騎士科と魔法科の校長は
蓑虫状態のイリスとヘンリーが宮廷学校に到着すると、既に校内は対抗戦一色だった。
元々騎士科の剣術大会のためにあるという会場は、むき出しの地面が広がっている。
野球場くらいの広さのそれを囲むように低めの塀が設置され、見学者も大勢集まっていた。
会場の中にいるのはほとんどが男性で、恐らく数十人はいるだろう。
「対抗戦の参加者は会場内に入るらしい」
ヘンリーに促されて人の群れに近付くと、男性達は一瞬瞳を輝かせてこちらに目を向けた。
だが次の瞬間には、明らかな混乱が見て取れ、次第にざわめきと共に残念そうな眼差しが注がれる。
それもそのはず。
動きやすいよう騎士科の訓練服に身を包む集団の中で、イリスひとりが蓑虫なのだ。
髪にリボンこそついているが、同時に添えものフルコースのついた干物の髪飾りをし、更に両手には肉を持っている。
本来はワンピースとのギャップ残念を狙う予定だったが、予想以上に蓑虫ローブが効いている気がする。
イリスは残念ポイントの稼ぎ具合に、大いに満足して笑みを浮かべた。
「このローブを着て良かったわ。ヘンリーが残念ポイントのことまで考えていてくれたとは思わなかったけれど、大正解ね」
「うん。全然違うが、望む効果は出ているようで良かったよ」
共に笑顔を交わしながら待っていると、前の方で開会式が始まったようだ。
日本で言う朝礼のような感じで少し高い台に上るプラシドがちょうど見えた。
「かなり久しぶりの対抗戦開催だけど。死なない程度に頑張ってね」
……今日もプラシドの挨拶は衝撃的な短さだ。
しかも何だか物騒なことを言っていたが、交流試合なのに命の危険があるのだろうか。
イリスが何とも言えない気持ちになっていると、次いで台の上に上がったのは恰幅のいい男性だ。
騎士科の男性達が背筋を伸ばして話を聞いているところを見ると、騎士科の関係者のようだ。
「あの人は、誰?」
「騎士科の校長だよ」
「何だか、見たことがあるような……」
「まあ。会っているからな」
ヘンリーの言葉に、イリスは記憶をどうにか探ってみる。
確かに、どこかで会っている。
ヘンリーが知っているのだから、一緒にいる時だ。
「もしかして、婚約披露パーティの。ええと……ポルセル伯爵」
「正解。よく覚えていたな」
「でも。失礼だけど、騎士科の校長ってもっとこう……ムッキムキなイメージだったわ」
剣の道を極め、いずれ騎士になる人々を束ねる立場なのだから、いわゆる熱血体育教師のような人なのだとばかり思っていた。
「そうだな。でもあの体型で、騎士科を束ねる強さだぞ」
「ギャップが凄いわね」
「それを言ったら、アラーナ伯爵だって。のんびり笑顔の紳士という感じだろう?」
確かにプラシドは校長というよりも、優しい食堂のおじさんの方が似合っている気がする。
面倒見の鬼印の弁当屋が出来たら、いい売り子になりそうだ。
「でも、ギャップという意味ならお父様は……あれ? 強いの?」
そもそも魔法を使えたということ自体を最近知ったばかりだし、プラシドが魔法を使うところを見たこともないので、よくわからない。
「少なくとも、魔法科と騎士科を束ねる何かは持っているだろう」
「……接待力?」
「何でだよ。ポルセル伯爵も別に最強というわけじゃないが、少なくとも新人が束になってもどうにかできる人じゃない。アラーナ伯爵も恐らくは同様だろう」
「ヘンリーも知らないの?」
魔法科校長で宮廷学校学長という肩書ならば、モレノ侯爵家の力でいくらでも情報が入りそうなものだが。
「何せ、表で何かをすることが少ない。騎士科のように模擬試合があるわけでもないし、稽古をつけるようなこともない。あるとしても個人的だろうから、たいして情報がない。……ただ」
そこで一度区切ると、ヘンリーは人ごみの向こうにいるプラシドをちらりと見る。
「ずっと昔に、対抗戦でひとりで騎士科を圧倒した魔法科がいるって言っただろう? あれ、たぶんアラーナ伯爵だ」
「ええ?」
魔法を使うこと自体まだ受け入れきれていないのに、まさかのひとりで圧倒とは。
いくら何でもイリスの知るプラシドとかけ離れていて、とても信じられない。
「情報は曖昧だが、前後を照らし合わせるとアラーナ伯爵しかいない」
「ひとりで圧倒? お父様が?」
眉間に皺を寄せながらイリスもプラシドの方を見ると、ちょうど橙色の瞳と視線が合い、微笑まれた。
いつもの優しいプラシドであり、とてもヘンリーが言うような人には見えない。
「以前にビクトルが言っていた『アラーナの薔薇毒』。……あれも、たぶん本当のことだ」
「ビクトル自作のポエム?」
「違う」
ヘンリーが呆れたようにため息をつく。
まさかのラッキー残念ポイントに、イリスは少しときめいた。
「故意か偶然かはわからないが、イリスに手を出そうとする者を遠ざけようとしたんだろう」
「故意でもどうかと思うけれど、偶然なら更におかしくない?」
「いや? アラーナ伯爵は魔法科校長にして宮廷学校学長を兼任する人だ。過去の対抗戦でひとりで騎士科を圧倒するほどの実力者と考えれば、それくらいのことが起きても不思議ではない」
「嘘ぉ……」
イリスに甘いプラシドが、まさかそんな物騒な人だとは信じられない。
「想像だけどな。……でも『アラーナの薔薇毒』に侵されたのは調べた限り男性ばかりだし、たぶん当たっている」
「それって、私が男性と親しくしないようにしたってこと?」
「求婚以前に手紙すら届かないって有名だったみたいだぞ」
そう言えば誰かもそんなことを言っていた気がするが、やっぱり信じられない。
「何かの間違いじゃない? だって、それならヘンリーも『アラーナの薔薇毒』に侵されるんじゃないの?」
ヘンリーは今はイリスの婚約者だが、少なくとも最初に会った時には見知らぬ男性である。
しかも手紙どころか、イリスと共に直接アラーナ邸を訪問しているのに平気だった。
その後もプラシドはヘンリーを歓迎して信頼している感じだし、きっと勘違いだろう。
「ああ、まあ。そうなんだが」
ヘンリーもその点に関しては根拠が乏しいのか、返事も歯切れが悪い。
すると、いつの間にか対抗戦のルール説明が始まっていた。
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