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肉団子の真実



「残念の宝庫 ~残念令嬢短編集~」の、「クレトの検討」「クレトの苦笑」を読んでおくと、より楽しめます。

「あれは……まあ、仲が悪くはないか」

 何やら呟きながら、イリスにフォークを差し出す。

 ここで抵抗しても無駄な気がするし、お腹も空いた。

 フォークを受け取って小さな肉団子のようなものを口に運ぶと、口の中にもうひとつの食感が現れた。


「中に何か入っているの?」

「ああ。小さな卵を肉で包んである」

「へえ。美味しいわね」


 弁当の基本は冷めても美味しいことだが、この肉団子はまさにそれにピッタリだ。

 普通なら肉が硬くなりそうだが、どういう工夫をしてあるのだろう。

 これは活かし方によっては残念にも応用できるかもしれない。


「それは良かった。作った甲斐があるよ」

 二個目の肉団子を頬張ろうとしたイリスは、聞き捨てならない言葉に動きを止めた。



「作ったって。……誰が」

「俺。早起きして、イリスのために作った」


 意味がわからない。

 ここが日本だとしても、男性で手作り肉団子を作る人など珍しいはず。

 それを侯爵令息が、わざわざ早起きをして、手の込んだおかずを作る意味が、まったくわからない。


「……もしかして、面倒見の鬼の気質を活かして宮廷学校で弁当屋を始める気なの?」

「何だそれ? イリスに食べさせたいからに決まっているだろう」


 そう言いながら肉団子を指したイリスのフォークを取り上げ、そのまま肉団子を目の前に差し出してきた。

 これは、いわゆる『あーん』というやつではないか。

 通行人だっているというのに、何という無慈悲な攻撃だ。


 イリスが慌てて首を振ると、ヘンリーはちらりと周囲に視線を向けた。

 ……いや、イリスにわかる動きなのだから、周囲を見ろということだろうか。

 肉団子に警戒しながら辺りを窺うと、通行人以外にも他のベンチや校舎の窓からこちらを見ている人影がわかった。



「な? ここは虫も多いし、予防線はいくら張ってもいい」

「……虫が気になるなら、虫除けのドレスを作る?」


 イリスが見る限りそれほど虫は飛んでいないが、確かに食事を外でするのなら虫が気になる気持ちも理解できる。

 以前に虫を通さない網のドレスを考えたことがあるが、あれを改良したらどうだろう。


「あれは駄目だ。虫寄せになる。……イリスが俺に夢中という様子なら、問題ない」

「何よそれ。問題しかないじゃない」


 文句を言うイリスの口に、肉団子が放り込まれる。

 うっかり油断したせいで、『あーん』を許してしまった。

 思ったような甘々攻撃ではないが、どちらにしても心臓に悪い。


「問題ないよ。――夫婦、だろう?」

「――はひほ(仮よ)!」

 懸命に咀嚼しながら文句を言うイリスを見て、ヘンリーは楽しそうに笑った。




「ダリア! 謀ったわね!」

 帰宅したイリスは弁当の件についてダリアに文句を言おうと声を上げる。

 だが自分の放った言葉を聞いて、ふとあることに気付いた。


「……今、凄く悪役令嬢っぽかったわ。断罪されて悪あがきする時にぴったりの台詞ね」

 ずっと悪役令嬢としての運命に抗うために残念を目指していたが、こうしてみると捨て台詞も似合っている気がする。


「台詞はどうでもいいですが、今後も弁当は作りませんよ」

 自分の悪役としての素質に満足するイリスに、まさかの通告が来た。

「何でよ。大体、お父様のぶんは作っているんでしょう? 少し多めに用意すればいいだけよ?」


「お嬢様の幸せと、未来の主人の意向を鑑みた結果です。厨房の料理人にも言い含めてありますので、直談判しても無駄ですよ」

 手際の良さを余計な方向に発揮したダリアは、まったく動じることなく紅茶の用意をしている。


「私の幸せを思うなら、美味しいお弁当を用意するんじゃないの?」

「僭越ながら申し上げますと、どうせ同じことでございます。ならば、一戦ぶんお嬢様の負担が減る案を採用したまでです」


「全然、わからない!」

「左様ですか。何にしても、作りません」

 頑ななダリアの様子に、イリスもすっかり呆れてしまう。


「――もう、いいわよ! 自分で作るから!」




 翌日、宣言通りにイリスは厨房に立っていた。


 一応、料理人に声をかけてみたが、誰ひとり協力してくれない。

 何故ダリアの指示の方が優先されるのだという文句は多少あったが、言っても仕方がない。

 イリスは気持ちを切り替えて、お弁当作りを開始した。


「ご飯があれば、おにぎりで簡単なんだけど。……まあ、初心者にはサンドイッチかしらね」

 日本のようなサンドイッチ用の薄くスライスされた食パンなどない。

 そこで、イリスは手のひらサイズの小さめのバゲットを取り出すと、切込みを入れた。


「ここに色々挟めば、サンドイッチよね」

 厚めのハムと野菜を挟んだサンドイッチには、マスタードを加えたマヨネーズを入れる。

 これで十分な気もするが、未だ残念作戦は続いている。


 小食な令嬢など笑止千万。

 せめてもうひとつは用意しなければ、残念の名が廃る。

 厨房をウロウロして見つけたドライいちじくとハムとチーズを挟めば、ちょっと大人なデザート風だ。


「……お弁当も残念にした方が良かったかしら。でも、食べられないものを作るのはあれだし……まあ、今後の課題にしよう」

 イリスは出来上がった二つのサンドイッチを紙でくるみ、大きめのスカーフで包んで部屋に戻った。



「これで、お弁当持参だもの。ヘンリーのお弁当を食べなくてもいいわね!」

 やり遂げた達成感からうきうきと出掛ける準備をするイリスを見て、ダリアは何故か残念なものを見る眼差しを送ってくる。


「……墓穴を掘っていることに、気が付いていませんね」

「――え? 何?」

 よく聞こえなかったので問い返すと、それはそれはいい笑顔が返ってきた。


「いいえ。お嬢様は、そのままでいてくださいませ。……楽しいので」




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書影が解禁されたら、活動報告でお伝えします。

よろしければお手元に迎えてあげてください。

m(_ _)m


「竜の番のキノコ姫」の押しキノコ募集は締め切りました。

結果は13日夜の活動報告をご覧ください。

たくさんのキノコをありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 虫よけに弁当を用意する女性は多いかもしれませんが、 自分で彼氏、それも自作するのは珍しそうです。 ヘンリーも結構想像外の行動をするのですね。
[一言] ヘンリーってやることなすこと妙に凝ってる 残念に妙に凝るイリスとは本当にお似合いだわ そして、サンドイッチがおいしそうです。 ああ、サモワールが欲しい。
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