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最強の夫婦

「……想像以上にアレだったわ。私が悪かった。むしろあんたの節度に感服するわ」

「だろう?」

 何故か意気投合してしまった姉弟に不安を感じてカロリーナの顔を覗き込むと、ゆっくりと手を引かれて隣に座らされた。


「イリス。残念ながらヘンリーが完全に悪というわけにはいかないわ。ある程度はイリスも譲歩しなさい」

「ええ? 何で? 譲歩って何?」

 不安のあまりカロリーナの腕にしがみつくと、イリスと同じ黒髪金目の友人はゆっくりと頭を撫でた。


「ヘンリーの婚約者である以上、スキンシップを完全に断るのは難しいわ。それはわかるでしょう?」

「でも」

 わかっていても、心臓が耐えられるかは別の問題だ。


「イリスには信じられないかもしれないけれど、あれでもヘンリーは相当我慢しているの」

「嘘」


 あれだけイリスに攻撃しておいて、まだ我慢しているなんて信じられない。

 だとすれば、一体ヘンリーの全力の攻撃はどうなってしまうのだ。

 結婚云々の前に、イリスが死んでしまうではないか。


「本当、よく耐えられるよね。イリスを膝に乗せて頭を撫でるだけで済ませるなんて、ちょっとした悟りでも開いてるんじゃない?」

「お褒めに与り、光栄ですよ」


 何故かシーロはヘンリーを肯定し始めている。

 この場にイリスを擁護する人はいないのだと思うと、何だか悲しくなってきた。

 しゅんとうなだれていると、それに気付いたらしいヘンリーが苦笑するのが聞こえた。



「こっちにおいで」

「……触らない?」

「今はね」


 微妙な返答ではあるが、ヘンリーは嘘をつかないだろう。

 とりあえずの安全を確保できたので、渋々カロリーナから離れて向かいのソファーに移動する。

 ヘンリーと一人ぶんの間隔を開けて座ると、今度はシーロとカロリーナが苦笑するのが見えた。


「前にも言ったが、スキンシップはほどほどにする。その代わり、イリスも俺が触れるのに慣れてくれ」

「ほどほどが、ほどほどじゃないのよ。ほどっていないのよ」

「ほどるって何だよ。妙な言葉を生み出すな」

 そういわれても、ほどっていないヘンリーの方が問題ではないか。


「慣れるように頑張るって言っていただろう?」

 確かに言った。

 わかってはいるのだ。


 ヘンリーはただの悪質なセクハラ野郎ではなくて、未来の妻を愛でているだけ。

 触れられるのにも、慣れるべきなのだろうと。


 だが頭ではわかっていても、いざその時になると羞恥心が大勝利を収めてすべてを支配してしまう。

 こんなことならば、羞恥心などないままで良かったのに。


「……一応、頑張ってはいる、のよ」

 切なくなって俯くと、ため息と共にヘンリーの手が優しく頭を撫でた。


「わかってる。少しずつでいいから。……とりあえず、夜は眠ってくれ。おまえの体力じゃもたない」

「……ヘンリー」

「うん?」

 顔を上げて綺麗な紫色の瞳をじっと見つめると、イリスは小さく息を吐いた。



「――触らないって、言った」

「……は? あ、いやまあ。そうだが」


「私はヘンリーから逃げたけど、ヘンリーも嘘をついたからこれで相殺! ……ということで、今後もカロリーナのところに残念な甘々お菓子を届けに行くから」


「――どういう理屈だよ」

 イリスが高らかに宣言すると、残念なものを見る視線が注がれる。


「……駄目?」

 どうにかそういうことで手を打ってもらわないと、イリスは立ち行かない。

 頑張るから、休憩くらいほしいのだ。

 じっと見上げてお願いすると、暫らくしてヘンリーががっくりとうなだれた。


「ああ、もう、わかった。……それでいい」

「やったあ!」


 安心したら、喉が渇いてしまった。

 少しぬるくなった紅茶を口にすると、正面の二人が同時にため息をつくのが見えた。



「いやあ、何というか……モレノ最強とまで呼ばれるヘンリーも、形無しだね」

「これを意識してできるようになれば、イリスが最強になるんだけど。……まあ、既にある意味で最強だわ」

 何故か二人が最強論を語り始めたが、イリスにはよくわからない。


「ヘンリーって、モレノ最強なの?」

 イリスが首を傾げると、カロリーナとシーロの動きが止まった。

「……あ。気付いていないんだ」

 シーロはそう言うとクッキーに手を伸ばし、カロリーナにその手を叩き落とされた。


「ヘンリーの剣の腕がおかしいのは、私にもわかるわ。でも、そもそも最強って何を基準に決まるの?」

「おかしいって……」

「おかしいというか、いかれているよね」

 ヘンリーの言葉を遮ると、シーロは隙をついてクッキーを口に放り込む。


 本当にどれだけ好きなのだろう。

 これは次の菓子も頑張らなければいけない。

 苦々しい顔をでそれを見ていたカロリーナが、軽く咳払いをした。



「剣の腕で言うなら、ヘンリーは最強でいいんじゃないかしら。いかれっぷりが留まるところを知らないし」

 姉からの評価が絶賛というか散々というか。

 だが、ヘンリーに気にする様子はない。


「『モレノの毒』に関しては、私は詳しくわからないけれど。でも、ニコラスに言わせると破格らしいから、やっぱり最強かしら」

「それは言い過ぎだろう。さすがに熟練のいやらしい『毒』使いには及ばないぞ」


『モレノの毒』の継承者は四人。

 ヘンリーの他には祖父のロベルト、再従兄(はとこ)のニコラスと従妹のオリビア。


 そのうちオリビアは断トツで力が弱いと言われていたし、ヘンリーを破格と言うからにはニコラスも違うのだろう。

 となれば、該当するのはひとりだ。


「ロベルト様って、そんなに凄いの?」

「凄いというか……年季の違いだな。単純な出力なら俺が上かもしれないが、扱いに関してはじいさんが一番じゃないか?」

 なるほど、まさに熟練の職人ということか。


「それに、剣だって上には上がいるぞ」

「そうなの?」

 にわかには信じられずにカロリーナを見ると、複雑そうな顔でうなずいた。


「まあ、ゼロとは言わないわ。お祖父様みたいに熟練の技という点とかね。……ただ、ごく一握りよ」

「何にしても、そこそこいかれているのね」

「……嫌な結論だな」

 納得するイリスに対して、ヘンリーは若干不満そうだ。



「このぶんだと、ヘンリーとイリスは歴代最強のモレノ夫妻になりそうだね」

 いつの間にかすべてのクッキーを食べ終えていたシーロが、楽しそうに笑う。

 かなりの量があったはずなのに、とんでもない食欲である。


「私は残念を目指すんだけど」


 最強だなんて、残念とは方向性が違いすぎる。

 世にも残念な令嬢がイリスの目標なのだから、結婚したとしても最終形態は残念な貴婦人のはずだ。

 最強なんてものとは、縁がない。

 だが、カロリーナは何故かシーロの言葉に深くうなずいた。


「そうね。……最強の残念な夫婦になるんじゃない?」

 そう言って、オルティス夫妻は楽しそうに笑った。


本日は2/9肉の日!

ということで、夜の活動報告でイリスのアバターを公開予定です。


書籍の「残念令嬢」は3/2発売、予約受付中です!

書影が解禁されたら、活動報告でお伝えします。

よろしければお手元に迎えてあげてください。

m(_ _)m


完結した「竜の番のキノコ姫」の推しキノコを募集中です。

詳しくは活動報告をご覧ください。



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