さっさと脱いで
男性に案内されるがまま歩くと、建物を出て、敷地内の端にある小さな教会にたどり着く。
「ここでお待ちください」
四人が教会の中に入ると、そう言って男性は外へ出て、ゆっくりと扉を閉める。
打ち合わせだとしたら、誰か担当者が来るのだろうか。
何となく扉が閉まる様子を見ていると、陽光を遮断された瞬間に女性の声が耳に届いた。
「――お久しぶりです。シーロ様」
「誰だ」
一斉に振り返ると、そこには女性と思しき人物が立っていた。
明るい屋外から室内に入ったばかりなので、まだ目が慣れない。
次第に見えてきたのは、シンプルではあるが上質な生地のワンピースを着た少女の姿。
眩い金の髪、青い瞳、何よりもその可愛らしい顔立ちには見覚えがあった。
「忘れたのですか? あなたの運命の相手は、私なのに」
「……クララ・アコスタ」
シーロは眉を顰めると、カロリーナを庇うように前に立つ。
「君は遠方の修道院に入ったはずだが、どうしてここにいるんだ」
「私を信じてくれる人も、いますから」
ちらりと動かされた視線の先から、一人の青年が現れる。
服装からして貴族であることはわかるが、誰なのかまではイリスにはわからない。
「……マルセロ・アコスタ侯爵令息。あなたが彼女をここに連れ出したのか?」
「妹が無実の罪を着せられ、恋人を奪われ、修道院に入れられたのだ。兄として手助けするのは当然だろう」
堂々とそう言うと、マルセロはクララの隣に立つ。
『碧眼の乙女』一作目のヒロインであるクララは、侯爵家に養子に入っていた。
ということは、マルセロは義理の兄か。
それにしても、国王が断罪したのにクララを信じるとはどういうことだろう。
普通に考えればクララを連れ出せば国王に逆らうも同然なのだから、侯爵家の人間の行動とは思えない。
しかも、クララとは本当の兄妹ではないのに、そこまでする理由が見当たらない。
……もしかして、ヒロイン補正が効いていて、クララを盲目的に信じているのだろうか。
そうだとすれば、彼にとって正義はクララただ一人。
何をしたとしても、おかしくないのかもしれない。
「手助けとは? 何をするつもりだ」
シーロに問われると、マルセロは得意気に笑った。
「まずは、クララの恋人であるシーロ殿下を取り戻す。そのために邪魔なモレノ侯爵令嬢には消えてもらう。それから、クララの邪魔をして冤罪を擦り付けたアラーナ伯爵令嬢にも、罪を償ってもらおう。ついでに、アラーナ伯爵令嬢を助けて邪魔をするモレノ侯爵令息もな」
ヘンリーの名前が出たところで、シーロの眉が顰められた。
「……ヘンリーを、どうしたんだ?」
にやりと笑ったマルセロが指を鳴らすと、奥の扉が開いた。
大柄な男二人と共に現れたのは、イリスの良く知る人物だった。
「――ヘンリー!」
思わずイリスが叫んで近寄ろうとすると、シーロが腕を伸ばして制する。
男達は、猿轡を噛まされ手足を縛られた状態のヘンリーを引きずると、乱暴に床に転がした。
そのまま動かないのは、動かないでいるのか本当に動けないのか、イリスにはわからない。
顔には明らかに殴られたと思われる跡がついていて、痛々しかった。
「アラーナ伯爵令嬢のことで話があると言ったら、あっさり引っかかったぞ。他愛もない」
そう言いながら、マルセロは床に転がるヘンリーを蹴り飛ばす。
「――やめて!」
イリスの叫びを聞くと、マルセロは楽しそうに笑った。
「随分と邪魔をしてくれたから、仕方ないわね」
クララもまた、穏やかに微笑んでいる。
その言葉に促されるように、マルセロは膝をついてヘンリーの襟首を掴むと、顔を殴った。
勢いが良かったのか、切れた頬から血が滲む。
それを目にした瞬間、イリスの背筋を何か冷たいものが走り抜けた。
「何が目的だい」
シーロが問うと、クララは華やかな笑みを浮かべる。
「最初からずっと、私はあなたと結ばれるためだけに行動しています、シーロ様」
クララの言葉に従うように、奥の扉から剣を持った男達が十人ほど姿を現した。
「シーロ様は、待っていてくださいね。すぐに邪魔者はいなくなりますから」
男達が一歩進むと同時に、ビクトルが前に出る。
「……カロリーナ様はその姿ですし、武器もお持ちではない。同じくシーロ様もです」
ビクトルは懐から短剣を取り出す。
「ビクトルじゃ、全員は無理よ」
「そうだよ」
前に出ようとするシーロの腕をカロリーナが引き戻すと、厳しい表情で見つめる。
「シーロ様も、無理」
「その姿のカロリーナ様よりは動けますよ、きっと」
ビクトルが短剣を鞘から抜く。
光を反射する刃が美しかった。
「ビクトル」
「イリス様も下がってください」
「――ビクトル」
その名をイリスが呼ぶと、ビクトルの体が一瞬震えた。
じっとビクトルを見つめると、イリスはゆっくりと口を開いた。
「――脱いで」
「……は?」
絵に描いたような間の抜けた顔で、ビクトルはイリスを見た。
「さっさと上着を脱いで。私に脱がされたいの?」
「いえ、でも、何故。……今ですか?」
「ビクトルが脱がないのなら、シーロ様を脱がせるわよ」
「え、俺?」
「い、いや、待ってください」
慌てて脱いだビクトルの上着を受け取ると、イリスはおもむろにそれを羽織った。
「……あの、イリス様? 一体、何を」
「ビクトルは、下がって」
「は?」
「駄目よイリス」
「シーロ様、カロリーナをお願いします。ドレスが汚れるといけません」
じっと見つめてお願いすると、何かを察したらしいシーロはうなずいた。