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決戦の舞踏会

「ついに、舞踏会当日ね」



『碧眼の乙女』最大のイベント、春の舞踏会がやってきた。

 シナリオでは、イリスが断罪の末に投獄され、謎の死を迎える。

 今日のこのイベントを生き延びるために、一年以上頑張ってきたのだ。


 泣いても笑っても、この舞踏会で『碧眼の乙女』との決着がつく。

 イリスにとっては、まさに生きるか死ぬかの運命の日。

 緊張と不安の混じった妙な興奮を抱えて、イリスは会場に向かっていた。




 最終イベントとはいえ、残念の手を抜くわけにはいけない。

 だが、今回のドレスはかなり装飾を抑えている。

 万が一の戦闘時に、フリルとレースが邪魔で動けないのでは本末転倒だからだ。

 とはいえ、残念力を下げるわけにもいかないので、装飾はすべて刺繍してもらうことにした。


 こうなると、インパクトはドレスの色が勝負になる。

 そこで、思い切って虹色のストライプを採用した。


 上半身は黒地に金色の糸でフリルやレースを限界まで立体的に刺繍してもらい、さながらスカジャンか特攻服という状態。

 ドレスのスカート部分は、縦縞の虹色である。

 七色すべてビビッドカラーなので、何かの祭りか、ビーチパラソルかという派手さだ。


 髪も万が一に備えて三つ編みにしてまとめた。

 ただの三つ編みではつまらないので、三つ編みを三つ作って三つ編みにして、それを更に三つ編みにした。

 虹色のリボンを編み込んだイリスの髪は、浮かれた注連縄(しめなわ)のようだった。



 仕立て屋は、もう何も言わないどころか、ノリノリでビビッドな布を広げていた。

 ヘンリーもまた、虹色注連縄パラソルと化したイリスに、特に何も言わない。

 ダリアに至っては、今回のドレスは控えめですね、などと言い出す始末。

 人は残念に慣れるものらしい、とイリスは学んだ。




「ヘンリーに、頼みたいことがあるんだけど」


 揺れる馬車の中でイリスがそう言うと、ヘンリーは驚きを隠さない。

「何だ?」

 ヘンリーが心なしかそわそわしているのは、気のせいだろうか。

 もしかすると、面倒見の鬼の血が騒いでいるのかもしれない。

 もう、一種の病気ではないかと思う。



「カロリーナからもらった短剣、私が持つと軽すぎて吹っ飛んじゃうのよね」

 注意しながら、短剣を虹色パラソルドレスの膝の上にそっと置く。


 魔力のある人間なら重さも軽くなるから扱いやすいと聞いていはいたが、ここで悪役令嬢のスペックが災いした。

 イリスの魔力のせいか、集中したり緊張すると異常に軽くなるのだ。

 羽毛をしっかりと握るのが難しいように、短剣が滑って上手く握れない。

 重ければ扱えないが、軽すぎるのも問題だった。

 持って構えようにも、手元から飛んで行ってしまう。

 しかも尋常じゃない切れ味なので、かえって危険だった。

 縁側で日向ぼっこする老人くらいの穏やかな心で持てば問題ないのだろうが、そんなのんきな状態なら短剣など必要ない。



「だから、ヘンリーが持ってくれると助かるんだけど」

「それはいいけど。……上着に隠せるかな」

 ヘンリーが自分の上着をつまんで検討している。


「あ、持ち運ぶのは私のドレスに入れれば大丈夫。ボリューム調整で隠せる場所はいっぱいあるし」

「それなら、結局イリスが取り出すんじゃないか?」

「私だと吹っ飛ぶから、必要な時にはヘンリーがこうやって取り出してくれれば」

 そう言いながらドレスの腰回りの隙間にイリスが手を入れると、ヘンリーが膝の上の短剣をひったくるようにして手に取った。


「上着に入る! 余裕で入るから、問題ない!」


「……そう? じゃあ、お願いね」

 勢いに押されてイリスがそう言うと、何故かヘンリーはぐったりしている。

 俺は試されているとか何とか呟いているが、よく聞こえない。


 やはり、あの切れ味の短剣を持つのは、男性でも緊張するのだろう。




 本来のシナリオでは、イリスが一人で会場入りするとすぐに断罪イベントが始まる。

 前提条件は崩れているとはいえ、やはり緊張する。


 とりあえず両手に骨付き肉を持って構える。

 残念でいることが、イリスにとっての戦いだ。



「おい、何で肉を持つんだ。身の危険があるかもしれないんだろう?」


