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危うく真の毒使いが生まれるところでした

 いよいよ迎えた試験当日。

 朝から残念ドレスを着るかどうかで、ダリアと揉めに揉めた。


 イリスとしては大事な試験なのだから、残念で迎え撃つのが礼儀だと思い、選りすぐりの残念な恰好で挑むつもりだった。

 だが『試験で残念ということは、落ちますよ』と言うダリアの警告に、泣く泣く普通の格好に落ち着いた。



 一戦交えたことで少し疲れてしまったイリスは、ヘンリーと共に会場に到着すると、さっさと席に座って試験開始を待つ。

 受験番号が離れていたためヘンリーとは別の教室だったので、喋る相手もおらずただ座っているだけだ。


 学校という名前ではあるが、大学や研究機関のようなものであり、同時に騎士団の下部組織の一面も持つと聞いている。

 日本で言えば、公務員採用試験に近い意味合いなのかもしれない。


 もっと真剣で静粛な雰囲気なのだろうと思ったのだが、意外とざわざわと騒がしい。

 皆余裕なのだろうかと首を傾げると、何故か更にざわめいた。

 もしかすると、これは受験者に対するプレッシャーなのだろうか。

 同じ受験者を集中させないことで、自身を有利にする戦法なのかもしれない。


 今日のイリスは残念を封印して真面目に受験をするのだから、敵の術中にはまるわけにはいかない。

 気合を入れて伸びをすると、一層騒がしくなった周囲にかまわず、集中して試験を終えた。


 ヘンリーと合流して帰る際にざわめき集中力低下作戦について報告すると、『牽制が必要だな』と少し怖い顔で呟いていた。

 牽制も何も既に試験は終わっているのだが。


 よくわからないままに数日が過ぎ、アラーナ邸に試験結果を記した手紙が届いた。




「カロリーナ! 合格したわ!」

 試験結果を確認するや否や馬車に飛び乗ってオルティス公爵家にやってきたイリスは、扉を開きながら嬉しい報告をする。


 だが、部屋の中にはオルティス公爵夫妻と共に、茶色の髪の美少年の姿があった。

 条件反射でそのまま扉を閉めようとするが、一歩及ばず。

 あっという間に捕まったイリスは、ヘンリーの横に座らされた。


「まったく。うちに来いって言ってあるだろう」

「だって。ヘンリーしかいないもの」

「俺がいれば十分だろうが」


 何をもって十分というのかはわからないが、イリスとしてはカロリーナもシーロもいて心に優しいオルティス家に来たくなるのは必然だ。

 ヘンリーもそれをわかっていてここにいるのだろうが、それにしたって行動が早い。


「ヘンリーも大変だなあ」

 呑気に笑っているシーロに、持参した包みを渡す。

 今日のお菓子は、アップルパイだ。

 食べやすいようにと一口サイズに切り分けて包装してあるそれを、シーロは早速口に運んでいる。


「うわっ! 酸っぱい……と思ったら後から甘ったるい」

 正直な感想に、イリスの金の瞳が輝く。

「アラーナ領で作られた酸っぱさに定評のある林檎を使ったんです。酸味を全力で押し出して、その後に包みこむような甘さが来るように頑張りました」


「うん。確かに目が覚めるほど酸っぱいのに、その後は甘ったるさに飲み込まれて喉が渇く。……これはまた、刺激的なお菓子だね。紅茶が止まらないよ」

 シーロに褒められて嬉しくなり、口元が綻んだ。



「……また、妙なものを」

「シーロ様。食べるのはいいけれど、全部一気に食べるのは駄目よ。……それで、イリスも合格したのね?」

 カロリーナに釘を刺されたシーロは、たいして気にする様子もなく二つ目のアップルパイに取り掛かる。


「うん。宮廷学校の魔法科、魔法専攻。ヘンリーも合格?」

 不合格になるとも思えなかったが一応聞いてみると、紫色の瞳の少年はうなずいた。

「魔法科、魔道具専攻。合格だよ」


「魔道具?」

 あまり聞き慣れない言葉に首を傾げると、ヘンリーがポケットから何やら取り出した。

 手のひらの上に乗っているのは、赤い石のついた小さなブローチだ。


「魔鉱石を媒介にして魔力を封じ、色々できるものの総称」

「へえ。……でも、ヘンリーがこれを作るの?」


「作った、だな。『モレノの毒』もあるし、普通に魔法を使うわけにはいかないだろう? あとは魔法薬専攻か魔道具専攻。別に薬でも良かったんだが、魔道具の方が都合がいいし……薬だと盛り上がる人がいたからやめておいた」


 確かに『モレノの毒』を使うわけにはいかないのだろうが、それにしても盛り上がる人とは誰のことだろう。


「お母様が、『ヘンリーを物理と精神を極めた、真の毒使いに育てる』って盛り上がっちゃって。色々危ないから、お父様が止めたのよ」

 カロリーナがアップルパイをシーロの手の届かない所に移動させている。

 放って置いたら、本当に全部食べそうな勢いだ。


「俺としてはどっちでも良かったけどな。当主の判断で魔道具専攻になった」

「そ、そうなの」


 真の毒使いとやらが何を指すのかはわからないが、モレノ侯爵家の当主が止めるのだから余程なのだろう。

 何となく怖いので、それ以上聞くのはやめておく。



「今度、入学式があるの。試験の時は無理だったから、今度こそ残念極まりないドレスで挑むわ」

「……普通で良くない?」

「駄目よ。ほとんどが初対面の人だろうし、残念ポイントを一気に稼ぐ絶好の機会だわ。今から楽しみよ」


 やはり初見の人が一番ポイントを落としてくれる気がするし、初心に返ってしっかりと残念にしなければ。

 気合を入れるイリスを見て、アップルパイを頬張るシーロがヘンリーに視線を移す。


「……止めないのかい?」

「止めてどうにかなるものでもないですし……いい目くらましですよ」

「悪い顔だなあ。……まあ、何にしてもイリスは目立つだろうし。しっかり守ってあげなよ」

「もちろんです」

 にこりというよりもニヤリという表現がぴったりの笑みを浮かべ、ヘンリーはうなずいた。


さあ、次話は久しぶりの残念なドレス!


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― 新着の感想 ―
[一言] このアップルパイは実際に作ろうとしたらおっそろしく難易度が高いです。無意識に魔法かなんか使ってないですよね? 学校なのだから制服を作ればいいのに。校長権限で。
[一言] もう断罪されることもないから、 残念ポイントを稼ぐ必要はないのだと教える人はいないというより、皆諦めたのですね。 次回の残念ドレスが楽しみです。
[一言] 断罪の対象外になるための手段としての残念だったのにすっかり目的と入れ替わってしまって まあだからこそのパイオニアの称号だろうけど
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