とっておきの肉をお見舞いします
「俺は……まあ、色々で」
「気にするな、イリス。ただの他人だ」
「そ、そう」
どうやら血縁ではないらしいが、だとすれば何故知っているのだろう。
もしかして、あれこれ分かち合う親友なのかもしれない。
推しの友情を目の前で見学できるとは、ついている。
期待に瞳を輝かせるイリスに気付くことのないウリセスは、じっとヘンリーを見ていた。
「やっぱり、おまえも出るのか」
「対抗戦を申し込んできたのはそっちだろう。他に出る奴がいなければ、承諾した首席として出ざるを得ない」
「……面倒だな」
心底嫌そうにため息をつくウリセスを見ながらのオレンジは、格別だ。
イリスはもぐもぐと口を動かしながら、うっかり弁当に手を出していることに気付いて慌てる。
すると絶妙のタイミングでヘンリーにハンカチを手渡されてしまい、不満を抱えつつもそれで手を拭いた。
「ウリセス様も出るんですよね」
「不本意だが。……次席はいい線いっているが、他はまだまだだ。出ないわけにはいかないだろうな」
「次席って、レイナルドですよね?」
「知って……いるか。学園でも夜会でも騒いでいたしな。元婚約者だったか?」
「違う」
何故かヘンリーが即答するのを見て、ウリセスが苦笑している。
「まあ、何でもいいが。……さっき、イリス嬢は私が勝つと言っていたな。まさか、対抗戦に出るつもりなのか?」
「そのつもりです」
元気よくうなずいたが、何だか反応が芳しくない。
「いや、それはさすがに」
「駄目なんですか? 肉? 肉があればいいですか?」
「いや、肉は関係ない。……肉?」
残念にも肉にも免疫のないウリセスは、肉という単語だけでイリスに残念な眼差しを送ってくれる。
何ともありがたい存在に、あらためて推しは尊いものだと実感した。
「ということは、イリス嬢は研究者じゃないのか」
「一応、魔法使いの方です」
魔法科は魔法・魔道具・魔法薬に専攻が分かれていて、そのうち魔法専攻の魔法使い以外は研究者という位置づけだ。
一部の特例を除けば、魔法科の中で武力を持つのは魔法使いだけということになる。
「でも、それにしたって。……ああ、だからヘンリーが出るのか。だがイリス嬢を止めた方が早くないか?」
「駄目です。私がヘンリーに勝つんです!」
「何故?」
あまりにも素直なその質問に、一瞬自分が間違えたかと思ってしまった。
危ない。
推しの疑問形は危険である。
「そもそも、騎士科の人が変な噂を立てるからです!」
「ああ。黄金の女神の祝福、だっけ?」
「何ですかそれ。更におかしな表現になっているじゃありませんか!」
女神の時点で誰の話だと問い詰めたいのに、祝福とは何事だ。
残念なイリスにキスを贈られるということは、一種の罰ゲーム。
強いて言うのならば、残念な地獄の一歩のはずだ。
「盛り上がっているぞ。今回の勝者はイリス嬢から額にキスを贈られるからな。気合いが違う」
「私は認めていません! 勝手に決めないでください!」
今からでもどうにか撤回したいと訴えるが、ウリセスの表情は曇っている。
「そうは言っても、今更撤回すれば暴動が起きかねない」
無慈悲な一言に、イリスは頬を膨らませた。
「何故ですか。大体、私からキ、キスとか! そんなの喜ぶのは、ヘンリーくらいでしょう?」
「あ、わかっているのか。なら、俺を喜ばせてくれてもいいぞ?」
「嫌よ!」
どさくさに紛れてキスを要求とか、本当に情け容赦ない攻撃である。
「独身連中はもちろんとして。婚約者がいる連中すら、浮足立っている」
「何故ですか! そこは嫌がるところでしょう?」
婚約者がいるのに残念な女にキスされるとか、何ひとつ利点がないではないか。
「……これは、私の残念が足りないってことね。いいわ。当日は全力の残念装備で挑んでやる。見ていなさい、騎士科! 恐怖の罰ゲームに震え上がるといいわ!」
実に悪役令嬢らしく高らかに宣言するイリスに、ウリセスが首を傾げている。
「いや。それだと魔法科が負けてイリス嬢がキスすることになるが」
「それは駄目!」
それもそうだ。
そもそもキスをしたくないのだから、罰ゲームを開催した時点でイリスの負けだった。
「だから、魔法科で頑張ろうな」
ヘンリーに頭を撫でられて、少し心が落ち着く。
「うん。……うん? それだとヘンリーが勝者にならない?」
「それでいいだろう」
さも当然という態度に、イリスは頭を撫でる手を跳ねのけた。
「駄目よ。やっぱり、私が勝つしかないんだわ。こうなったら、とっておきの肉をお見舞いしてやる!」
「ただの食事だな」
ヘンリーが何か呟いたが、拳を掲げるイリスには届かない。
「……何というか。色々もったいない人だな。おまえの婚約者」
「残念と言ってやれ」
意気込むイリスを目を細めて見守るヘンリーに、ウリセスは小さく息を吐く。
「……変わったな、ヘンリー」
「ああ。そうかもしれないな」
※夜に活動報告でご連絡があるかもしれません。
書籍の「残念令嬢」は3/2発売、予約受付中です。
発売まで、あと1週間を切りました‼
まさかの緊急事態宣言中ですが(T_T)
残念パワーではねのけたい!
書影も活動報告でご紹介中。
イリス可愛い、ヘンリー格好いい、肉大きいです!
よろしければ美麗表紙と肉を、お手元に迎えてあげてくださいませ。
m(_ _)m
なろうトップページの書報にも掲載され始めました。
運が良ければ出会えます!
(ちょっと色が暗く見えますが、本物は鮮やかです!)