表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/276

わかってるよ

「――うわあ、綺麗ね」


 中庭は、満開の花が見事だった。

 何という花なのだろう。

 枝に薄桃色の小さな花が沢山ついている様は、日本の桜を思い出させた。


 思えば、最近は『碧眼の乙女』対策に明け暮れていたから、花を見る余裕もなかった。

 虹色パラソルの残念なドレスでも、花の中にいると少しはましに見えるのだから不思議なものだ。

 風に乗って届く甘い香りに、イリスは深呼吸をした。


 何だか色々と衝撃だったけれど、これで断罪イベントからの死亡は回避できたのだろう。

 この一年以上の努力は、無駄ではなかった。



「ヘンリーも、色々ありがとう」

 この面倒見の鬼にも、だいぶ助けられたものだ。

「……そっか。もう、肉を持って歩き回らなくてもいいのね。あれ、意外と重くて手首が辛いのよね」

 しかもイリスは両手に持っていたので、夜会の後半は肉の保持にばかり気を取られる始末だった。

 何となく手首を回していると、左手の指輪が目に入る。



「そうだ、この指輪も返すわ。もう大丈夫だろうし。……というか、どんな加工してあるの? お値段が怖いんだけど」

「返さなくていい」

「……そうよね。やっぱり、使用したからには代金を支払うべきよね。分割でお願いできるかしら」


 特殊な加工の指輪など作ったこともないので、相場がわからない。

 だが、効果を見る限り、決して安いことはないだろう。


「金はいらないから、貰っていてくれ」

「でも」

「――イリス」

「なあに?」

「シーロとカロリーナの妹になる気はあるか?」



 ……また、妹。

 隠し妹キャラの話だろうか。

 それとも。


「……養子になれってこと?」

 モレノ侯爵家の養子になれば、カロリーナの妹になるし、結果的にシーロの妹になる。

 ついでにヘンリーともきょうだいになるわけだが、その場合はイリスは姉になるのだろうか。

 それとも、妹なのか。



「――え? 隠し妹キャラって、私?」

 一瞬驚いたが、それはありえないとすぐに気付く。

 イリス・アラーナ伯爵令嬢は、悪役令嬢だ。

 隠すどころか、最初から大っぴらに揺るぎない悪女なのだ。

 まして、イリスは残念な令嬢を目指していたのだ。

 決して、妹キャラになりたいわけではない。

 

「そうよね。せめて、残念な妹にしてほしいわ」

「何の話をしているんだ」

 ヘンリーが残念な眼差しをイリスに送ってくる。

 当初は多少抵抗があったこの視線も、今やただのご褒美だ。

 人は、残念に慣れるのだ。


「それに、アラーナ家(うち)は一人っ子だから、養子にはいけないわ」

「違う、そうじゃない。……おまえ、そういうところは素で残念だよな」

「何? 褒めてるの?」

 残念令嬢を目指した者として、聞き捨てならない褒め言葉だ。



「俺と結婚すれば、あの二人の義理の妹になるってこと」

「はあ。ヘンリーと結婚すれば。確かに。――ええ?」


 意味がわからずにヘンリーを見ると、彼は跪いてイリスの左手を取った。


 薬指には、紫色の石が光っている。

 同じ紫色の瞳が、イリスを捉えた。




「イリス・アラーナ。俺と結婚してください」




 突然の言葉に、イリスは固まった。




「な、なんで」

 残念を極めんとしていたイリスに、何故そんなことを言うのか。

 残念に慣れすぎて、ヘンリーの思考も残念になってしまったのだろうか。



「カロリーナから面倒を見ろって言われて、最初は仕方なく手伝ったんだ。例の、一年間好きだと言われる役の話は、俺にも利があったしな」


 やっぱり、面倒を見ていたのではないか。

 面倒見が良いわけじゃないとか言っていたが、ヘンリーが面倒見の鬼であることはイリスが身をもって知っている。


「でも、一生懸命なイリスを見ているうちに、だんだん目が離せなくなって。顔に傷の化粧をして、太っているように見せかけて、いかれたドレスを着て、肉を両手に持ってうろつく変な女なのに。……好きになってた」


 これは、褒められているのだろうか。

 けなされているのだろうか。

 一周回って、やっぱりけなされているのだろうか。


「約束の一年が終わっても、イリスを見ていたいし、俺を見てほしい。――俺と、結婚して」



 ヘンリーの真摯な眼差しに、イリスは混乱を深める。

 残念というのは、脳にも影響を与えるのだろうか。

 まさか、カロリーナの弟を残念な人間にしてしまうとは。

 恩を仇で返すとはこのことだ。

 あまりにも申し訳なさ過ぎる。


 とりあえず、ヘンリーに現実を見てもらおう。

 イリスは立派に残念な令嬢になっているのだから、そこにある現実を伝えればわかってくれるだろう。



「で、でも私、手だってボロボロだし」

「頑張った証拠だろ」

「太ってるし」

「気にしてない。それくらいの方が、触り心地が良いし」

「さ、触り!」


 何だか、さらっと凄いことを言われた気がする。

 あと、まったく残念の効果がない。

 まさに、暖簾に腕押し、糠に釘。


 ……そう言えば、糠床に釘を入れると鉄分が摂れるし、茄子の色が良くなるのではなかったか。

 効果がないどころか良い効果が出ている。

 自分は何か間違ったのだろうか。

 イリスは更に混乱した。



「に、肉を持って夜会をうろつくし」

「知ってる」

「ドレスだって、おかしいし」

「確かに」

「残念を目指してた女だし」

「そうだな。だから、きっと嫁の貰い手を探すのは大変だぞ。……俺にしておけよ」


 ヘンリーは立ち上がると、苦笑しながらイリスに語り掛ける。

 その優しい声に、何だか涙がこぼれてきた。



「――やだ」



「何が?」

「ヘンリーといると、涙が出てくる。こんなの、私じゃない」

「……そうか」

 ヘンリーは破顔すると、イリスをそっと抱きしめた。


「だから、やだ」

「うん」


「やだってば」

「わかった」


「わかってない」

「……わかってるよ。涙が出たら、俺が隠してやる。俺がずっとそばにいる。だから、イリスも俺のそばにいて?」



 わけがわからない。


 まだ『碧眼の乙女』のシナリオが続いてるのだろうか。

 これも、天の配剤なのか。


 だとしたら、イリスにできるのは、残念な応戦だけ。

 つまり。



「……両手に肉を持って、そばにいればいいの?」



 ヘンリーは笑うと、イリスの手にそっと口づけを落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「残念令嬢」

「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」

コミカライズ配信サイト・アプリ
ゼロサムオンライン「残念令嬢」
西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

-

「残念令嬢」書籍①巻公式ページ

「残念令嬢」書籍①巻

-

「残念令嬢」書籍②巻公式ページ

「残念令嬢」書籍②巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス①巻

「残念令嬢」コミックス①巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス②巻

「残念令嬢」コミックス②巻

一迅社 西根羽南 深山キリ 青井よる

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 甘酸っぱさが幸せに進化! ヘンリー、器、大きい!
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