死ぬほど残念で、可愛らしい
「残念の宝庫 ~残念令嬢短編集~」の「ベアトリスの懐古」を読んでおくと、より楽しめます。
いよいよ迎えた、対抗戦当日。
イリスは気合を入れた全力の残念装備にしようとして、ふと気付いてしまった。
体幹をボリュームアップして残念なドレスを着てしまうと、ほぼ動けないし暑い。
未だに勝負方法もルールも不明である以上、万全の状態にしておかないと危険だ。
仮に走り回って勝負をつけることにでもなったら、残念装備は足枷でしかない。
残念的にはそれもアリだが、今回は黄金の女神の祝福阻止という大きな使命がある。
仕方がないので、残念ポイントは両手に肉を装備することで補うことにした。
動きやすさ重視ということで、選んだのは先日カフェに行くために着せられて買い上げる形になったワンピース。
くすんだ水色の生地に小さな白い水玉模様が入るワンピースは、可愛らしいデザインではあるが色のおかげでそこまで目立ちはしないはずである。
前回は髪を二つに結い上げて巻いたが、今回は体を動かすことを想定してしっかりとまとめた。
三つ編みに水色のリボンを編み込んでピンで固定した上でリボンを更に結んでいる。
もはやリボンの仕組みがさっぱりわからないが、とにかく髪が邪魔になることはないだろう。
足元も前回の白い靴下にリボンのついた靴では走るのに不向きということで、ブーツに変更してある。
「足元や髪をシンプルに仕上げたことで、お嬢様本来の可愛らしさがより引き立つようにいたしました」
ダリアはそう言うと、満足そうにイリスを眺めている。
イリスが本来持つ性質は残念なので、それが引き立つとただの残念だ。
可愛いワンピースとは真逆のような気もしたが、それはそれで残念ポイントを稼げるかもしれないと気付いて大人しくされるがままにする。
だが、両手に肉を装備して鏡の前に立ってみると、何だかしっくりこない。
「何かしら。何とも言えない違和感が……」
「肉ではありませんか?」
「何かが邪魔なのか、何かが足りないのか」
「肉が邪魔なのではありませんか?」
ダリアの声を放置しながら、イリスは鏡の前で武器を構えてポーズをとった。
肉を掲げたり、おろしたり、くるりと一回転してみる。
そうして肉を持って大の字になった瞬間、イリスの中で何かが閃いた。
がさごそと引き出しの中を漁り、干物の髪飾りの試作品を取り出すと、その上に貰っていた試作のパーツを取り付ける。
焦げ目も美味しそうな干物の上に、大根おろしと紅葉おろしとはじかみ生姜が所狭しと並ぶ。
添え物フルコースになった干物を持って鏡の前に立つと、この上ない残念なしっくり感がイリスの心を包み込んだ。
「これよこれ。ああ、何だか落ち着かないところが落ち着くわ。ダリア、これもつけてくれる?」
およそ主人に見せるべきではない嫌そうな顔をして髪飾りを受け取ったダリアは、ブツブツと何かを言いながらも髪につけてくれた。
「寸分の隙も無い可憐で麗しいお姿が、もったいない。ああ、もったいない」
「似合わない?」
あまりにもブツブツ言っているので心配になったイリスが見上げると、ダリアは深いため息をついた。
「何を仰るのかと思えば。よろしいですか? お嬢様は華奢で可憐で麗しく愛らしい至極の存在です。たとえ両手に肉をお持ちになり妙なものを髪につけるという残念極まりない珍行動を取っても、それは一切変わりません! ――可愛いは、正義なのです!」
ダリアは拳を掲げると、そのまま何かに納得してうなずいている。
「……それって、可愛いの? 残念なの?」
「もの凄く可愛らしいのに、死ぬほど残念で、それでも可愛らしいのです!」
「……そ、そう」
死ぬほど残念という賛辞に少し気を良くしていると、扉を叩く音が聞こえ、ヘンリーが部屋に入ってきた。
入室してすぐに少しばかり眉を顰めたのを、イリスは見逃さない。
どうやら肉と髪飾りという最低限の装備でも、残念ポイントをしっかり稼げているようだ。
安心したイリスは、満面の笑みでヘンリーを迎えた。
「また肉か。それで、髪についてるものは何なんだ?」
「干物に添えものフルコースよ!」
「うん。わからん。まあ、それよりも」
胸を張るイリスを軽くあしらうと、ヘンリーは改めてじっくりとワンピースを見始めた。
腕を組んだままの姿勢で、舐めるようにという表現がピッタリなほど見ていたかと思うと、やがてゆっくりと息を吐いた。
「……上に羽織れるローブか何かあるか? 丈は長めがいい」
「かしこまりました。お待ちくださいませ」
「普通のものではなくて……」
「ご安心ください。目くらましに最適なものをご用意いたします」
返答に満足したらしいヘンリーがうなずくと、ダリアは礼をして部屋を出て行った。
「どうしたの? 別に寒くないわよ?」
大体、普通じゃないとか目くらましとは、何のことだろう。
「いや、必要だ」
「対抗戦って、何かを羽織る必要があるの?」
「そういうわけじゃない」
要領を得ない返答に困惑していると、ダリアが茶色のローブを持ってきてイリスに着せた。
「……凄いな」
ローブを着たイリスを見たヘンリーは、半分感心し半分呆れたような、見事な残念な眼差しを送ってきた。
「以前に蓑虫のドレスを作ったことがあったんだけど、カロリーナ達に出掛けちゃ駄目って止められたの。これはリベンジ蓑虫のローブよ」
茶色のローブをベースにして、その上に大量の毛糸やタッセルを惜しげもなく取り付けたそれは、重量はもちろん着た時の丸みも凄い。
小柄なイリスの膝下までしっかりとフサフサで丸いシルエットは、まさに蓑虫そのものである。
もちろん、ただフサフサで丸いだけでは物足りない。
フサフサの一部には細長いビーズや鏡が配置されていて、陽光を反射して目潰しができる。
接近戦にも対応できるように、薔薇の枝も取り付けてあるので、うっかり触るとチクチクして痛い一品だ。
「何で出掛けちゃ駄目なんだ?」
「ドレスでは羽化する蛾をイメージして、このくらいのスリットを入れていたんだけど、それが駄目だって。やっぱり、羽化感が甘かったのね」
イリスが太腿辺りを指で示すと、ヘンリーの表情が一気に曇った。
「カロリーナ達に感謝だな。そのドレスは駄目だ。……着るなら、二人きりの時にしてくれ」
「え? ヘンリーは蓑虫ドレスの良さをわかってくれるの?」
残念ポイントを稼ぐのはもちろん大切だが、残念ドレスを褒められるのも嬉しい。
だが何故、二人きりの時限定なのだろう。
「そうだな。イリスの太腿を他の奴に見せるわけにはいかないが――俺はいいよな?」
いよいよ明日、書籍の「残念令嬢」発売日です!!
「残念令嬢」書籍発売感謝祭!
明日の内容を活動報告でご報告しています。
他にも書影、電子書籍、特典情報、試し読みのご紹介をしていますので、ご覧ください。
よろしければ美麗表紙と肉を、お手元に迎えてあげてくださいませ。
m(_ _)m