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首を洗って待っていなさい

 嫌がるレイナルドを引きずって男性達が立ち去ると、残ったウリセスが再びため息をついた。

「面倒だな」

「まあ、決まったことだ。諦めろ」


「……わざと、けしかけただろう。その子を、ここに来させたのも計算か?」

「何の話かな?」

 初対面には見えないそのやりとりに、イリスは少しばかり驚いた。


「知り合いなの?」

「一応、同級生だぞ」

「そういえば、そうなるわね。ヘンリーのクラス?」

 うなずくヘンリーを見て、イリスは自身の失態を悔やんだ。



「ああ、もったいなかった。ウリセス様のあれこれを見逃したわ……」


 もちろん、悪役令嬢としての運命を避けるために奮闘していたので、のんきにウリセスウォッチングをしている暇はなかっただろう。


 だが、それとこれとはまた話が別。

 見ることができたかもしれないという悔しさで、イリスの心は切なくなった。


「ウリセス様が珍しく寝坊して靴を履き間違えたところとか、昼食で苦手な野菜をばれないように涙目で飲みこむところとか。……見たかったわ」


「――ちょっと待て。何で君がそんなことを知っているんだ。……大体、姿が違い過ぎないか? 学園では凄い傷を負っていて、もっとふくよかで。目が痛いとか、心が落ち着かないとか噂の、変なドレスを着ていただろう?」

