面倒見の鬼に面倒をみられたようです
「――イリス!」
ヘンリーは駆け寄ってきたかと思うと、自身の上着を脱いでイリスを包み込む。
そのついでに抱きしめられている状態ではあるが、何となくぼうっとしていたイリスは特に何の反応もしなかった。
それが気になったのか、紫の瞳が訝し気にイリスの顔を覗き込む。
「どうした?」
「……別に。何でもないわ」
すると返事を聞いたヘンリーは眉間に皺を寄せてイリスを抱き上げると、椅子に座らせた。
本来なら悲鳴のひとつも上げたいところだが、何だかそんな元気も出ず、されるがままだ。
「わざわざ移動しなくても」
「あのままだと冷える」
そう言うと椅子を一脚引っ張ってきて、イリスの隣に座った。
「これくらい平気よ。熱は出ないわ」
「熱は出なくても、体は冷えるだろう」
「熱が出ないなら問題ないじゃない」
「駄目」
面倒見の鬼は体の冷えを許さない。
イリスが温まろうが冷えようが関係ないだろうに、面倒な性質である。
「それで、何の用?」
「うん? イリス、うちに来たんだろう?」
「あ、うん。巨大どんぐりケーキを貰ったの。それで……」
「一緒に食べようと思った?」
イリスはうなずくと、肩にかけられたヘンリーの上着をぎゅっと握りしめる。
「カロリーナは新婚だから駄目で、ベアトリスは危険だから駄目で、ダニエラは留守だったの」
「俺は四番目かよ。……それで? 何でうちにケーキを置いて行ったんだ?」
苦笑するヘンリーをじっと見て考えるが、すぐにイリスは俯いた。
「……わからない。何となく」
何となく、つまらなくなったのだ。
それと同時に、ケーキを食べたいという気持ちがしぼんでしまった。
すると、大きな手がイリスの頭を優しく撫でる。
顔を上げると、紫色の瞳が優しくイリスを見つめていた。
「ちょっと、頼みがあるんだ」
「何?」
ヘンリーが頼みごとなんて、珍しい。
興味が湧いたイリスが体を向き直すと、ヘンリーはすっと手を引く。
「大きなケーキを貰ったんだけど、食べきれそうにないんだ。一緒に食べてくれないか?」
ヘンリーの言葉に合わせたかのように、ダリアがケーキと紅茶をテーブルに並べ始める。
カットされてはいるが、これは恐らく巨大どんぐりケーキだ。
ダリアを見れば、何やら眉間に皺を寄せながら紅茶を淹れている。
「……まったく。どれだけ氷を出すつもりですか。氷漬けになりたいのですか。さっさと紅茶で体を温めてください」
そう言って差し出された紅茶は、イリスの好きな柑橘の香りの紅茶だった。
「……うん」
イリスはうなずくと、紅茶を口にする。
鼻に抜ける香りと飲み込んだ紅茶の温かさで、何だか少し気持ちが明るくなってきた。
そのままフォークを手にしてケーキを一口食べる。
濃厚なチョコレートが体と心に染みわたるようだった。
「……美味しいわ」
「そうか」
ヘンリーはイリスをじっと見て微笑んでいる。
これは、イリスが一緒にケーキを食べられなくてつまらなかったとわかって、やっているのだろうか。
ダリアが連絡したのか、あるいはヘンリーが自ら来たのか。
何にしても、わざわざイリスのためにケーキを持ってきてくれたのだ。
「面倒見の鬼……」
「何だ?」
返事をする声も優しくて、お腹だけでなく胸までいっぱいになっていく。
「ううん。……ありがとう」
すると、ヘンリーは紫の瞳を細めて微笑んだ。
「どういたしまして。愛しい未来の奥さん」
「騎士科から対抗戦の申し込みが来ているよ」
宮廷学校の校長室に呼び出されたイリスとヘンリーは、魔法科校長であるプラシドに一枚の紙を見せられた。
騎士科から魔法科に対して対抗戦を申し込むという内容のそれには、騎士科代表としてウリセスとレイナルドの名前が記されている。
……レイナルドの字の乱れ具合は若干気になるが、サインされていることには違いない。
「決定権は、各世代の首席と次席にあるんだ。どこかの世代が二人揃って承諾すれば決定。今まで何度も何度も騎士科から申し込まれているんだが、いつの時代も魔法科の承諾が揃わずに開催されていない」
長年開催されていないというのは聞いていたが、どうやら騎士科からの申し込み自体はあったらしい。
ことごとく断られているあたり、他人事ながら少し切ない。
「在学中の他の世代にも聞いてみたが、二人揃った世代はない。残るは新入生だが……どうする?」
「それは、もしも承諾したら新入生だけが参加するということですか?」
紙を返却しながらヘンリーが問うと、プラシドは軽く首を振る。
「いや? 開催が決定すれば、あとはどの世代でも自由に参加していいよ」
ということは、決定だけして出ないという選択肢もあるのか。
それはそれで問題ではあるが。
「それで、どうする?」
「私はいいですよ」
「私もです! ヘンリーをぎゃふんと言わせてみせます!」
拳を掲げるイリスを見て目を細めると、プラシドは小さく咳払いをする。
「……イリスの目的がおかしい気がするが……まあ、承諾ということだね。わかった。手配しよう」
促されて紙にサインをすると、プラシドはその紙を眺めて机にしまった。
「……ところで。騎士科で『対抗戦に勝つと黄金の女神の口づけを賜る』とかいう噂があるようだが。――まさか、イリスのことじゃないよね?」
静かな声と穏やかな笑みなのに、プラシドの背後から冷気を感じるのは何故だろう。
「わ、私は認めていませんから!」
「……ということは、やはりイリスのことなんだね。まあ、確かにイリスは黄金の瞳を持つ女神クラスの可愛らしさではあるが」
プラシドはおかしな納得をすると、その視線をヘンリーに向けた。
「私は娘をそこらの男にくれてやるほど心が広くない。……わかるね? ヘンリー君」
「はい。私もです」
プラシドが橙色の瞳をすっと細めると、辺りに漂っていた冷気が消えた。
「……なら、いいよ」
プラシドとヘンリーは笑っているけれど笑っていない気がする。
口を出すのは危険だと本能で悟ったイリスは、父と婚約者が笑みを交わすのを黙って見ていた。
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