悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します
三人目が敗北した時に、イリス・アラーナは腹を括った。
誰が見ても引いてしまう、この上なく残念な存在。
それが、イリスの目標であり、唯一の希望となった。
「必ず、立派に残念な令嬢になって、生き延びてみせるわ」
イリスは、己に固く誓った。
ことの始まりは、三年ほど前になる。
イリスはその日、仲の良い友人と四人でお茶を楽しんでいた。
公爵家の紅茶とお菓子はいつも通り素晴らしくて、話に花が咲いた。
そこに、突然の落雷。
閃光とともに、思い出した。
ここは、乙女ゲーム『碧眼の乙女』の世界。
そしてイリスは。
『悪役令嬢……?』
四人の声が重なった。
まさかの、四人とも転生者だった。
しかも、四人とも悪役令嬢だった。
突き付けられた現実に、四人は驚愕した。
神と慕っていた存在が、悪魔に変わった瞬間だった。
「……一度、落ち着きましょう」
ベアトリスは、そう言って椅子に座った。
落雷とその後の記憶にさらに驚き、全員が椅子から立ち上がり右往左往していた。
「そうね。あたふたしても仕方ないわ。情報を整理しましょう」
カロリーナの言葉に、皆うなずいた。
これが自分一人の夢や妄想でないというのなら、事態は深刻だ。
そこから、それまで以上に熱心な話し合いが始まった。
ここは、乙女ゲーム『碧眼の乙女』の世界。
この認識は全員に共通していたので、間違いない。
ゲームは全四作のシリーズものなのだが、四人はそれぞれプレイした作品が違っていた。
一人だけ四作すべてプレイしていたが、ゲームの内容を鮮明に覚えているわけではないという点では、全員同じだった。
ゲームは四作あるが、流れは大体同じ。
ヒロインとメイン攻略対象が学園で出会い、悪役令嬢の嫌がらせなどを乗り越え、断罪イベントの末、結ばれる
ヒロインは、金髪碧眼の美少女。
メインは、赤髪緑目の美少年。
悪役令嬢は、黒髪金目の美少女。
やたらと色分けのしっかりとしたゲームだった。
きっと、開発者が金髪碧眼好きだったのだろう。
年齢は違えど元々友人だった四人は、互いの知識を使って無難にシナリオを乗り越えていこうということになった。
一作目の悪役令嬢は、ベアトリス・バルレート公爵令嬢。
二、三作目をプレイしていた彼女は、全面的にイリス達の記憶を頼ってイベントの回避に努めた。
だが、彼女は逃れられなかった。
幸い、悪役令嬢を国外追放や処刑などしない穏やかなゲームだったので、彼女は無事だ。
ただし、婚約者だったメイン攻略対象をヒロインにとられ、家と彼女の名誉は傷つけられた。
二作目の悪役令嬢は、カロリーナ・モレノ侯爵令嬢。
一、二作目をプレイしていた彼女はベアトリスが回避に失敗したので、逃避を選んだ。
だが、国外に自ら留学に出て一年を過ごしたのに、なぜか彼女がヒロインをいじめたことになっていた。
全く意味不明だが、彼女は国外から美少女をいじめた気合の入った悪役にされた。
彼女は未だに消えない悪評から逃れるため、留学先の隣国で暮らしている。
三作目の悪役令嬢は、ダニエラ・コルテス伯爵令嬢。
四作すべてをプレイした彼女は、回避も逃避も無駄と分かり、応援役として一生懸命ヒロインに関わった。
その結果、彼女は修道院に入れられた。
性に合っていたようで、特に苦はないらしいから、まあ良かったが。
そして四作目の悪役令嬢は、イリス・アラーナ伯爵令嬢。
四作目をプレイしていたイリスは、やるならとことんやりたい人間だった。
「回避も逃避も、応援でも駄目だなんて。どうあっても、悪役令嬢にヒロインの当て馬になってほしいのね」
イリスは悟った。
ただの伯爵令嬢のままでは、何をしても無駄なのだ。
このままでは、イリスも友人と同じ道をたどるのだろう。
「だったら、当て馬の価値のない、残念な令嬢になってやるわ」
イリスが天の配剤を避けられないというのなら、天がイリスを避けるようにしてやるまでだ。
四作目の悪役令嬢は、そのままでは舞踏会で断罪の上、牢で沙汰を待っている間に謎の死を迎える。
なんで、四作目のここにきて突然、ハッキリと死ぬと言い出したのか。
大体、謎って何だ。
理由がわかれば対応のしようもあるものを。
だれが、見知らぬヒロインの恋路を盛り上げるために無駄死にするものか。
「でも、悪役令嬢だけあって、そこそこハイスペックなのよね。私」
問題はそこだった。
ヒロインに劣るとはいえ美少女だし、無駄な肉はなく、必要な肉はついている。
胸の肉については、ヒロインをあまりセクシーにできない皺寄せで盛られている気もするが、一般的にはあって損はない。
成績も優秀で、家柄は悪くなく、性格は悪い。
完璧な悪役令嬢だ。
残念ながら、メインのレイナルドと婚約の話がすでに出ているが、まだ決定ではない。
ここでどうにか食い止め、婚約しないことが肝要だ。
「まずは、この『性格さえなければ優秀だし結構いい女だけど、やっぱりちょっと無理』という微妙な感じを打破しないといけないわ」
『誰が見ても、これはない』という状態ならば、ヒロインの魅力アップに利用しづらいはずだからだ。
クラスでまあまあの可愛い子と並んで『私なんて』と謙遜するから、ヒロインの可愛らしさが引き立つのだ。
クラスで一番の不美人と並んで『私なんて』と言おうものなら、ただの嫌味な女だ。
何の魅力アップにもならないどころか、性格の悪さが露呈しかねない。
この状態を目指すのだ。
「顔は変えようがないから、醜い傷をつけるのはどうかしら。体型はやはり、ぽっちゃりがいいわね。成績も悪くて性格が悪ければ、なお良いわ」
とにかく、美しく淑やかな御令嬢からかけ離れるべきだろう。
「その上でレイナルド以外を好きだと公言してはばからない女に、ヒロインの当て馬の価値などないはずだわ」
これは見事に残念な令嬢だ。
当て馬にできるものなら、やってみるがいい。
ヒロインの好感度を、根こそぎもぎ取ってやろう。
万が一の事態にも対応できるように、剣の腕を磨き、魔法も学ぼう。
好きだという相手には相応の迷惑をかけかねないので選択は難航したが、カロリーナの弟ヘンリーが引き受けてくれるという。
持つべきものは友人の弟だ。
四作目もそれまでと同じく春から始まり、春で終わる一年間の学園生活が舞台。
その一年で、イリスの運命は決まる。
文字通り、命がけの戦いだ。
「必ず、立派に残念な令嬢になって、生き延びてみせるわ」
イリスは、己に固く誓った。
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