おまえら少しは控えろよ
対抗戦開催が決定したことで、校内は盛り上がりを見せていた。
正確に言うと、校内の騎士科だけが異常な盛り上がりを見せていた。
昼食を摂るために中庭まで移動したのだが、途中で見かけた騎士科の訓練の様子はそれまでとは別人のようだ。
やたらと声が出ているし、動きも機敏だし……とにかく気合いが入っているのが通りすがりのイリスにも伝わってくるほどだった。
イリスも図書室で勉強しつつ、役に立ちそうな講義を受けては凍結の魔法の練習に励んでいた。
まだ出した氷を消すことはできないが、隙間の凍結の精度は上がってきた気がする。
この調子でいけば、いずれは氷を消せるかもしれない。
そうなれば出し入れ自由な凍結パラダイス。
ダリアに氷を出し過ぎだと怒られることもなくなるだろう。
実に楽しみである。
「……騎士科って、魔法科と交流したくて仕方なかったのね」
今まで何度も申し込んでは却下されていたらしいので、念願の対抗戦なのだろう。
ベンチに座ってサンドイッチを包んだスカーフを取り出すイリスを見て、隣のヘンリーがため息をついた。
「それもあるだろうが、一番の目的は『黄金の女神』だろうよ」
「おかしくない? 私は承諾していないのに!」
「そうは言っても、今更撤回するのは難しそうだぞ。何せ、騎士科は新入生のほとんどが参加するという噂もあるからな」
「嘘? ――あ、ちょっと。いつの間に!」
ヘンリーの手にはイリスのお弁当であるサンドイッチが握られている……というか、既に半分消えている。
「返して、返してったら」
腕を伸ばすが、まったく届かない。
そうこうしているうちに、あっという間に二つのサンドイッチはヘンリーのお腹に消えてしまった。
最近はいつもこうだ。
イリスは頑張って弁当を死守しようとするのだが、ヘンリーに食べられてしまう。
そして、ヘンリーの手作り弁当を食べる羽目になるのだ。
「……もう、作るのやめようかな」
どうせ奪われるのならば、作る意味もない。
空しい戦いをひとつ減らせるのだし、昼食前にさっさと買いに行けばいいのかもしれない。
「ほら、イリス。あーん」
ヘンリーが笑顔で肉団子を差し出してくる。
最初のお弁当に入っていた卵入りを気に入ったイリスのために、毎回この肉団子だけは欠かさず用意しているのだ。
……頼んでいないけれど。
それにしても、お弁当を奪っておきながら更なる攻撃とは、何たる鬼畜の所業だろう。
「いらない!」
ぷい、と顔を背けると、ヘンリーがため息をつくのが聞こえた。
「……そうか。イリスのために作ったんだけどな」
頼んでいないとはいえ、確かに毎回弁当作りをするのは大変だろう。
その手間暇を思うと、少しばかり申し訳なくなる。
「俺ひとりじゃあ、食べきれないな」
そもそもひとりぶんを作ればいいと思う。
だが沈んだ声で言われると、何だかイリスが悪いことをしているみたいだ。
「捨てるしか、ないかな」
せっかくつくったのに捨てるなんて、もったいないし申し訳ない。
イリスは眉間に皺を寄せながら振り返ると、ヘンリーを睨みつけた。
「……ちょっとなら。食べる」
「そうか。じゃあ、あーん」
笑顔のヘンリーが再び肉団子をイリスの前に差し出すが、これはおかしい。
「何でよ。普通に自分で食べるわよ」
「どうせなら、楽しく食べた方がいいだろう?」
「楽しくない!」
「……おまえら、少しは控えろよ」
静かな声に振り返れば、ウリセスがすぐそばまで来ていた。
藍色の髪に水色の瞳というゲームではよく知っているはずの色彩も、こうして実際に見ると新鮮だ。
「ウリセス様、今から昼食ですか? どうぞどうぞ、ここで食べてください」
イリスが立ち上がってベンチを勧めると、ウリセスは明らかに困惑した様子で首を振る。
「いや、それは」
「……空気を読め」
「……じゃあ、せっかくだから」
だが渋い表情のヘンリーを見ると、何故か大人しくベンチに腰を下ろした。
イリスも空いているウリセスの隣に座ろうとするが、ヘンリーの腕につかまり、あっけなく隣に座らされる。
「ありがとうございます。さすがはウリセス様」
二人きりではなくなったので、ヘンリーもさすがに攻撃の手を緩めるだろう。
これで危険はかなり減ったはずだ。
「君はヘンリーの婚約者だろう? ヘンリーには普通に話しているし、敬語を使わなくてもいいよ」
「ええ? ウリセス様なのに? 頑ながウリのウリセス様なのに?」
『碧眼の乙女』のウリセスならば、好感度が相当上がるまで敬語が必須だ。
すべてがゲーム通りではないとはいえ、さすがに驚いたイリスはウリセスを凝視する。
「……君は俺を何だと思っているんだ」
「推しです」
「はあ?」
「いいぞ、遠慮するな。すぐに立ち去れ」
不機嫌を隠すこともなく、ヘンリーは手で払う仕草をしている。
「おまえがそこまで露骨に言うのも珍しいな。……噂通りということか」
「噂?」
「数多の女性の誘いと縁談を蹴散らしていたモレノ侯爵令息が、残念に染まっているって」
「――え? 嘘、やだ。いつの間に?」
まさかの事態にイリスは思わず立ち上がる。
「ヘンリーったら、自ら残念ポイントを稼ぐ気になったのね」
「そんなわけないだろう」
ため息交じりのヘンリーに手を引かれ、再びベンチに腰掛ける。
「いいのよ。私も少しはアドバイスできるわ。まずは、そのパンをボロッボロにこぼしながら食べて」
「嫌だよ。残念ポイントもいらない。……何なんだよ、残念ポイントって」
「命を救うポイントよ」
何をどうやっても死ぬ予定だった『悪役令嬢イリス・アラーナ』を生存に導いた、奇跡のポイントだ。
いつ何があってもいいように、常日頃から蓄えておかねばならない。
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