未来の妹
「さて」
シーロは打って変わって冷たい瞳でクララを見据えた。
「クララ・アコスタ侯爵令嬢。君の悪行は既に明らかになっている」
対してクララは、熱を帯びた視線をシーロに送り続けている。
「ベアトリス・バルレート公爵令嬢に無実の罪を着せて婚約破棄させ、アベル第四王子との婚約を手中に収める。カロリーナ・モレノ侯爵令嬢にも無実の罪を着せ、名誉を貶める。ダニエラ・コルテス伯爵令嬢にも同じく。修道院に入らざるを得なくした。そして、イリス・アラーナ伯爵令嬢の命を狙った。」
友人達の被害を正確に把握していることに、イリスは驚いた。
だが、ヘンリーを見れば特に驚く様子もなく話を聞いている。
もしかして、ヘンリーが初めに言っていたやりたいことというのは、カロリーナの冤罪を晴らすための調査だったのかもしれない。
それならば、アベルの依頼を断ったのに、クララを調べた説明がつく。
面倒見の鬼は、ここでもその威力を遺憾なく発揮しているようだ。
「……これだけの悪行、隠せるとでも思ったのか?」
「あなたに会うためですから、何でもします。私の運命の人ですから。会いたかった……!」
抱きつこうと駆け寄るクララに、シーロは剣の切っ先を突き付けた。
「気持ちの悪い事を言うな。俺には、既に心に決めた人がいる。……まあ、君のおかげで出会えたのだから、少しは感謝するけどね」
「心にって、どういう……」
クララは震えながらシーロに尋ねる。
「カロリーナが隣国に逃げたのは君のせいなんだろう? おかげで、俺はカロリーナと出会えた。運命の人、というやつだね」
「――そんな、馬鹿な!」
「連れていけ」
シーロの命で動いた兵士が、わめくクララを連れ出すと、辺りは急に静かになった。
突然の展開に、イリスは唖然として動けない。
「……カロリーナに、君の手助けをしてほしいと頼まれていたんだ」
「カロリーナに?」
シーロはうなずく。
「彼女はこの国で目立つし、悪評がかえって足手まといになりかねない。侯爵家として助けられることはヘンリーに任せるから、イリスの望む剣の手ほどきをしてやってほしいとね。……信頼できる人間じゃないと、イリスのそばには近付けたくないって」
そうだったのか。
カロリーナの優しさに、胸の奥が温かくなる。
なんて良い友達に恵まれたのだろう。
「……あれ、でも今、運命の人とか何とか」
「ああ、俺とカロリーナは恋人同士だ。近々婚約する」
「ええ!」
「はあ?」
イリスだけでなく、ヘンリーまでも驚きの声をあげる。
どうやら、ヘンリーも姉と王子の恋までは知らなかったらしい。
「じゃ、じゃあ、やっぱりこれは返すわ!」
イリスは慌てて『碧眼の首飾り』を外すと、シーロに手渡す。
シーロの攻略の証なのだから、恋人のカロリーナが持つべきだろう。
いや、実際は攻略も何もないのだが、少なくとも大切なものをイリスが持ってはいけないと思う。
すると、シーロは苦笑してイリスの首に『碧眼の首飾り』をつける。
「いいよ。あげるよ」
「でも」
「カロリーナは魔力の波長が合わなくてつけられないしね。それに、未来の妹に使ってもらえれば、カロリーナも喜ぶよ」
「未来の妹?」
「シーロ殿下」
ヘンリーが何かを止めるように、声をあげる。
隠し妹キャラが、存在するということだろうか。
この場合、誰の妹なのだろう。
やはりシーロか。
というか、今から妹キャラが出てきてもどうしようもないと思うのだが。
イリスは首を傾げる。
「あれ、まだ何も言っていないの? あんな、自分の瞳の色の石をはめた指輪を贈っておいて?」
「シーロ殿下!」
シーロは呆れたと言わんばかりに首を振った。
指輪というのは、ヘンリーがくれた指輪のことだろうか。
確かに、指輪にはヘンリーの瞳と同じ紫色の石がついている。
だが、『言っていない』というのは何だろう。
やはり、代金の請求をされるのだろうか。
魔法使用時の効果からして、高価であることは間違いない。
貧乏というわけではないが、侯爵家と比べればアラーナ家は財政面で劣るだろう。
果たして、払える額なのだろうか。
「……ヘンリー、せめて分割払いでお願い」
「何の話だ」
訝しがるヘンリーと真剣なイリスを見て、シーロが苦笑する。
「ここの後始末は俺に任せて。イリスはヘンリーと中庭に行って、花でも見てきなさい」
「でも」
周囲の人間は逃げたが、舞踏会の参加者すべてが会場を出たわけではないだろう。
もう危険がないことを伝えなければ、無用な恐怖を与え続けてしまう。
シナリオ通りだとしても騒ぎは起きただろうが、舞踏会を駄目にしてしまったのも申し訳ない。
それに、クララが連れてきた男達の足元は未だ氷漬けで、寒そうだ。
非常時だったとはいえイリスが原因なのだから、氷を取り除く手伝いくらいはするべきだと思うのだが。
「いいから行きなさい。これは王子としての命令だよ、イリス」
「……はい」
命令という強い言葉を使う割に、シーロはウインクまでして、機嫌が良さそうだ。
「行くぞ、イリス」
よくわからないが、行けと言われたのだから、行くしかない。
イリスはヘンリーに手を引かれ、舞踏会の会場を後にした。