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番外編 ヘンリーの善処

「イリスの羞恥心、戻ったから」

 姉の突然の言葉に、ヘンリーは何を言われたのかよくわからず、返答に詰まる。



「知っているでしょう? 『碧眼の乙女』の記憶の代償。イリスの羞恥心とそれにまつわる知識だけど……戻ったから」

「戻った、って。何でわかるんだ?」

 不思議になって尋ねてみると、カロリーナはため息をついた。


「イリスだけあまりにも回復が遅いから、何か障害になっているものがあるのかもしれないと思って。ベアトリスに魔力を整えてもらったの」

「バルレート公爵令嬢か」


 バルレート公爵家は王家に特に近しい血筋の家柄で、それゆえに魔力も強い。

 おかげで弊害もあるわけだが、確かにベアトリス・バルレートならばそれくらいできてもおかしくない。


「それで、戻ったのか」

「ええ。……やっぱり、何か魔力の干渉があったんだと思うの」

「……『モレノの毒』か?」


 ヘンリーは一度だけ、イリスの目の前で『モレノの毒』を使ったことがある。

 あれはシナリオとやらが終わった後だが、強い魔力の干渉となると可能性はある。

 それに、オリビアに直接『毒』を盛られている。

 あれも、影響があっておかしくない。


「それもないとは言わないけれど。シナリオ内で回復していないんだから、他にも理由はあるんだと思うわ。……それで、ヘンリーにお願いなんだけど」

「何だ?」


「イリスのことだから、きっと暫く寝込むわ。でも、会いに行かないで。今、あの子の羞恥心を引き出すのは、あんただろうから。少し休ませてあげて」

 それは、ヘンリーのことを意識してくれるということだろうか。

 羞恥心を取り戻したイリスの様子を知りたいという気持ちはあるが、決して無理をさせたくはない。


「わかった」

「しばらくは、攻撃とやらも控えめにね」

「善処する」


 今後一切会うなと言われれば無理な話だが、少し休ませて、控えめな接触くらいなら問題ない。

 イリスのためならば、それくらいの我慢はできた。




 泉と花畑を見るためにイリスと馬車に乗った時も、ヘンリーはちゃんと向かいの席に座った。

 本当ならば隣に座りたいし、もっと触れていたい。

 だが、ある意味精神的病み上がり状態のイリスに無理は禁物だと自分に言い聞かせ、自制する。


 何やらイリスはこちらを警戒するような素振りは見えるが、とりあえずは大人しくしている。

 こうしていると羞恥心を取り戻したのかどうかわからないが、確認するわけにもいかない。

 今日はあくまでも気分転換であり、イリスに綺麗な景色を楽しんでもらうことが目的なのだから、それ以外は気にしないでおこう。



 そう思っていたのに、突然の落雷と嵐により、泉の家で雨宿りすることになった。

 それも、イリスと二人で。


 天候からして、ここで夜を明かすことは確定だ。

 愛しい婚約者と二人で過ごす夜と言えば響きはいいが、現実にはそれどころではない。

 ヘンリーの上着を被せて急いで避難したとはいえ、イリスの髪もワンピースも濡れている。

 このままでは貧弱な体力しかないイリスは、発熱一直線になってしまう。


 ヘンリーはタオルを取り出してイリスに渡すと、暖炉に火を入れ、タオルと着替えになりそうなワンピースを用意し、濡れたワンピースを乾かすためのロープを張った。

 イリスが着替えている間に湯を沸かして紅茶を淹れ、置いてあった菓子を用意すると、扉を開けて外に出る。


 泉の家は祖父のロベルトがよく滞在するので比較的手入れがされているとはいえ、食料は乾物しかない。

 馬車の中には持って来た軽食があるので、それを取りに行こうと思ったのだ。

 どうせ既に濡れているし、多少濡れたからといってヘンリーには問題ない。

 暴風雨の中バスケットを持って泉の家に戻ると、紅茶を飲んでいたイリスが立ち上がった。



「――ヘンリー、大丈夫?」

 イリスは慌てて駆け寄ってくるが、全身ずぶ濡れなのであまり近くに来て濡れてしまうのは困る。


「イリス、着替えたのか。寒くないか?」

 用意したワンピースを着て、肩にタオルをかけているが、顔色は悪くない。

 紅茶を飲んでいたようだし、それほど冷えずに済んだのならば良かった。


「私よりも自分のことを見なさいよ。ずぶ濡れじゃない」

 イリスは肩にかけていたタオルを取ると、ヘンリーの顔を拭く。

「ヘンリーこそ、着替えないと」

 一生懸命に拭くイリスに心が温まる思いをしていたが、そんな気分も目の前の光景で一気に吹き飛んだ。


「――イリス」

 慌てて名を呼ぶが、本人は気付いていない。


「頭は届かないの。自分で拭いてちょうだい」

「いや、俺よりもイリスが」

 どうしようもないので、とりあえず顔を背ける。


「私はもう拭いたし着替えたわ。ヘンリーの方が大変じゃない」

「そうじゃなくて、服が」

「服?」


 何を言われたのかわからないらしいイリスが、自身の体に視線を落とす。

 ワンピースのゆとりがありすぎる首周りからは、肩ばかりか下着までも覗いている。

 身長差と密着具合のせいで、ヘンリーは豊かな谷間を目にする羽目になった。


「わ!」

 イリスは慌ててワンピースの首周りを手繰り寄せると同時に、ヘンリーから離れる。

 嬉しいハプニングに口元が緩むのを隠すために、タオルで髪を軽く拭いた。


「……お、大きかったみたいだな。それ」

「う、うん」


 ぎこちなくうなずくイリスを座らせると、そのまま首周りをタックを入れて縫う。

 眼福ではあるが、同時に凶悪な目の毒だ。

 急いで封じなければ、色々危険である。

 途中でイリスが悲鳴に似た妙な声を出したが、ヘンリーだって叫びたいくらいだ。


 その後ヘンリーも着替え、バスケットの中身と備蓄されていた食物で食事をとると、食器を洗う。

 イリスは自分が片付けると訴えたが、台所は寒いので体が冷えては困る。

 読書でもするよう伝えて、台所から追い出した。

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