表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
199/276

お願い、ヘンリー

 王家の始祖に女神の恵みが与えられ、その力で不毛な大地は豊饒の土地となり、ナリスが建国された。

 ……それが、一般的に知られている、ナリス王国建国の神話。



 だが、これは本当のことだったと言われている。

 その証拠に、王家には女神の恵みが色濃く残されているのだ。

 だが、女神の力は、人には強すぎる。


 次第に、王家はその力で命を失うものが増え始めた。

 女神の恵みを『毒』と表現するほどに、それは王家を蝕む。

 そのままでは王家が滅ぶ寸前となり、色々な対策が練られた。


 滋養のつく食べ物を摂ったり、抵抗力を上げるために魔法の訓練をしたりと、当初は王家の人間を強化する方向で努力をする。

 だが、その成果もはかばかしくなく、苦肉の策として生贄を用いるようになった。


 それでも不安定だったので、更なる方法が考えられる。

 王家の人間を守るために、女神の『毒』を分割して負担を減らすという考えが取り入れられ、試行錯誤の末に、ようやくそれが定着した。




「もうわかるかもしれないが、女神の恵みである『毒』が、『モレノの毒』の正体。現在、モレノが王家の肩代わりをしている状態なんだ」

「……そ、そうなの」


 あまりに話が突飛で、何を言ったらいいのかわからない。

 そもそも建国の神話云々という時点で、まったく実感がない。

 その上、女神の恵みが王族を滅ぼしかけて、今はそれをモレノが肩代わりしているなんて。

 まるで、おとぎ話か何かのようだ。


「だから、陛下はモレノがいなければ王家は滅ぶと言ったの?」

「完全にモレノだけが請け負っているわけじゃないから、ちょっと大袈裟だけどな。これを正確に知っているのは、王族でも継承権が上の者くらいだし、モレノでも直系の家と継承者と『鞘』、その周囲くらいだな」


 それは、結構な機密ではないか。

 それも、神話レベルで国家レベルの。


「わ、私に言っていいの?」

「イリスはモレノの次期当主である俺の伴侶で、継承者でもある俺の『毒の鞘』になるんだ。まだ婚約者とはいえ、許可も取ったから問題ない」

 恐縮して握りしめた手に、そっとヘンリーの手が重ねられる。



「毒の祭りでの『解放者』の役割は、継承者の身の内に溜まる『毒』を解放すること。そうして、女神の恵みを、大地に返すんだ。人の身では溜まり続ける恵みに蝕まれてしまうからと、考え出された方法だ」

 つまり、ガス抜きということか。

 イリスとしてはただ地面に短剣を刺しただけだったのだが、あれで良かったのだろうか。


「『解放者』がその魔力を媒介にして、『毒』を返す。その量は『解放者』の魔力次第だ。ばあさんに負担続きだったから隔年で担当していたが、どうしても『鞘』を超える適応者はいない。そのせいで『毒』が溜まっていたんだが、今はイリスのおかげで体が軽い。……ありがとう」

 イリスの手を撫でながら、ヘンリーが微笑む。


「儀式で倒れる人がいるって、そのせいなの?」

「そうだ。『毒』を解放するのに相当な魔力を消費するからな。それに、少しとはいえ『毒』に触れることになる。『鞘』はその点、多少の抵抗性を得た状態だから何とかなるんだが、連続すればやはり負担に違いはない」


「それ、ヘンリーはつらいの? 大丈夫なの?」

 触れた『解放者』が倒れるほどの『毒』を抱え込んでいるのなら、継承者はどれだけ大変なのだろう。

 心配になって思わずヘンリーの手を握り返す。


「物心ついた時からずっとこうだから、平気。それでも、イリスの儀式を経験したら、価値観が変わるよ」

「少しは楽になったということ? いつか『毒』はなくなるの?」

「なくならないよ。常に少しずつ『毒』は流れ込む。でも凄く楽になったから、本当に感謝している」

 微笑んでそう言うと、すぐに表情が曇っていく。


「……イリスが正式に『毒の鞘』になれば、俺はもっと負担が減るだろう。でもそれは、イリスに負担をかけるってことだ。今までろくに説明もできていないのに、押し付ける形になってごめん。――でも、俺にはイリスが必要なんだ。『鞘』としてではなくて、俺自身が生きていくために」

