子抜けしていると、フラビアの方が眉間に皺を寄せている。
「よろしいのですか?」
「まあ、止めても無駄だし。見ているから、大丈夫だろう」
ヘンリーはそう言うと、イリスのそばにやって来て手を出した。
「……何?」
「肉。持っていたら邪魔だろう?」
「何言っているのよ。肉は残念の武器にして戦友よ? 共に戦地に赴くわ」
イリスが肉を掲げると、それはそれは残念な眼差しが二人から注がれた。
「それで……重くて動きづらいから、ローブは脱ぐわ」
「逆じゃないか?」
「どちらも邪魔では?」
失礼な言葉は聞き流してヘンリーに肉を預けると、リボンを解いてローブを脱ぐ。
重量級の蓑虫ローブから解き放たれて伸びをすると、何故か騎士科の方から大歓声が上がった。
「……何? 何かあったの?」
驚いて騎士科の方を見ると、何人かがこちらに向かって手を振っていた。
「女神の羽化に立ち会った感動だと思われます」
「何それ?」
「気にするな。それよりも、無理はするなよ」
肉を持ちながらイリスのワンピースに花飾りを付け替えるという器用な真似をしながら、ヘンリーが呟く。
両手に肉を受け取ると、ヘンリーに頭を撫でられた。
「うん。行ってくる!」
意気揚々と会場の中央に歩いて行くと、本日一番の歓声が会場中に響き渡った。
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