推しキャラは観賞用です
「えー? じゃあ、推しキャラが騎士科に入学してたの?」
入学式で衝撃を受けたイリスは、翌日早速ダニエラの家を訪ねていた。
『碧眼の乙女』の四作目をプレイしたことがあるのは、イリスとダニエラだけなので、この興奮を分かち合いたくなったのだ。
「そうなの。遠目だったからハッキリ顔は見ていないけれど、髪の色はゲーム通りの藍色だったわ」
ここは『碧眼の乙女』の世界で、ヒロインのリリアナやメイン攻略対象のレイナルドがいる以上、他の攻略対象がいてもおかしくはない。
「学園にいる時はそれどころじゃなかったけれど、同じ建物にいたのよね。何だかもったいないことをしたわ」
もちろん、気付いていたところで特に変わりはしない。
イリスは残念に精を出していたし、万が一リリアナがルート変更する危険を考えれば、接触するわけにもいかなかっただろう。
だが、遠目にちらりと様子を見る程度の楽しみはあったはずだ。
「そうね。推しが目の前で学園生活を送るなんて、夢のようよね。……自分に害が及ばなければ」
ダニエラは『碧眼の乙女』を四作すべてプレイしているので、当然自身が悪役令嬢を務める三作目のキャラも知っていたはず。
好きなキャラが破滅をもたらすというのも、なかなか切ない話だ。
「まあ、何にしてももう関係ないし。魔法科と騎士科で離れているし。見かけたら観賞するくらいね」
「……ヘンリー君には、言ったの?」
イリスが首を振ると、ダニエラの表情が少し曇る。
「どうせ科が違うから関わらないわ」
「まあ、そうだろうけどさ。……そう言えば、カロリーナのところに入り浸っているんだって? あっちは新婚なんだから、少し控えなさい」
まさかの忠告に、イリスの動きが止まる。
若干引け目はあったものの、本人達の承諾を得て通っていたが、やはり傍から見てよろしくないのか。
「じゃあ、ダニエラのところに行く」
「私も修道院に行ったり、そこそこ多忙よ」
やんわりと断られ、イリスはショックを受ける。
「じゃ、じゃあ、ベアトリスのところに行く」
「ベアトリスは調教中よ。危ないからやめておきなさい」
更なるショックを受けたイリスは、何だか寂しくなってきた。
「私、どこにも行けない……」
「いる時なら、うちでいいけどさ。ヘンリー君のところに行きなさいよ」
「皆、男を作って遊んでくれない……」
「イリスも婚約者がいるじゃない」
傷心のイリスを慰めるように頭を撫で、ダニエラは苦笑した。
「……そういえば、ダニエラは? 縁談が来るって言っていたけど、どうしたの?」
『碧眼の乙女』の冤罪があったとはいえ、その後は修道院に足繁く通う心優しき令嬢として、ダニエラの人気は高い。
容姿も可愛らしいし、家柄も悪くないダニエラには、当然のようにたくさんの縁談が来ているはずだ。
「断っているわ」
「ダニエラも結婚して遊んでくれなくなったら、寂しくて死んじゃう」
想像しただけでも切なくなったイリスは、目に涙を浮かべてダニエラを見つめた。
すると金の瞳を瞬かせ、ダニエラがため息をついた。
「……カロリーナに聞いてはいたけれど。凄い破壊力ね。……それ、ヘンリー君に言ってあげなさい。鼻血出して喜ぶから」
ヘンリーと鼻血というのがまったく結びつかず、イリスは首を傾げた。
「ヘンリーが結婚しても、寂しくないわ」
「いや、そうじゃなくて」
「はっ! 別な人とってこと? いわゆる婚約破棄ね?」
有名なシチュエーションではあるが、まさか自分が経験することになろうとは。
謎の興奮に包まれていると、ダニエラが手と首を同時に振った。
「あー、ないない。それ、本人に言っちゃ駄目よ? 面倒なことになるから。……まあ、私はしばらく結婚はしないわ」
「そうなの?」
イリスとしては、別に結婚してほしいわけではない。
だがコルテス伯爵令嬢という立場上、それが簡単ではないとわかっているので、ダニエラの言葉が意外だった。
「そう。頑張るけどね」
「……それって、好きな人がいるってこと?」
優しい笑みを返す友人を見て、イリスは陰ながら応援しようと心に決めた。
しばらく友人宅に行くのは難しいとなれば、他のことをしよう。
イリスはそのまま仕立て屋に向かった。
「そういえば、残念のアドバイスのお仕事はいいのかしら?」
万が一の婚約解消時に自立できるようにとお仕事を始めたのだが、最近は残念のアドバイスの方はすっかりご無沙汰だ。
だが、イリスの前に紅茶を出しながら、ラウルは困ったように笑った。
「残念のアドバイスという名のお茶会は、少し中止することになります」
「そんなに需要がなかったの? 仕方がないわね」
残念を目指しアドバイスを求める人がいなければ、当然必要がない。
一時は残念ブームなるものが発生していたが、ようやく普通の世の中に戻りつつあるのかもしれない。
少し寂しい気もするが、本来残念というものは市民権を得てもてはやされるものではない。
そう考えれば、好ましい変化とも言えるだろう。
「いえ、逆です。人気が凄すぎて、ちょっと……。一応人数制限をかけたりしたのですが、ヘンリーにバレまして。開催方法の根本的な見直しが必要です」
「ヘンリーは関係なくない?」
これはあくまでもイリスのお仕事であって、ヘンリーは残念に関わっていないのだが。
「いえ。命が惜しいので、色々……」
ラウルは言葉を濁すと、テーブルに焼き菓子を出した。
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