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番外編 カロリーナの是正

「おはよう、イリス。さあ、行くわよ」

 朝一番にアラーナ邸を訪ねたカロリーナは、イリスを馬車に押し込むとバルレート公爵家に向かった。


 先日、『ヘンリー除け』なる謎のコンセプトのクッキーを持参してきたイリスだが、ヘンリーとの接し方があまりにもおかしい。

 元が残念なイリスなのだから、いちゃいちゃしろとは決して言わない。

 だが、婚約者を除けるためにクッキーを作り、それが効かないと物理的な障害物を必要とするなんて、大問題だ。


 しかも、恥ずかしいと照れているのならまだしも、情緒不安定で泣く始末。

 これは、放って置くわけにはいかない。


「他ならぬイリスのためだからね」

「ありがとう、カロリーナ」

「いいのよ。私も結婚したらモレノの屋敷を出るし。いくら何でも回復が遅いから、多少の荒療治も辞さないわ」

「……うん?」


 このままでは、こじれたイリスはヘンリー自体を避けかねない。

 そうなればヘンリーが暴走しかねず、イリスどころか世界の危機だ。

 自身の重要性をさっぱり理解していないイリスを、どうにかしなければならない。

 不安そうにこちらを見る友人に、カロリーナは笑顔を返した。




「『碧眼の乙女』の記憶を取り戻した代償の話は、もう知っているわね? それで、代償にしたものが回復したわけだけど。皆、おおよそシナリオの範囲内で回復しているわ」


 カロリーナの場合は隣国に逃避している間だったし、他の二人も似たようなものだった。

 だがイリスは四作目のシナリオどころか、ファンディスクの頃にやっと回復し始めたし、未だに完璧とは言えない有様だ。


「私だけ、遅いの?」

「そう。それでも少しずつは回復して成長は見られるからいいか、と思っていたんだけど。……ちょっと聞いてくれる」


 そう言うと、カロリーナは先日のヘンリー除けクッキーの件を説明する。

 始めは普通に聞いていたのだが、ベアトリスは段々と悲し気に目を伏せ、ダニエラは堪えきれないという様子で笑い始めた。



「ヘンリー君との接触自体を、避けているわけではないのですね?」

「たぶん、会うこと自体は問題ないのよ。この間も私の所に遊びに来たついでに、ヘンリーの所にケーキをおすそ分けに行ってたし」

 笑いの止まらないダニエラのお腹に一撃を入れつつ、話を続ける。


「イリスは、ヘンリー君にケーキをわけてあげたかったのですね」

「だって。ロールケーキだったから、好きかと思って」

「あいつ、ロールケーキが好きだったの?」

 初めて聞く情報に、カロリーナは首を傾げる。


「……いえ。確か、特にケーキが好きなわけではないって、言っていたわ」

「じゃあ、何でロールケーキが好きだと思ったの?」

「モレノの領地に行った時に……魔法を使って冷えたから毛布でぐるぐる巻きにされて」


「ぐるぐる巻き」

 おかしな言葉にダニエラが食いついているが、イリスは気にせず続ける。


「ちょっと怪我したのを手当てしてもらったんだけど、その時に目の毒だって言われて」

「目の毒」

 今度はベアトリスが復唱し、次いでダニエラと顔を見合わせている。


「その後、使用人の女性が目の毒は『見ると害になる』以外にも『見ると欲しくなるもの』って意味があると教えてくれて。だから、ロールケーキが好きなのかなって」

「……『だから』という接続詞が前後を接続していないんだけど。どういう意味?」


「包帯をぐるぐる巻きにして、毛布でもぐるぐる巻きにされたし。ヘンリーはぐるぐる巻いているのが好きなのかと思ったの」

 何故そうなるのか。


 使用人の女性からヒント……というか答えを既に聞いているというのに、何故そうなるのか。

 イリスが代償に失ったのは羞恥心だが、どうもそれに付随した知識も失われている。

 元々十分に鈍感で残念だったというのに、何て面倒くさいことになっているのだ。



「……そう言えば、この間はイリスとヘンリーの誕生日だったでしょう? どう過ごしたの?」

「花束を貰ったわ。でも、ヘンリーの誕生日を知ったのが前日で、プレゼントの用意が間に合わなくて。……だから、お手伝い券にしたんだけど、それも結局色々で。紅茶を淹れるのと変な顔でいいって言われたわ」

「……何それ」


 カロリーナは眉間に皺を寄せると、渋面の二人と顔を見合わせ、ため息をついた。

 話を聞いてみると、イリスはお手伝い券をプレゼントしたらしい。

 ただ、こちらの世界にはないそれをわかりやすくするために、侍女のアドバイスで文面を変えたというのだ。


 ――『イリス・アラーナ命令権』に。


 まさかの事態に、ベアトリスのティーカップが淑女らしからぬ音を立ててソーサーに着地した。

 それを渡されたヘンリーが攻撃的になり、撤回しようと飛び跳ねるイリスを見て、その顔でいいと言われたのだという。


 もう、何と答えたらいいのかわからない。

 カロリーナ達三人は、目を細めすぎて既に瞼を閉じていると言ってもいい状況だ。

 暫しの沈黙の後、三人は一斉にため息をついた。



「……ヘンリー君、不憫」

「思った以上に、ヘンリー君は耐えているのですね」

「だいぶ抑制しなくなったと思っていたけど。……これじゃあ、仕方ないわね」

 それぞれに呟くと、再びため息をついている。


『イリス・アラーナ命令権』とはつまり、イリスに命令する権利だ。

 それをプレゼントするということは、ヘンリーにその権利を与えるということで。

 端的に言ってしまえば、『あなたの好きにして』と同義である。


 もちろん、イリスにそんな意志は微塵もないことくらい、ヘンリーにだってわかっているだろう。

 だからこそ、指摘したうえで使用しないことにしたのだ。

 生殺しとは、こういうことではないのだろうか。


 これは、予想以上に変な方向にこじれている。

 早期の是正が必要だろう。

 カロリーナが視線を送ると、ベアトリスが神妙な顔でうなずいた。


「な、何? どうしたの?」

 ベアトリスは立ち上がると、困惑するイリスの手を握って見つめる。

「いいですか? 目の毒の『見ると欲しくなるもの』は、イリスのことです」


「……え?」

「イリスという存在が欲しいのです。簡単に言えば……女性として」

 金の瞳がこぼれそうなほど目を瞠ると、イリスは頭を抱えてうずくまった。



「……戻った、と思う」

 俯いたまま絞り出された言葉に、三人は息を呑んだ。


「平安貴族なら」

「え?」

 ようやく顔を上げたイリスに、三人の視線が集まる。


「御簾越しの対面だし。通い婚というのは、駄目かしら……」

 泣き笑いのような状況でイリスが提案すると、目を丸くした三人は声を揃えた。


「――駄目」


 当然の答えを返すと、イリスの目に涙が浮かぶ。

 羞恥心とそれにまつわる知識を取り戻せたとしても、元々の鈍感と残念が消えるわけではない。

 結局のところは、イリスが少しずつ成長していくしかないのだ。


 それにしても、この調子ではまだしばらくヘンリーの苦労は続きそうである。

 カロリーナは手のかかる未来の妹に、思わず苦笑した。

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