 イリスはウリセスの言葉を聞いて、感動で口元に手を当てた。


「……どうしよう。推しが褒めてくれた」


 まさか、推しキャラに残念を褒めてもらえる日が来るとは。

 ここまで頑張って残念にしていた甲斐があるというものだ。

 感動に打ち震えるイリスを見ながら、ウリセスは眉を顰める。



「ヘンリー、おまえの趣味がわからん。……ただの面食いか?」

「理解してもらわなくても結構だ」

 ヘンリーがばっさりと切り捨てると、ウリセスは更に眉を顰めた。


「大体、何で魔法科に入学しているんだ。暇じゃないくせに」

「愛しい未来の奥さんが魔法科に入るというからな。虫除けが必要だろう?」


「ああ、まあ。その姿ならわからないでもないが。……本当にやるのか。対抗戦」

「乗り気なのは、そっちだろう? ……俺としても、ちょうどいい虫除けの機会だとは思っている」

 ヘンリーはそう言って笑うと、紫の瞳をすっと細めた。


「やっぱり、わざとか。……面倒だな」

 嫌そうに息を吐くウリセスの肩を、ヘンリーが軽く叩く。


「楽しめよ。余裕だろう?」

 笑みを浮かべるヘンリーに対して、ウリセスの表情は硬い。


「……眷属には、ならないぞ」

「なれなんて、言ったことないだろう? 好きにしろよ。――じゃあな」

 ヘンリーは片手を上げてそう言うと、イリスを連れて建物を後にした。




「……ウリセス様と、お友達なの?」

「まあ、そんなところ」

 クラスが同じだと言っていたし、先程までの会話からすると、それなりに親しいのだろう。

 仕方がないとはいえ、本当にもったいないことをした。


「クラスメイトなら、色々なイベントを見ることができたわよね。……あ。でもリリアナさんはレイナルドルートだったから、イベントも起きないのかしら」

 歩きながらブツブツと呟いていると、急にヘンリーが立ち止まった。


「イリスはそんなにウリセスがいいのか?」

「いいと言うか。だって、推しキャラが生きて動いているのよ? ……まあ、正直存在を忘れかけていたけど」


 ヘンリーはふうん、とつまらなそうに相槌を打つと、近くのベンチに腰を下ろす。

 手招きされたイリスがその隣に座ると、人ひとりぶんあった隙間をものともせずに近くに寄ってきた。



「それで? ウリセスの何が見たかったって?」

「一番は、ヒロインを巡って好感度の高い他の攻略対象と勝負するところね。イラストが格好良いの」

「ふうん。それで?」

 興味がなさそうな割に続きを聞きたがるのは、何なのだろう。


「勝ったウリセス様にヒロインが駆け寄って……何だっけ。タオル? 何か渡していたような」

「曖昧だな」

 呆れたように肩をすくめるヘンリーに、イリスは少しばかりムッとする。


「だって、前世のゲームの記憶よ? これでも十分に憶えている方だと思うわ」

 むしろゲーム以外のことをほとんど忘れているあたり、この世界に転生するためだけの前世の記憶なのではないかと勘繰ってしまうほどだ。


「ふうん」

「……どうしたの?」

 ヘンリーのそっけない返答に、少し顔を覗き込む。


「何が?」

「だって、何か。……不機嫌?」


 普段はイリスがどれだけ残念な話をしても、聞いているかどうかは置いておいて、もう少し表情が穏やかだ。

 今は相槌を打っているし、先を促されはするが、どうも不満そうな雰囲気が滲み出ていた。


「そりゃあ、イリスの口から他の男のことばかり聞いてるんだ。格好良いとか言われたら、嬉しくはないな」

「でも、ゲームの話よ?」


 確かにウリセスは推しキャラだが、それはあくまでもゲームのキャラクターとしてだ。

 本物のウリセスに会えて嬉しい気持ちはあるし、推しと同じ容姿と声に感動すらする。

 だが、それと実際の人物に好意を持つかどうかは、少し違うと思うのだが。


「それでも、嫌だな」

「そう」

 突き放すように言われて何だか寂しくなったイリスは、少し俯いた。



「……イリスは、俺が好き?」

「え? 何?」

 突然の話題の変更に、上手く頭がついていかない。


「俺は、イリスが好き」

 しれっと告白され、イリスの頬が段々と熱を持ち始める。


「だ、だから、何なの? ここ、学校よ?」

「知っている」


 学び舎でする会話だとは思えないと訴えたつもりだが、どうもヘンリーはわかっていない気がする。

 そもそもゲームの話だったはずなのに、何故告白されているのだろう。


「ああ。人気の婚約者を持つとつらいなあ。困ったなあ」

「……何なの。その心のこもっていない棒読みの台詞は」


 大体、人気の婚約者と言うのは誰のことだ。

 イリスは騎士科の男性にもいかれた女のお墨付きをもらった、立派に残念な令嬢だ。

 人気だなんて失礼な上に、事実無根である。


「……ということで。対抗戦、頑張ろうな」

「何の関係があるのよ」

 さっきからヘンリーの話はあちこちに飛んでいるが、結局何が言いたいのかわからない。


「うん? だって、勝ったらイリスが額にキスしてくれるんだろう?」

 さも当然と言わんばかりに微笑まれ、イリスは一瞬固まった。


「それも、公衆の面前で」

「え? ちょっと」


「楽しみだなあ」

「待って、待って!」


「ついでに、俺の婚約者だとアピールしておいてくれ。愛しい未来の夫です、って」

 何故かキスに加えて謎の指令まで追加されているが、何にしてもおかしい。



「しないわよ、キスなんて!」

「でも、さっき言っていただろう? 騎士科の連中、盛り上がっていたぞ」


 確かに盛り上がっていたし、何度言っても聞き入れてもらえなかった。

 撤回はかなり困難そうだ……そもそも承諾していないのに、酷い話だが。


「だって、そんなの。じゃあ、ヘンリーはそれでいいの?」

「いいって?」

「私が騎士科の人に、キ、キスしても」


 言い終えてから気付いたが、この質問はかなり恥ずかしい気がする。

 要は『他の男に行ってもいいの?』ということであり、ヘンリーがイリスに惚れている前提で聞いているみたいではないか。

 羞恥心から少し俯くイリスに、苦笑する声が聞こえる。


「馬鹿だな。いいわけないだろう。だから受けて立つし、負けないよ。……イリスを他の男に触れさせると思うか?」

 少し安心して息を吐いたイリスは、すぐに問題に気が付いた。


「待って。でも、ヘンリーが勝ったら、ヘンリーにキスするんでしょう?」

「楽しみだな」


 屈託のない笑みを向けられるが、騙されてはいけない。

 ヘンリーはイリスを救うフリをして、更なる攻撃を仕掛けようとしているのだ。


「嫌よ。駄目よ。……こうなったら、私が勝つ! 私が勝てば問題ないわ! 首を洗って待っていなさい、ヘンリー!」


 びしっと指を突き付けて、ふと思った。

 これもまた、悪役令嬢っぽい台詞だなあ、と。



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[良い点] イリス以外のキャラが面倒見が良くて、好きです。 [一言] イリスのここまで頑な感じは、羞恥心のせいというか…そんなに拒否して逃げてばかりでは、ヘンリーが可哀相だなと毎回思います。ここまで来…
[一言] イリスは思っても口に出しちゃだめなことを垂れ流しちゃって本当にもう残念なんだから 2.5次元感覚なんでしょうけど、しっかりはっきりきっちり双方向なんだからほんとにもう
[一言] >俺としても、ちょうどいい虫除けの機会だとは思っている いわゆる予防的先制攻撃 まあ実際には先に声をかけさせて予防ではなくしてしまったけど さすがモレノの次期当主
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