 ヘンリーにたしなめられて、気付く。

 確かに、これでは武器を持てない。

 カロリーナの短剣は危ないので断念したが、一応普通の短剣を懐に持っているのだ。


「そうね。じゃあ、こっちの肉はヘンリーに託すわ」

「何でだよ。テーブルに置けよ」


 右手の骨付き肉をヘンリーに手渡していると、人影が近付いてくる。

 金髪碧眼の姿に一瞬リリアナかと思ったが、違う。

 リリアナに劣らない美少女だが、誰だろうか。



「……アコスタ侯爵令嬢だ」

 ヘンリーが小声で教えてくれる。

 アコスタ侯爵と言えば、レイナルドとの婚約に圧力をかけてきたという家ではないか。

 だが、見たこともない子だが、何だろう。


「クララ・アコスタです。はじめまして」



 ――クララ。

 一作目のヒロインの、クララ・オルタか。


 上流貴族の養子になったという話は聞いていたが、それがアコスタ侯爵家。

 ということは、侯爵家がレイナルドとの婚約に干渉してきたのは、クララの差し金。

 セシリアがクララに接触したのは、このためもあったのか。

 そして、この場にいるという事は、セシリアの指示でイリスを排除しに来たのだろう。



 イリスの緊張を感じ取ったヘンリーも、険しい表情になる。

 金髪碧眼に文句なしの美貌の少女は、訝しむイリスを見て微笑んだ。

 虹色注連縄パラソル状態のイリスを見て無反応とは、恐れ入る。


 その微笑みは、万人に愛されるヒロインの微笑みだった。




「聖女様!」


 大声と共に、セシリアが駆け寄ってきた。

 ヒロインに瓜二つの可愛らしい相貌は、焦燥と怒りに満ちている。


「聖女様、千里眼の通りにならないじゃないの! 私とリリアナとレイナルド様の三人で幸せに暮らせるって言うから、手伝ったのに!」


 セシリアは虹色注連縄パラソルのイリスを見て、一瞬たじろぐ。

 だが、それどころではないらしく、クララの腕を掴むと必死に詰め寄った。



 ――今、セシリアは聖女様と言った。

 セシリアではなく、クララが千里眼の聖女だということか。



『実はアベル王子に、恋人のクララのことを調べてほしいと頼まれていたんだ。一向に婚約申し込みの返事が来ないし、様子が変だからとな』



 ヘンリーの言葉が脳裏に蘇る。


 クララは、一作目の終わりに婚約できなかったんじゃない。

 ()()()()()()()()()()としたら?



 シナリオを進めたクララは侯爵家の養子になり、地位と権力を手に入れる。

 それを使って『碧眼の乙女』に関われば、格段に効率が良い。

 だから、一作目はベアトリスと拮抗していたのか。


 ベアトリスは公爵令嬢。

『碧眼の乙女』の知識をもってしても、当時平民のクララには手を出すのが難しい。

 二作目のカロリーナも侯爵令嬢だから、本来は難しかっただろう。

 だが、カロリーナは国外に出ていて、学園には関わらなかった。

 三作目のダニエラは伯爵令嬢。

 しかも、ヒロインを応援してくれるのだから、やりやすかっただろう。


 更に転生者の知識を活かし、千里眼の聖女として他人を動かせば、自身の手を汚さなくても望む展開に誘導できる。

 イリスは背筋を冷たい汗がつたうのを感じた。



 ――クララが、すべての始まりなのだ。




「レイナルド様は全然かまってくれないし、リリアナはおかしくなってしまったわ。どういうことなの、聖女様! イリスとレイナルド様が婚約すれば、必ず破局して、最終的には三人で幸せに暮らせるって言ってたのに!」

 自分の腕を掴んで叫ぶセシリアを、クララは微笑んだまま見つめる。


 クララの合図で屈強な男性がやってきてセシリアを捕らえると、あっという間に会場の外へと連れ出してしまった。

 セシリアの怒号が聞こえなくなると、クララは小さく「役立たず」とこぼした。



「……あなたは、アベル王子との婚約を控えた身だろう。何故一人で、学園の舞踏会にいるのですか」

 ヘンリーの問いに、クララは愛らしい微笑みを湛えた。



「私の王子に、会うためです」


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[一言] 浮かれしめ縄がツボってしまって腹筋の揺れが止まりません笑笑
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