色んな嗜好があるようです
「修道院で生活してだいぶ落ち着いてきたみたいで、このままの生活がいいって言うのよ。私と同じ可愛い顔なんだから、いくらでも素敵な男性を捕まえられるのに。もったいない子だわ」
セシリアの考えもあれだが、リリアナの自信と前向き加減もなかなかのものだ。
やはりヒロインたるもの、美貌はもちろん強靭な精神力が必須だ。
リリアナはため息をつくと、再びエミリオにくっつこうとしては押し返されている。
一見迷惑そうではあるが、本当に嫌ならばもっと毅然とした対応をするだろうから、まんざらでもないのだろう。
これは、恋に堕ちるのも時間の問題か。
「……あっちに、独身のルシオ殿下がいるな。王族で、独身の、ルシオ殿下がいるな」
いつの間にか隣にやってきていたヘンリーが、何やら妙なことを言いだした。
だがヘンリーの言葉を耳にした途端、リリアナの碧眼が輝いた。
「王族で、独身?」
「そう。王族で、独身で、婚約者もいない、適齢期の、ルシオ殿下がいる」
リリアナの脳内で盛大に鳴った鐘の音が、イリスにも聞こえた気がした。
「こんにちは、ヘンリー様。――それではごきげんよう!」
笑顔で挨拶をすると、リリアナは颯爽と立ち去っていく。
「ち、ちょっと待て!」
目の色が変わったリリアナを、何や慌てた様子のエミリオが追いかけ、リリアナを引きずるようにして会場を出ていく。
これはもう、恋に堕ちているということでいいのだろうか。
「ヘンリー君、えげつなーい」
「ダニエラ、そんなことを言ってはいけません。お兄様の罪を考えれば、まだ生ぬるいくらいです。……ヘンリー君。遠慮せずに、もっと攻撃していいですからね?」
ダニエラを窘めたベアトリスが、聖母のごとき微笑みを浮かべている。
今まであまり気付いていなかったが、バルレート兄妹の関係性が不穏だ。
「攻撃だなんて。見たままを伝えただけですよ。――ルシオ殿下!」
ヘンリーが声をかけた先には、赤茶色の髪に緑の瞳の美青年の姿があった。
だが、ルシオはヘンリーに気付くと挙動不審になり、怯えながら逃げるように立ち去って行った。
「ヘンリー、あんまり兄をいじめてくれるなよ」
シーロはそう言いながらカロリーナと共にやって来て、ルシオの立ち去った方角を見る。
「ヘンリー怖い病は完治していないから。おまえが声を掛けたら、怖がるに決まっているだろう?」
「それはそれは失礼を。王弟殿下にお詫びに伺った方がよろしいですか?」
何ひとつ悪いと思っていないだろうに、何を言っているのやら。
「面白いけれど、今はやめておこう。あれでも兄で王弟だ。公の場であまりみっともない様子を見せられても困る」
ヘンリーが大袈裟に礼を返す傍らで、ベアトリスが珍しくため息をついた。
「今までうっとうしい俺様王子だったから、どうでも良かったのですが。――なんて立派な軟弱野郎なのでしょう」
金の瞳は、うっとりという言葉が相応しい輝きを放っている。
それを見たカロリーナが、肩を竦めてため息をついた。
「ベアトリスは、軟弱な男性を教育して叩き直すのが好みなの。アベル殿下は微妙にヘタレきれていない部分があったけれど、我慢していたのよ」
「ヘタレ……?」
初めて聞く内容に、イリスはもちろん、ヘンリーやダニエラも目を丸くした。
すると、ベアトリスはシーロに向き直り、美しい淑女の礼をする。
「理想の軟弱野郎と巡り合いました。シーロ様、お兄様を調教しても、いえ教育して、いえ。――お慕いしても、よろしいですか」
言っている内容さえ気にしなければ、淑やかな美女が頬を染める様には心を打たれる。
言っている内容さえ、気にしなければ。
シーロはきょとんとベアトリスを見つめると、次いで笑い出す。
「君のようなしっかりした人にそばにいてもらった方が、安心だ。兄は今婚約者もいないし、ちょうどいい。バルレート公爵令嬢ならば、非の打ちどころもないしな。陛下に進言しておくよ」
「ありがとうございます。それでは、早速、教育……いえ、ご挨拶をしてきます」
優雅に立ち去るベアトリスを、イリスはただ見送ることしかできない。
「ベアトリスは元々、ああなのよ。公爵家の教育と、エミリオ様の性格と、我慢を重ねた結果なの。……まあ、標的以外には無害だし、狙われた相手も最終的には陥落して幸せになるだろうから、問題ないわ」
カロリーナがそう言うのなら、イリスはただうなずくだけだ。
よくわからないが、最終的に皆幸せなら、まあいいだろう。
「イリス、こっちに来てくれるか」
そう言ってヘンリーに連れてこられたのは、パーティーで開放していない庭だ。
さすが侯爵家の庭は広く、咲き乱れる花も美しい。
手を引かれるままに歩くと、やがて庭の奥の四阿に到着する。
そのまま椅子に座ると、ヘンリーも隣に腰を下ろした。
パーティーの喧騒を離れ静かな庭園にいると、何だか落ち着く。
色々あったので、やはり疲れているのだろう。
今日も熟睡、待ったなしである。
「さっき、陛下が言っていたことだけど」
「モレノがいないと王家が滅びるという話?」
今日は色々あったが、その中でも飛び抜けてわけがわからない話だ。
「そう。あの説明だけど」
「婚儀を終えないと言えないんでしょう?」
「本来はね。でも、イリスは既に『解放者』として儀式に参加しているし。何より、俺はイリス以外と結婚する気なんてないし、手放す気なんてないから」
なんと、説明と見せかけての攻撃か。
さすがに手強い。
「だから、説明するよ」