凄い肉が気になります
「カロリーナ!」
夜会の会場で友人の姿を見つけたイリスは、駆け寄るとそのまま抱きついた。
ダニエラに訪問禁止を言い渡されてしばらく経つが、イリスとしては一年くらい離れていたような感覚である。
「ちょっと久しぶりね。元気だった?」
頭を撫でる感触も久しぶりで、何だか嬉しくなってしまう。
「うん。私こそ、新婚さんだってわかっていたのに連日通ってごめんね。でも、たまには遊びに行っていい?」
「ダニエラに聞いたわ。別に遊びに来ていいからね。シーロ様も喜ぶし」
オルティス公爵家への訪問が解禁されて嬉しくなったイリスは、その隣に佇む友人に抱きつく。
「ベアトリスも久しぶり。会いたかったわ」
「私もですよ、イリス。……でも、まだ途中なので、うちに来る時には事前にしっかりと連絡をくださいね」
優しい笑みに幸せな気持ちになるが、何だか謎の単語があった気がする。
「途中?」
首を傾げると、ダニエラが横から手を伸ばしてイリスを引き寄せた。
「……詳しく聞いちゃ駄目よ」
「何で?」
「何でも。ヘンリー君に恨まれたくないし」
ベアトリスの家を訪問する話なのに、何故ヘンリーが出てくるのだろう。
よくわからなくて首を傾げると、ダニエラは微笑みながらイリスの肩を叩く。
「イリスはそのままでいて。私が聞いて来るから!」
そう言うなり、ダニエラはベアトリスと腕を組んでどこかに行ってしまう。
「え? ああ、何かずるい!」
イリスもついて行こうとしたのだが、カロリーナに腕を引かれて止められる。
「やめておきなさい。……それより。イリスはいつも可愛いけれど、今日は特に可愛いわね」
「そう?」
カロリーナの感嘆の声に、自身のドレスを見る。
今日のドレスは、淡いピンク色をベースに、色とりどりの花が咲き乱れるデザインだ。
淡い水色や紫やピンクの薔薇のような花がスカート部分に所狭しと配置された様は、まさにお花畑そのもの。
小ぶりで色が濃いめのピンクとオレンジの花が合間に入ることで、全体がぐっと引き締まって見える。
花が散らされているのはふんだんに重ねられたフリルの上なので、ふわふわとしたシルエットはまさに可愛らしいの一言に尽きる。
髪はゆるく三つ編みにし、その合間にリボンと花を編み込んでいて、耳の横には一際大きな花をあしらって華やかだ。
手袋は白、ブレスレットやネックレスはシンプルに紫系の真珠のものを身に着けている。
残念ポイント的にはゼロどころかマイナスではあるが、今日は久しぶりに友人達と会えるので残念も休憩だ。
何故かダリアの気合がいつにもましていて、それはそれは念入りに支度をされたので、仕上がりは悪くないと思う。
「まるで花の妖精が現れたみたいに可憐よ。……これは大変そうね、ヘンリー?」
カロリーナに声をかけられると、少し離れたところにいたヘンリーがため息をつきながら近付いてきた。
「宮廷学校はほぼ男性だらけでしょう? ヘンリーがいない時のことも考えておいた方がいいわよ。この可愛らしさの上に、イリスなのよ? 飢えた狼の群れに極上肉が自ら飛び込んでいくようなものだわ」
「お肉なら、ちゃんと持っているわよ?」
両手に肉を装備した動作をして見せると、カロリーナは困ったようにうなずく。
「それよりも凄い肉なの」
「凄い肉……!」
なんと、骨付き肉よりも凄い肉があるのか。
となれば、当然攻撃力もすさまじいのだろう。
対抗戦を控えた今、是非とも装備したいところだが……重そうなのが怖い。
「魔法科なら、フラビアは?」
「……本人はいいが、父親とあいつの手前、勝手に認めるわけにもいかないだろう」
「でも、長年……」
「そのあたりは、話し合うしかないな」
よくわからないが、どうやらカロリーナもフラビアのことを知っているらしい。
ますます謎ではあるが、信頼できるというのは本当なのだろう。
「それで、ウリセスはどうなの?」
「相変わらずだ」
「いいの?」
肉を持っているつもりで掲げていたイリスの手を、カロリーナがそっとおろす。
武器がある雰囲気を楽しんでいたのだが、大人しくそれに従った。
「俺から求めるつもりはない。あくまでも本人の意志だろう?」
「まあ、そうだけど」
「……カロリーナは、ウリセス様を知っているの?」
イリスの質問にカロリーナは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに納得したようにうなずく。
「ダニエラに聞いたわ。イリスの推しキャラだったんですって?」
カロリーナは『碧眼の乙女』の四作目をプレイしていないので詳しくはわからないだろうが、推しキャラという定義はしっかりと理解しているはずだ。
イリスがうなずくと、カロリーナはにやりと笑みを浮かべてヘンリーを見た。
「じゃあ、ヘンリーのライバルになりかねないわけねえ」
「別に、そういうことじゃ」
「でも、メイン攻略対象のレイナルドに見向きもせずに一周しかしなかったイリスが、唯一周回したキャラクターでしょう? ……ちなみに、どのあたりが良かったの?」
カロリーナが喋るほどヘンリーの眉間に皺が刻まれている気がするが、ちょっと怖いのであまり直視できない。
「ええと。頑ながウリのウリセス様と言えば。やっぱり真面目な中にたまに見せるポンコツっぷりと、好意を自覚してからの葛藤とツンデレかなあ」
「なるほど。まあ、王道ね。いわゆる騎士キャラ。……ヘンリーの反対だわね」
「そう?」
ヘンリーをキャラクターとして見たことはないが、仮に乙女ゲームの攻略対象だとしたらどんな感じだろう。
何だか、見当もつかない。
「真面目ではあるかもしれないけれど、ポンコツには程遠いし。葛藤は知らないけれど、ツンデレしている暇はないし。……試しに、ツンデレしてみる?」
「何だ、それ」
カロリーナがツンデレの説明をすると、ヘンリーは大人しくそれを聞いている。
姉からツンデレの講義を受ける弟なんて、この世界でもモレノ姉弟くらいのものだろう。
だが説明を聞き終えると、ヘンリーは首を振ってため息をついた。
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(見たいです!)
活動報告で書影、電子書籍、特典情報、試し読みのご紹介をしています。
よろしければ美麗表紙と肉を、お手元に迎えてあげてくださいませ。
m(_ _)m