 ヘンリーはイリスの手を包み込むように握ると、紫色の瞳をまっすぐに向ける。



「だから――これからも、俺のそばにいて」

「じゃあ、学校に行ってもいい?」



 すかさず返された言葉に、ヘンリーが一瞬固まる。

「……学校?」


「宮廷学校の魔法科。私、もっと鍛錬したいの。今のままじゃ、ただの保冷剤で足手まといだもの。せめて、有効な保冷材になりたい」

「いや、保冷材にはならなくていいよ。冷えないように頑張ってくれ」


 学校に行くこと自体はイリスの自由だろうが、結婚した後も通うとなればヘンリーの許可がなければ厳しいだろう。

 学園の様に毎日通うものではないらしいが、裏を返せば長期間通う必要があるはず。

 凍結の解除を学ぶためには、おそらく魔法科に行くのが近道だ。


「お願い、ヘンリー」

 じっと見つめて訴えると、ヘンリーは困ったように頭を掻き、そしてうなずいた。



「……わかった。でも、俺も行く」

「え?」

「おまえは知らないだろうが、宮廷学校には魔法科と騎士科が併設されていて、人数的には圧倒的に騎士科が多い。当然男が多い。そんなところに、イリスを一人でやれるか」

 確かに、プラシドも『野郎の巣窟』と言っていた気がする。


「でも、ヘンリー忙しいじゃない。大体、どっちに入るの? 騎士科?」

「イリスを守るんだから、魔法科じゃないと意味がないだろう」

 それはつまり、保護者同伴ではないか。

 婚約者というよりも、幼児扱いだと思うのだが。


「でも、試験があって、魔法を使えないと」

「大丈夫」

 自信のある様子に、ふと恐ろしい可能性が浮かぶ。


「まさか、『毒』を使うの?」

「心配しなくても、そんな馬鹿なことはしない。魔法を使う方じゃなくて、研究の方で試験を受ければいいだろう」

 確かに、魔法科は教育と研究だと言っていたから、自身が魔法を使わなくても構わないのか。


「でも研究って。だって、今までそんなの」

 夏休みの自由研究とは規模が違う。

 一朝一夕ではどうしようもないではないか。


 だが、焦るイリスとは対照的に、ヘンリーは穏やかな笑みを浮かべている。

 どうしよう。

 本当にどうにかしそうで、怖い。



「言ったろう? 大抵のことは一通りできるように仕込まれているって」

「それ、おかしいからね? 全然、大抵のことじゃないから!」


 怖い。

 やっぱり、モレノが怖い。

 怯えるイリスに構わず、ヘンリーは紫色の瞳を輝かせて微笑んだ。


「――さあ、忙しくなるぞ。頑張ろうな、俺の『毒の鞘』。愛しい未来の奥さん」


これで本編第七章は完結です。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


明日からは番外編をお届けします。

その後は新作の予定です。


詳しくは活動報告をご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

-


「残念令嬢」

「残念令嬢 ~悪役令嬢に転生したので、残念な方向で応戦します~」

コミカライズ配信サイト・アプリ
ゼロサムオンライン「残念令嬢」
西根羽南のHP「残念令嬢」紹介ページ

-

「残念令嬢」書籍①巻公式ページ

「残念令嬢」書籍①巻

-

「残念令嬢」書籍②巻公式ページ

「残念令嬢」書籍②巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス①巻

「残念令嬢」コミックス①巻

-

Amazon「残念令嬢」コミックス②巻

「残念令嬢」コミックス②巻

一迅社 西根羽南 深山キリ 青井よる

小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
[良い点] 最後のヘンリーの台詞が殺し文句過ぎてニヤニヤしてしまいました。七章は割と彼の独占欲が暴走しがちでしたけれど、(仮)でも正式な夫婦になったおかげか、モレノと鞘の本来のお役目を説明&共有出来た…
[一言] 第7章完結お疲れさまでした。 後は番外編ですね。 ヘンリーにとって宮廷学校の試験に合格する魔法研究でも 一通りなんですね、 入る気になれば騎士科でもなんでもしれっと入りそうです。さすが万能…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