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大切にされているみたいです

「いいわけないじゃない。駄目よ、もっとこう……心臓に優しい、残念な理由はないの?」

「そう言われてもな。……イリスの照れるところを見に来た、とか」

「却下よ。悪化しているわ。もっと善処して」

 真剣な眼差しで訴えるイリスに、ヘンリーも暫し考える。


「……遅くなったけれど、イリスに誕生日プレゼントを持って来た」

「結局、残念の欠片もないじゃない。……プレゼント?」


 きょとんとするイリスの前に、小さな箱が差し出される。

 視線で促されるままに箱を開けると、中にはアクセサリーが入っていた。

 透明の石がいくつも連なって、小さな花束のように見える。



「……これ、あの髪飾り?」

 透明の石の中にいくつか黄色と紫色が入っているところといい、ヘンリーが街で買ってくれた髪飾りとほぼ同じデザインだ。

 ただし、こちらはビーズではない。

 詳しくはないが、たぶん透明の石も紫と黄色の石も、すべて宝石だ。


「うん。イリスが喜んでくれたのも、壊れたのを惜しんでくれたのも、嬉しかったから」

 石一粒は小さいとはいえ、かなりの数の宝石を使っているのがわかる。

「絶対、お高いじゃない。申し訳ないわ」

「俺が贈りたいだけだから気にしないで。……受け取ってくれるか?」


 ヘンリーに見つめられたイリスは、髪飾りを手に取ってじっと見てみた。

 壊れてしまった髪飾りを忠実に再現しようとしたのが、よくわかる。

 きっと、職人にヘンリーが形や色を伝えたのだろう。

 そこまでして用意してくれたというのは、やはり嬉しい。


 イリスにとってあの髪飾りは、ヘンリーに初めて買ってもらった思い出の品。

 ヘンリーがそれを理解してくれていたというのも、何だか嬉しい。


「……これ、明後日の結婚式でつけてもいい?」

「もちろん」

「ありがとう、ヘンリー。嬉しいわ」

「うん」

 ヘンリーは眉を下げてくしゃりと笑った。


 ――ああ、ヘンリーに大切にされている。

 何故か急にそれを実感したイリスは、恥ずかしさと共に、胸の奥が温かくなるのを感じた。


 まだ接近されたり甘いことを言われれば、恥ずかしいし、困ってしまう。

 でも、ヘンリーが喜ぶのなら……少しはいいのかもしれない。




「いよいよ、カロリーナの結婚式ね」

 イリスはいてもたってもいられずに早起きして、ダリアにため息をつかれていた。


「楽しみなのはわかりますが、興奮しすぎでございます。今日はモレノ侯爵令嬢とオルティス公爵の婚儀ですから、残念は封印してください。失礼があるといけません」

「わかっているわ。……でも、カロリーナもシーロ様も残念には理解があるわよ?」


「新婦の友人で義理の妹になる方が晴れの場で残念となれば、お二人が残念扱いされるのですよ」

「……駄目、なのよね?」

「世間の目というものがございますから。残念は、お嬢様自身で責任を取れる範囲での活用を、お願いいたします」

 あまりの正論に、イリスもうなずくしかない。


「……ヘンリーに迷惑がかかるから、結婚後は残念装備は封印した方がいいの?」

 当然のことなのかもしれないが、寂しさを感じてしまう。

 イリスにとって、既に残念は自身の一部なのだ。

 重くて蒸れて暑くて痛くて碌でもないが、あれはあれで楽しい。

 それに、万が一に備えて残念ポイントを稼いでおきたいのだが、どうしたらいいのだろう。


「いえ。ヘンリー様は大丈夫です」

「どうして? いずれ侯爵になるなら、世間の目は大切じゃない?」

 不思議になって問うと、ダリアはにこりと微笑んだ。


「ヘンリー様はお嬢様のためでしたら、残念の風評被害にも耐えてくださいます」

「……害はあるのね」

「あれのどこに、無害な要素があるとお思いですか」


「まあ、害の塊だわね」

「はい」

 即答されると切ないが、これもまた正論だ。

 そもそもはそれこそが目的だったのだから、間違っていない。


「それにしても。ヘンリーなら耐えるって……やっぱり、面倒見の鬼は自虐の方向性なのかしら」

「何でも結構ですが、そろそろ支度をしませんと。お嬢様を普通に着飾る機会はそう多くありません。――腕が鳴ります」

 ダリアの紅茶色の瞳が、きらりと光った気がした。




 今日のイリスのドレスは、もちろん普通のドレスだ。


 淡いオレンジ色をベースにして、若草色と黄色のレースで大小の花を作り、花吹雪のようにドレス全体に散らしている。

 スパンコールとビーズが花弁に添えられているので、朝露を浴びて輝くような美しさだ。

 腰には艶のある生地で作ったリボンが結われ、垂らしたリボンの端にはビーズを縫い付けてある。


 オフショルダーのドレスに合わせて仕立てた長めの手袋は、艶やかな白。

 手首には、レースの花とビーズで作られたブレスレットが揺れている。

 髪は緩く編み込んだ三つ編みでまとめ、こちらにもレースの花とビーズがあしらわれていた。



「――完璧です。自分が怖くなります。これで、ヘンリー様も一撃でございますね」

 一撃でどうするつもりなのかは知らないが、ダリアは満足そうにうなずいている。

「随分気合を入れたわね。この編み込み、仕組みがさっぱりわからないわ」


「清楚で可愛らしい雰囲気の中にも、大人の階段を上る初々しい色香を忍ばせました」

「……凄いわね。私にないものばかり、よく入れ込んだものだわ」

 イリスは残念で情けない雰囲気の中に、香ばしい肉を忍ばせた人間である。

 ダリアの技は、もはや詐欺と言ってもいい領域だ。


「お嬢様はお忘れかもしれませんが、元々の土台は一級品ですから」

「ありがとう。残念の力で既に失われたものとはいえ、褒められるのは嫌じゃないわ」


「なるほど、そう思っていらっしゃるのですね。では、今後普通のドレスの際には……いえ、残念ドレスであっても、隠しきれぬ美しさを惜しげもなく披露するべく、更に精進いたします」

 いまいちよくわからないが、ダリアは何かを決意したらしい。


「私は、お嬢様のために、ここにいるのですから」

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