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しっかりと伝えないと

「全部、解けたのか?」

 イリスが不満そうにうなずくと、隣に座ったヘンリーは気にすることもなくノートを持っていく。

 少し長めの前髪から覗く紫色の瞳は素早くそれを確認すると、うなずいた。


「うん、全部正解」

 ノートを戻すと同時に、イリスの頭を優しく撫でる。

 どこからどう見ても、試験勉強中の二人だが……何だかおかしい。



「……ねえ。何でヘンリーがうちにいるの?」

 ここはアラーナ邸の一室だ。

 宮廷学校の試験に向けて勉強しようとしたのにヘンリーがやって来て、何故か一緒に勉強する形になっている。


 それも一日だけかと思ったのに、暇があればヘンリーはやって来る。

 しまいにはイリスが解いた問題を添削し始めたのだが、何だか釈然としない。


「何でって。愛しい未来の奥さんと一緒に過ごしたいのは当然だろう?」

 しかも、平然と攻撃してくる。

 もはや勉強しに来ているのか、攻撃しに来ているのか、わからない。


「ヘンリー、暇なの?」

「そうでもない」


「……だったら、無理に来なくてもいいのに」

「だから。イリスに会いに来てるんだよ」


「ひとりでも、ちゃんと勉強するわよ」

 もしかして、イリスがさぼるかもしれないからと見張りに来ているのかもしれない。

 ふと思いついた可能性を口にすると、ヘンリーは苦笑した。


「別に、そんなこと疑っていない。それに、既に筆記問題はほとんど完璧だ。イリスがこんなにできるとは思わなかった」

「残念な期待に沿えなくて申し訳ないけれど、これでも一応悪役令嬢だもの」


 ハイスペックが基本の悪役令嬢たるもの、筆記試験に落ちるような無様な真似はしない。

 ……まあ、学園では全力で無様な方向に進んでいたが。

 今回は目的があって入学したいのだから、手を抜くわけにはいかないのだ。


「違うだろう。自動的に答えが出るわけじゃあるまいし。イリスが頑張ったからだよ」

 そう言うと、再びヘンリーは頭を撫でる。

 もはや攻撃を超えて子ども扱いされている気さえするが、そんなに嫌ではないのだから困ってしまう。



「ところで、何でヘンリーは回答も見ずに添削しているわけ?」

「うん? だって見るまでもないだろう」

「……これも、一通りの範疇?」

「そんなところ」


 モレノ侯爵家の跡継ぎは、『大抵のことは一通りできるように仕込まれている』と言っていた。

 だがしかし、大抵の範囲がおかしいし、一通りのクオリティもおかしい。

 姉であるカロリーナに聞いてみたところ、おかしいのはモレノと言うよりもヘンリー個人らしいが、今日も順調におかしいようだ。


「回答すら必要ないなら、もう勉強しなくていいじゃない。わざわざ来なくていいわよ」

「だから、イリスに会いに来ているんだってば。頑張るイリスを見るのも、楽しいし」

「楽しいって何よ」


 ひとを玩具か何かと勘違いしているのではなかろうか。

 イリスが文句を言おうとヘンリーの方を向くと、紫色の瞳は楽し気に細められている。



「ああ――早く、結婚したいなあ」



 ぽろりとこぼれた言葉に、出かかっていた文句があっという間に蒸発し、代わりに頬が熱くなっていく。


「な、何を言い出すの」

「だって、結婚したら毎日イリスと一緒にいられるだろう? イリス見放題で触り放題。最高だな」

「触り放題って何よ。そんな制度はないわよ」

 うっとりと呟くヘンリーに指摘するが、軽く聞き流される。


「カロリーナと時期が被らなけりゃ、もう少し早くできたのに……」

 ヘンリーの姉でありイリスの友人でもあるカロリーナは、先日結婚したばかりだ。

 だが、それとこれと何の関係があるのだろう。

 首を傾げるイリスに気付いたヘンリーは、にこりと笑みを浮かべる。


「直系のモレノの結婚式では、色々手順や必要なものがあるんだ。その準備が、カロリーナの方を優先されたからな。……まあ、あっちが先に婚約しているから仕方ないんだが」


 ヘンリーはそう言うと、紅茶を一口飲む。

 紅茶を淹れても何故か一流な侯爵令息は、当然のごとくその所作も美しかった。


「でも、ようやく俺達の準備も整い出した。もう少ししたら、婚儀の日程も決まるよ」

「……別に、急がなくてもいいわよ。数年くらい延びてもかまわないし」


 むしろ、対ヘンリーのリハビリ中なので、延びてくれた方がありがたいとさえ言えた。

 正直にそう伝えると、ヘンリーの眉間にどんどんと皺が寄り始める。


「数年……?」

 その不機嫌な声に、イリスは自身の失言に気付いた。



「あ! ダリアに紅茶のおかわり頼みに行ってくる!」

 椅子を立って逃亡を図るイリスを素早く捕まえて座らせると、ヘンリーはにこりと微笑んだ。


「……へえ。イリスは俺と結婚するのが数年後でもかまわないのか。そうか」

 笑っているのに、笑っていない。

 何だか怖くなって椅子から立とうとするが、ヘンリーに手を握られて動くに動けない。


「いや、かまわないというか。そんなに急がなくても」

「既に十分待った。カロリーナの順番を待っただけ、自分が偉いとさえ思う」

 ヘンリーはそう言うと、空いている手でイリスの頬を滑るように撫でた。


「ひゃああ!」

 イリスが悲鳴と共に体を引こうとすると、腰に手を回されて引き寄せられる。

 気が付けばヘンリーの膝の上に乗せられていたイリスは必死に暴れるが、抱える手はまったく緩まない。


「放して! 放して!」

「どうやら俺ばかりが楽しみにしているようだから、この気持ちをしっかりと伝えないといけない。――なあ? 愛しい未来の奥さん?」


 紫色の瞳に見つめられ、イリスは生まれたての小鹿のように震えた。



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