かまってくれない
「まあ、イリスお嬢様、いらっしゃいませ。残念なアクセサリーが順調で、ヒモノビーズの人気がうなぎ登りですよ」
店の奥から現れたミランダが、楽しそうにいくつかのアクセサリーをテーブルに並べる。
イリス考案の魚の干物から簾のようにビーズが垂れ下がるそれは、端にトゲトゲのビーズをつけることで動く度に顔を攻撃する一品だ。
干物の焦げ目までバッチリ再現したので見た目にアレではあるが、これが意外とウケていた。
「安価な設定の平民向けは、既に十分な数を売りましたので、ここらで少し変化が欲しいところですね」
「それなら、干物部分に大根おろしをつけるのはどうかしら。見た目にも朝食感が増していいと思うのよね」
「ダイコンオロシ、ですか?」
どうやらこの世界には大根おろしもないらしい。
イリスが絵を描いて見せると、ミランダとラウルが食いついた。
「この小さな山は、白いのですね。なのに何故、頂上には染みがあるのでしょうか」
「染みじゃなくて、醤油ね。味をつけるのよ」
「味。……なるほど。汚れなき白い山にあえての汚れをつけることで、『人生には苦難があるけれどそれを乗り越えてこその残念がある』というメッセージを伝えるのですね。素晴らしい味です」
ミランダはキラキラと瞳を輝かせているが、本当にどれだけイリスの残念を信じ切っているのだろう。
「そういう味じゃないんだけど……まあ、いいわ。今売っているものにワンポイント装着で済むから、出費も少ないし。平民にも受け入れられやすいと思うの」
「でしたら、他の種類もあると楽しいですね」
ラウルの言葉に、イリスの残念創作魂に火が点く。
「なら、紅葉おろし……はじかみ生姜もいいわね。いっそ、新作はつけ外し可能な構造にして、毎日添えものを変えて楽しんでもらうというのはどうかしら」
再びペンを走らせて紅葉おろしとはじかみ生姜を描くと、ラウルの瞳まで星のように輝き出した。
「このハジカミショウガというのは、不思議な造形ですね。さっそくサンプルを作ります」
「貴族向けのモミジオロシは、宝石を散りばめてもいいですね。――ああ、何て素敵な残念なのでしょう。ラウル、今日から徹夜ですよ!」
「はい、叔母さん!」
何だかすっかり盛り上がってしまったが、イリスにはすることがない。
「ねえ、それじゃあ新しいものも考えてみる?」
「いえ。お店の改装工事が始まるので、新作を準備する時間はまだ……」
「そう……」
確かに、改装工事と並行して通常の業務があるのだろうから、そんな暇はないか。
となると、イリスのお仕事はしばらく休業ということになる。
「……皆、かまってくれないわ」
ぽつりとこぼれた愚痴に、ラウルが不思議そうに目を瞬かせた。
「ヘンリーはどうしました?」
「生きてるわよ」
「いえ、それは知っています」
「……忙しいだろうし、危険だもの」
すると、苦笑したラウルは紅茶のおかわりを注いだ。
「もうすぐクレトが来ます。気晴らしに可愛いワンピースでカフェに行くというのはどうですか?」
思いがけない提案に、イリスの金の瞳が輝く。
それを見て、ラウルは嬉しそうに微笑んだ。
「うわあ。イリスさん、とっても可愛いです!」
店に到着したクレトは、着替えを終えたイリスを見て感嘆の声を上げる。
せっかくだからと着せられたのは、店の新作というワンピースだった。
くすんだ水色の生地には、小さな白い水玉模様が入っていて、スカートの裾に向かって模様が大きくなっている。
真っ白になった裾部分には草花と鳥の絵が入っていて、その下には無地の水色のフリルがたくさん並ぶ。
ウエスト部分の正面と裾のフリルには水玉模様の生地で作られた大きめのリボンが飾られて華やかだ。
対して首周りは水色と白の細かなフリルでシンプルに彩られ、ふわりと広がった袖にも同じフリルが揺れる。
髪は二つに結い上げてしっかりと巻き、頭には白いレースと水色のリボンが可愛らしいヘアバンドをつけた。
膝下丈のスカートの下には真っ白な長い靴下、更に水色のリボンがついた靴を履く。
少し落ち着いた色味ではあるが、そのぶん可愛らしい形のワンピースを着たイリスは、まるで人形のような仕上がりだった。
「今度出す新作なのですが……こんなに可愛らしく着こなせるのは、イリスお嬢様だからこそですね」
満足げに微笑むミランダだが、イリスもさすがに困ってしまう。
「適当なワンピースを貸してくれるって言うから着替えたのに、何で新作なの? 汚したら悪いし、やめよう?」
「いえいえ。こんなにお似合いなのですよ。もったいない」
「でも、入学用にドレスを仕立てたばかりだし」
「アラーナ伯爵は認めてくれますよ。駄目なら、ヘンリーさんにつけておいてもいいのでは?」
クレトの提案に、イリスよりも先にラウルが反応した。
「クレト。ヘンリーにも事情があるんです。肉の女神の負担が増えてしまいます」
「事情? よくわかりませんが、だったら俺からプレゼントしますよ。……ヘンリーさんに、他意はないと伝えてくださいね」
ラウルはモレノ侯爵家困窮疑惑を捨てていないようだし、クレトが何故か助けを求めるような眼差しを送ってくる。
何だか色々面倒になったイリスは、とりあえずうなずいた。
そのままクレトと一緒にカフェに向かい、いつものようにどんぐり型のチョコレートケーキを頼んで待っていると、店長だという男性が挨拶に来た。
そういえば、どんぐり型ケーキの改良について相談したいと言われていた気がする。
偶然とはいえ約束を果たせて良かったと安心するイリスに、店長は深く頭を下げた。
「お嬢様のおかげで、かなりお客様が増えまして。よろしければ、更なる改良のアドバイスをいただきたいのです」
真剣な眼差しの店長に頼まれ、イリスは何だか楽しくなってきた。
「それなら、殻斗はスポンジよりもクッキーとかの硬めの素材にして、取り外せるようにしたらどうかしら。中を空洞にして他のケーキやお菓子を入れても可愛いと思うの。それから、艶の表現は……」
イリスのどんぐりへの熱い思いをすべて受け止めた店長は、満面の笑みでイリスに礼を告げた。
試作品が出来たら連絡すると言われ、楽しみな予定が増えたことにイリスの顔も綻ぶ。
「良かったですね、イリスさん」
「うん。ありがとう、クレト」
嬉しくなってクレトの手を握りしめると、クレトの頬は赤らみ、何故か周囲からは歓声と悲鳴が上がった。
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書影が解禁されたら、活動報告でお伝えします。
よろしければお手元に迎えてあげてください。
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完結した「竜の番のキノコ姫」の推しキノコを募集は、今夜の活動報告までです。
夜の活動報告で本数等を発表します。