ヘンリーが物騒です
「――今回の対抗戦参加者は、騎士科五十名、魔法科七名」
騎士科の講師と思しき男性が説明をしているが、既に気になるところしかない。
「……酷い人数差ね」
何をするにしても七倍の人数がいては圧倒的に不利だ。
「いっそ、ドッジボールでコートにぎゅうぎゅう詰めのところをぶつけるとか」
思いついてみたが、この世界にドッジボールが存在するのかわからない。
「何だ、ドッジボールって」
このヘンリーの様子からして、存在しないのだろう。
ということは、五十人ぎゅうぎゅう詰めの騎士科にボールを当てる作戦は無効だ。
「隣接した二つの四角い陣地で、外の仲間が中の敵にボールをぶつけるの。ぶつかったら外に出る。ぶつけたら中に戻れる場合もあるけど。それで、中に味方がいなくなったら負け」
「……そこそこ物騒だな」
「そう?」
確かにボールがぶつかったら無痛というわけにはいかないが、避けるなり取るなりすればいい。
「だが、頭部に致命傷を負った場合に」
「頭や顔を狙うのはルール違反よ。無効」
大体、何故ボールで致命傷を負う前提なのかわからない。
「無効ということは、中に留まるのか?」
イリスがうなずくと、ヘンリーは口元に手を当てて何やら考え込んでいる。
「中の敵を倒していくと外に出て、味方にボールをぶつけようとする敵が増えるわけだろう? なら、先に中の敵を頭部狙いで戦闘不能にしてからぶつけた方が、より安全か」
「何を全力で物騒なこと言っているの?」
ヘンリーが言っているのは、休み時間にキャッキャウフフで遊ぶ内容ではなくて、命と命のやりとりだ。
ドッジボールはそんな危険な遊戯ではない。
「中にイリスが残るとしたら、危険は排除しないといけないだろう?」
にこりと微笑まれて、そう言えばヘンリーはそこそこ物騒な人間だったと思い出す。
「この世界にドッジボールはないから大丈夫よ。あと、スポーツで死傷者を出さないでちょうだい」
冗談だとしても怖いが、ヘンリーならば可能な気がして更に怖い。
「――ということで、今回は人数差が大きい。過去の対抗戦では一対一の勝ち上がり戦が多かったようだが、この人数では面倒……いや、時間が……いや」
講師の男性は咳払いをして、あらためて周囲を見回す。
「……なので、一戦で決める。全員が一斉に戦っていい。互いに自分の武器と力を以って挑め。殺すのは不可だが、怪我は仕方がない。そのあたりは自分と相手の実力と空気を読め」
一戦で全員ということは、いわゆるバトルロイヤルというやつか。
ここは乙女ゲームの世界だというのに、何と物騒なものを開催するのだろう。
「――ただし、降参した者に対する攻撃は一切許さない。胸に花飾りをつけ、それを取られるか壊されたら、負け。最終的に勝ち残った者のいる方が勝利とする」
講師の説明に騎士科の一部では歓声が上がり、盛り上がっている。
「人数からして、魔法科が不利じゃない?」
「まあ、な」
「騎士科に有利だから、盛り上がっているのかしら」
気になって耳を澄ませてみると、騎士達は配られた花飾りを見て興奮している。
「……花飾りを取るってことは、触るってことだよな」
「ああ。黄金の女神に、合法的に触れるチャンスだ……!」
「上手く花飾りが取れなかったら、時間がかかっても仕方がないよな!」
何やらおかしなことを呟き、さらなる歓声が上がっている。
ちらりとヘンリーの方を見れば、笑顔だ。
見ているのが怖くなる、笑顔だ。
「勝利の暁には、黄金の女神の祝福もあるぞ!」
その声に、騎士科の歓声は更に大きくなる。
ヘンリーは笑顔だ。
もう、怖すぎて見ることはできない。
イリスが視線を逸らしていると、栗色の髪の女性が花飾りを持ってやってきた。
「ヘンリー様。とりあえず同期の魔法使いを二人用意しました。ある程度は減らしてくれると思います。新人も二人いますが……あれはイリス様につられただけのようですから、すぐに消えるかと」
フラビアが視線を送った先には、男性が四人立っている。
そのうちの二人は血気盛んを絵に描いたような様子で、気合が伝わってきた。
魔法科にだって、騎士科に負けないという心意気を持った人がいるらしい。
何となく嬉しくなって手を振ると、二人の顔が赤らんだように見えた。
「アラーナ伯爵令嬢! あなたのために頑張ります!」
「……うん?」
魔法科の名誉とかではないのか。
イリスが首を傾げる間もなく、ヘンリーに抱き寄せられた。
蓑虫なイリスはチクチクするはずなのに、大丈夫だろうか。
「……イリスは奥にいろ。危ないからな」
「えー、私も」
「――駄目です」
フラビアにまで注意されてしまえば、勝手に飛び出すのも気が引ける。
「……わかったわ」
魔法科の七人が勢揃いすると、最初にヘンリーが口を開いた。
「俺は、イリスのそばにいる」
「私は魔法薬専攻ですので、戦闘能力は低いです。なので、君達にかかっています。よろしく」
フラビアの言葉に新人二人は元気よくうなずき、先輩二人は力なくうなずいた。
「さて。イリス、花飾りをつけてあげる」
「え? いいわよ。自分でつけられ――って、早いわよ!」
承諾も拒否もする間もなく、ヘンリーの手で蓑虫ローブに赤い花飾りがつけられた。
「俺のも、つけて」
「自分でできるでしょう! 私よりも早く!」
「愛しい未来の奥さんに、つけてほしいんだよ」
そう言いながらイリスを抱き寄せると、そっと頬に触れる。
「わかった、わかったから離れて! 近いのよ!」
フラビアから受け取った花飾りを、ヘンリーの上着につける。
ピンが硬くててこずりながらもどうにかつけると、ヘンリーは満足そうにうなずいた。
「うん。ありがとう」
「……ヘンリー様。一連のいちゃいちゃで、騎士科の闘争心に火が点いています」
フラビアに言われてみてみれば、騎士科側の視線がこちらに集中していて、恨みとも怒りともつかない負の感情が渦巻いているのがわかった。
「試合前に刺激してどうするんですか」
「平常心よりも、やりやすいだろう?」
にやりと笑うヘンリーに、フラビアはため息をついた。
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