鬼が二人いるそうです
「馬鹿を言うな。ツンしている間にイリスを攫われるだろう。それに、イリスにツンなんて実行しようものなら、本気にされてどこかに行きかねない」
「良かった。ちゃんとイリスをわかっているわね。この子にツンデレは愚の骨頂よ。そういう意味では、ウリセスはないわね」
何故か意気投合した姉弟が深くうなずき合っているが、何となく貶されているように聞こえるのは気のせいだろうか。
「……私、何か駄目だった?」
「そんなことないわ。ヘンリーはイリスに夢中ってことよ」
麗しい笑みと共に頭を撫でられるが、それはそれでどうなのだろう。
「願わくば、ヘンリーと仲良くしていて。……世界のためにも」
「随分と大袈裟ね」
呆れるイリスを見て微笑むと、カロリーナはもう一度イリスの頭を撫でた。
「やだ、もう。凄いわ」
ベアトリスと一緒に戻ってきたダニエラは、興奮状態でそう言うと飲み物を一気に飲み干す。
「何? どうだったの?」
確かベアトリスが『途中』と言っていた内容を聞いたはずなのだが、凄いと言われても何のことだかわからない。
「ベアトリス、本当にやばいわ。凄い、天才、鬼よ」
「な、何をしたの?」
何だかわからないが、凄いことだけは伝わってきて、気になる。
イリスが食いつくと、ダニエラは悲し気に目を伏せて、イリスの手を握りしめた。
「……駄目。イリスが汚れちゃうから」
「な、何をしたの!」
興味と同時に少しの恐怖が生まれたが、それでもまだ好奇心が勝っているので、気になる。
ダニエラが駄目ならとベアトリスの方を見ると、いつものように優しい笑みが返ってきた。
「嫌ですね。少しお話をしているだけですよ」
「話? 誰と?」
「ルシオ殿下です」
そう言えば、カロリーナが結婚した時に、『理想の軟弱野郎に出会いました』と言っていた。
そのルシオと話をしているというのなら、二人は上手くいっているということだろうか。
「話だけで、アレでしょう? 本当にやばい。ルシオ殿下に同情するわ」
……何だろう。
普通に色恋の話なのかと思ったが、どうもダニエラの反応がおかしい。
「カロリーナは知っているの?」
「んー。まあ、おおよそ」
「えー? 私は?」
友人達の中で自分ひとりだけがよくわからないというのは、何だか仲間外れみたいで寂しい。
不満で頬が膨らんでしまうのも、仕方がないと思う。
「一体、何をしたんだ?」
ヘンリーが尋ねると、カロリーナが何やら耳打ちをする。
すると、どんどんヘンリーの表情が曇っていき、最終的には苦虫をかみつぶしたような顔になっている。
「……イリスは、聞くな」
「えー? ヘンリーまで?」
更なる仲間外れに、イリスの頬はどんどん膨らんでしまう。
「いいか。知らなくてもいいことが、世の中にはある」
「そんなに、おおごとなの?」
釈然としないイリスの頭を、ベアトリスが優しく撫でる。
その微笑みはまさに聖母。
イリスのささくれ立った心も、何だか少し慰められるような気がした。
「皆イリスのようにいい子なら、いいのですが」
「――ということで、ルシオ殿下はじきにイイコになると思うわ」
「う、うん」
ダニエラは満足そうにうなずいているが、結局何があったのかよくわからない。
「何だか刺激を受けたし、俺も虫退治でもしてくるか」
ヘンリーが呟くと、ダニエラの瞳が輝く。
「うわ。ここにもいた、鬼!」
「鬼? 確かにヘンリーは面倒見の鬼だけど」
「うん。イリスはそのままでいてね」
ダニエラはうなずきながら、イリスの頭を撫でる。
……さっきから撫でられてばかりなのだが、一体何なのだろうか。
「じゃあ、イリスを頼む」
「わかったわ」
「頑張ってくださいね」
「やだぁ。そっちも見てみたいー!」
「何? どこかに行くの?」
イリスが首を傾げると、ヘンリーまでもが頭を撫でてくる。
もしかして、今日のイリスの頭には撫でたくなる何かがあるのだろうか。
「ちょっとだけな。三人から離れるなよ」
「う、うん」
イリスの返答を聞くと、ヘンリーはあっという間に人ごみに紛れた。
「……結局、何をしに行ったの?」
「うーん。まあ、戦い、かな」
ダニエラの言葉に、イリスはショックを受ける。
何と、ヘンリーは戦っていたのか。
相手はわからないが、ここはひとつ応援しなければ。
「まずは武器を探さないと!」
肉は攻守に優れた素晴らしい武器なので、きっとヘンリーの助けになるだろう。
そうと決まれば、早速肉を求めて旅立たなければ。
「ああ、ちょっと。ひとりで行っちゃ駄目よ」
イリスの隣に駆け寄るダニエラを見て、ベアトリスが苦笑する。
「ヘンリー君も大変ですね」
「いいのよ。好きでやっているんだから」
「――いってきます!」
腕を掲げて挨拶するイリスと付き添いのダニエラに、年長者二人は笑みと共に手を振り返した。
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